第066話 採点

 ──現役戦姫團の本部と兵舎がある、西棟。


 長方形の空間を囲むように長机が並べられた作戦会議室。

 この日、試験官として入團試験を統括した團長のエルゼル。

 そして、森で少女の遺骸の処理に当たった副團長。

 二人は机の上に書類と資料を広げ、席をひとつ空けて並んでいる。

 互いに微笑を浮かべてはいるが、それはひとたび不審な異音あらば消える、薄皮のような笑い。

 その笑顔でエルゼルが、日中の副團長の働きに、ねぎらいの言葉をかける。


「……蟲の犠牲者の処理、ご苦労だった」


「でもないわ。結局ほとんど、部下に任せる形よ。副團長殿の手は汚せない……ですって。わたしたちも久しぶりに、汚れたほうがいいのにねぇ?」


「まったくだ。蟲とやいばを交えるとなると、奴らの体液とわれらの血が飛び交うだろう。汗と土埃にまみれる訓練だけでは、得られるものが足りん」


「……あ、そうそう。体液で思いだしたけれど、二次試験の学問。アレ、わたしに担当させてくれるってことで、いいのよね?」


「ああ、頼む。わたしはどうにも気が進まなくてな。私情としても、お願いしたい」


「サンキュ♪ じゃ、わたしはあすも引き続き、蟲の痕跡を探すわ。受験者若い娘ばかり見てないで、発見の烽火にも目を配っててよ。おやすみ」


 副団長が軽快な所作で投げキッスをし、いくつかの資料を茶封筒に収め、離席。

 ドアを引き、そこでわずかに立ち止まったあと、ドアを閉めずに退室。

 入れ替わりに、試験の採点作業を進めていた女性兵が入室し、ドアを閉める。

 エルゼルには、二人がドアの前で鉢合わせになり、女性兵が道を譲った様が目に浮かんだ。

 女性兵はエルゼルのわきまで進み、着席することなく挨拶を始める。


「……失礼します。團長殿!」


「採点、終わったか?」


「あと少しです」


「そうか。例の午砲を用いた問題はどうだ? 『目』に作問を頼んだら、やけに凝ったものを作ってくれたが。正解者がゼロでは、出題していないのと同じだからな」


「はっ! 最終問題の正解者は5人……ないし、6人です」


 女性兵が、手にしていた受験者情報の紙の束に目を通しながら報告。

 エルゼルは着席のまま、先ほどまでの微笑を消して返答。


「ないし……とは?」


「そのことで、團長の指示を仰ぎにきました。最終問題の正解は、午砲を鳴らした回数……すなわち『4』ですが、一人、途中退席の受験者が正解しています。受験者番号34、セリ・クルーガーです」


「……つまり、問題の意図を読み取らず、当てずっぽうでの正解か」


「はっ、その通りです。問題の意図を理解していない以上は不正解だ……とする声もありまして、判断を仰ぎにきた次第です。なにしろ点数配分が高い問題ですので」


「ふむ……。知ってのとおり今回の問題には、受験者が入團すぐ蟲との戦いに晒されるケースを考えて、観察力、冷静さ、機転の要素を盛り込んだ。運や勘に頼った者へ、高得点を与えるのは考えものだが……」


 エルゼルが腕を組み、顔を正面に向け、しばし思案。

 のち、微笑を浮かべて女性兵を見上げる。


「……まあ一人ということであれば、正解でいいだろう。点数配分が高いのならば、受験者間で答え合わせでもされたら、不信を生みそうだ」


「わかりました。そのようにいたします」


「しかし、手間暇かけた問題を当てずっぽうで解く者が出るとは、さすがの『目』も見通せなかったようだな。ハハッ」


「それからもう一点、團長の指示を仰ぎたいことがあります」


「……なんだ?」


「いまの最終問題のひとつ手前、試験会場への通路に掲げた文言の、記入問題です」


「ああ。『不撓不屈』だな。字の微妙な書き損じでもあったか?」


「いえ、それが……。その……」


 女性兵が資料を顔の前に持ち、表情を隠すようにして読み上げ始める。


「と……『とんこつラーメン』『ミニギョーザ3個』『半チャーハン』と記入した者が、二人います」


「は?」


「で、ですからっ! 『とんこつラーメン』『ミニギョーザ3個』『半チャーハン』と記入した者が、二人いるのですっ!」


 冷や汗を垂らした固い表情の女性兵が、ごくりと生唾を飲みながら腕を下ろす。

 紙の向こうから現れたのは、からかわれていると思っているかのような、冷ややかな真顔のエルゼルだった。


「……なんだそれは?」


「東棟の食堂の、本日のランチのメニューです! 遠い異国の料理だそうです!」


「はぁ?」


「……わたしは今朝、食堂からメニューを書き出すための携帯用黒板を借りてきて、そこへ『不撓不屈』の張り紙をしました。そして試験中、その黒板を回収しにきた調理婦が、ランチメニューを新たに書きました。その内容が……『とんこつラーメン』『ミニギョーザ3個』『半チャーハン』だったのです!」


 やや早口の説明を聞き終えたエルゼルは、内容の理解に数秒をかける。

 女性兵が、もう一度ゆっくりと言い直そうと口を開けた瞬間、エルゼルが返す。


「……つまり試験中に、講堂の外で書き換えられた文言を、記入した者が二人もいる……ということだな?」


「は、はい。普通に考えれば、不正行為でしかできないマネです」


「ふむ。考えられるのは……。問題文を見たあと、会場の外にいる仲間……従者に連絡を取り、文言を確認した従者が、折り返し伝えた……」


「……できますでしょうか?」


「無理だな。『鼻』を連れてくるゴタゴタこそあったものの、試験官でしっかり監視していた。いまは屋外への移動も禁止しているから、内外との唯一の繋がり、天窓へも近づけない。近づけたところで、そんな複雑な文言のやりとりはできまい」


「では、やはり不正があったということで」


「……いや、正解でいいだろう。文言が合っているのだからな」


「えっ?」


「その受験者、『目』や『耳』のような、異能の可能性もある。ユニークな人材あらば回してくれと、研究團から言われていてな」


「はあ……」


「異能でなくとも、あの状況で外部と連絡が取れるとなると、かなりの芸当だ。異臭の香水などという小細工は論外としても、われわれに見抜けない技術や能力を持っているのならば、問題作成の趣旨に合う。念のため、二人の名前を聞いておこうか」


「はっ……! 受験者番号7、カナン・トランティニャン! 同35、リム・デックスです!」


「二人の席は?」


「最前列と最後列でした」


「どちらかが盗み見たわけではない……か。異能の候補者が3人とは、今回の入団試験は、少し荒れそうだな。フフッ……」


「3人……とは?」


「ステラ・サテラだ。奴にはどうも、異能……というか、カリスマ的なものを感じる。点数はわかるか? 受験者番号は1のはずだが」


「は! その者なら満点です!」


「やはり……か。わかった。では明朝の件は、よろしく頼むぞ」


「はいっ! 失礼します!」


 女性兵が敬礼をし、退室。

 場に一人となったエルゼルは立ち上がり、両手を掲げて腰を伸ばす。


「ステラ・サテラ……。衆目の中、二度もわたしを貶めたのだ。学問の部で満点は、さすがといったところか。その頭を行使するだけの力が備わっているか、あすの武技の部で確認させてもらうぞ」


 エルゼルは、女性兵と話していたときのままの微笑。

 しかしそれは、怒りの表情の上に薄皮1枚で作った、かりそめの笑顔だった。

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