吸血鬼の部屋

 相変わらず埃っぽくて、節電故か仄暗い廊下だろう。

 階段を駆け上がり、私はまた窓の外のお墓が目に入った。


「三日月さん。あのお墓は……」


「ああ、あれはね……私の大事な人が眠っているの」


 そう言った三日月さんはどこか儚げで、純粋な気持ちを目の当たりにした私はぽかんとしてしまう。

 何故だろうか? きっとお墓にお参りしているのは三日月さんなのだろう。それも頻繁に、だ。

 それなのに私は嫉妬していない。悲しげな雰囲気に呑まれてしまったのが、どこか胸が痛むような気がして、ぎゅっと握り拳を作ってしまった。


「ゆゆねちゃん? 手が痛いんだけど?」


「あっ、ごめんなさい」


「あはは、大丈夫だよ。ゆゆねちゃんの同情なら嬉しい」


 再び三日月さんに引っ張られた。少しだけ見えている横顔は凛々しい。

 本当はもっと詳しく、その大事な人について訊きたかったが、辛いことを思い出させてしまうのは避けらないだろう。


「……やっぱり広いですね」


 三日月さんを見習って気を取り直した私は話題作りとして呟いた。

 本来、他人の家をじっくりと見るのはマナー違反だが、こうして見回してみると広すぎてどうしても気になってしまうのだ。


「まあね。四階建てで部屋数も多くて、慣れるまでがたいへんだったよ」


「その口ぶりだと、以前は別の場所に住んでいたんですか?」


 どうやら口に出てしまったようで咄嗟に話を合わせる。


「うーん……まあそんな感じかな? あ、でも見た目より小さいと思うよ? ほら」


「それはどういう……」


 三日月さんの言葉の意味を探ろうとした時、彼女は足を止めて廊下の奥を指し、静かに目配せした。

 何事かと私は廊下をじっと見渡す。

 ……外からは蔦の所為で見えなかったが、廊下、いや恐らく部屋も、だろう。真っ黒に焦げており、火事があったのだと察せられた。崩壊しなさそうだが、どちらにしても人が住んでいるような雰囲気はない。


「私が小さいときに火事があってね。屋敷の四分の一くらいはその影響で使用できないんだ。ちゃんと掃除すれば使えるだろうけど、今のスペースで十分だから……」


 三日月さんが喋っているが、私は相槌を打つことなく、ただ廊下の奥を見つめる。

 最初、不謹慎ながら珍しい光景を目の前にして好奇心に躍らされている。そう思っていたが見つめれば見つめるほど、視界に入るだけで、不快感、恐怖感、絶望感、その全てが綯い交ぜになって私の身体を駆け巡る。

 今まで体験した事がない感覚に、脳みそにぬるま湯を流し込まれているかのような、気持ちの悪い頭痛が襲いかかってくる。


「どうしたのゆゆねちゃん? 早く行こう?」


「は、はい……そうですね……」


 彼女に手を引かれ、私から奇妙な感覚が遠ざかっていく。

 一体なんだろう? お化け屋敷みたいな雰囲気に呑まれてしまったのだろうか?

 そもそも私はロボットという最先端技術の結晶故に、お化けや妖怪といった非科学的なモノは信じない質だが……


(……多分、何かしらの回路が故障したのかな? 帰ったら博士に見てもらおう)


 考えた挙句、心当たりのない私は取り敢えず故障の所為にして、思考を終わらせた。

 するとタイミング良く三日月さんの部屋へと着いたようで、彼女はノリノリで私を中へ通してくれる。


「お、お邪魔しまーす」


「どうぞ。上がって上がって」


 部屋の第一感想は質素だ。

 古ぼけたクローゼット、本棚には難しそうな小説が並び、机には一輪の花。ベッドは大きく、お姫様ベッドというモノだろう。天蓋付きで、シルクが装飾されている。


「どう? 私の部屋の感想は?」


「なんていうか……意外です」


「なにそれ。褒めてるの?」


 三日月さんはクラスで人気者になるくらい明るいのに、ふと見ればどこかミステリアスな一面を見せる。対極的な二面性だった。

 だから、自室もきっとその二面性が強く出ているのだろうと予想していたが、目の前の部屋は明らかに異様だ。個性が感じられず、まるでドラマといった撮影に使われるスタジオのようである。


「実はここ最近、この部屋を使うようになってね。ある意味引越しかな?」


「へぇ……以前は別の部屋に?」


「そうだけど、前の部屋もまだ使ってるよ。一階の方がキッチンとか玄関とか近くて便利でね」


「ならどうして引っ越して……?」


「あっ、忘れ物をしちゃったから待ってて!」


 私の疑問は放置されたまま、彼女は思い出したかのように掌をポンと叩いて出て行ってしまった。

 残された私はもう一度部屋をよく見回す。

 こうして見れば吸血鬼らしい要素はないだろう。本当に吸血鬼ならば死体や人間の血が入った瓶でも転がっていても不思議ではないが……


「あ、綺麗……」


 窓の外に広がっているのは綺麗な夕焼け。丘の上、それも四階という事あって、家や学校で見るよりも障害がなくてくっきりと浮かんでいる。

 静謐でロマンチックな空気に浸っていると窓の傍に置かれた双眼鏡に気がついた。


「なんで双眼鏡が?」


 確かにこの場所なら町を一望でき、よく観察できるだろう。一階から四階へと引っ越した理由はそれだろうか?

 これが三日月さんの趣味だと言うなら、私も体験してみたい。その一心で双眼鏡を覗いた。


(私の目にも双眼鏡と似た機能は搭載されていますが、どちらかといえばオペラグラスに近いからなぁ……ってこの双眼鏡はよく見えますね。高級なものでしょうか?)


 本当によく見える。どのくらいかと言えば、学校を挟んで向こう側にある私の家。それも私部屋がくっきりと見えてしまう。


「……まさか、ね?」


 その事実に、私は大変嫌な推測をしてしまった。確かめるのも疎ましい事で、取り敢えず自室のカーテンは常時閉めておこうと決心した。


「お待たせー」


「あっ、お帰りなさい……」


 思考を巡らせている時に帰ってきたため少しビクッとしてしまった。

 三日月さんはニコニコとした表情で部屋の鍵を閉めているが、まあ防犯対策だろう。用心することに越したことない。


「何を取りに行っていたんですか?」


「何だと思う?」


 質問に質問で返された私は首を傾げた。


「ヒントは、前の部屋に取りに行っていた事かな」


「……趣味関連の物、ですか?」


 この部屋に趣味は感じられず、強いて言うなら本棚の小説と双眼鏡くらいだろう。

 だから漫画やゲーム機といった最近の子には欠かせない趣味は前の部屋にあると踏んだのだが、三日月さんは微妙そうに顔を歪ませている。


「正解はね……両手を出して」


「……?」


 どうしてこのタイミングで私の手が、それも両手が必要なのか? よく分からないが言われるがままに両手を差し出した。


 ――ガチャッ


 刹那、三日月さんによって両手首に何かを掛けられた。あまりの俊敏さに反応が遅れてしまったが、これは……


「あの……三日月さん? なんで私は手錠を掛けられて……」


「大丈夫。カギはちゃんと持ってるから」


 そう、手首に掛けられたのは手錠だ。それも警察官が扱うような本物で、善人には一生縁のないような物だろう。

 私は困惑して状況を理解できないが、巧まずして不味いとは分かった。


「ごめんね。でも、ゆゆねちゃんが悪いんだよ?」


「へ? あの……きゃっ!」


 何だか三日月さんの様子が可笑しい。伏目がちで、どこか厭世的で淀んだ空気を醸し出している。明るい彼女とは一変して、今の彼女は時折見せるあの悲しげな一面なのだろう。

 そう思った瞬間、私はベッドへと押し倒された。

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