第233話 *第三者視点


 ハイネの里の、いわゆる森側から黒煙が上がっていた。


 それは森を知り森に生きるエルフにとって、見逃すことの出来ない異常事態だった。


 里守の役割を持つエルフは即座に同胞の安否確認を行った。


 精霊への共感性が強い古いエルフが、森にある僅かな異変を感じ取っていたからだ。


 精霊の意向とエルフの意向は必ずしも一致するものではない――


 その不文律とも言える常識が、精霊の異変に対して、まずエルフの安全を確保しようとする動きに走らせた。


 精霊術を使い、ディルシクルセイスの樹より離れて……つまり街側の外にいるエルフを緊急で呼び戻した。


 狩猟をする役割、森の恵みを貰う役割、里を守る役割。


 多岐に渡る外役のエルフが連絡を受けて里へと戻った。


 その際に、黒煙の上がる方の森には精霊術がという奇妙な報告が入る。


 経験したことのない事態に、エルフは益々警戒を強くすることになった。


 ――――一方で、黒煙の中心地点となった森は酷い有り様だった。


 爆心地とも呼べる場所では、地面が焼け焦げ、近くにあった木は軒並み吹き飛ばされ、森にポッカリとした穴が空くことになった。


 その直ぐそばで、妙に間延びした声が響き渡る。


「あ〜……びっくりした。アミュレット様々っすね〜」


 声を上げたのは、赤く長い髪を頭の下の方で二括りに結んだ、深緑の眼の女だった。


 女は黒煙が上がる場所に居ながらも、煙たそうに手を振っているだけで、外傷や火傷の跡は見られない――


 いや、それどころか。


 その灰色のローブには焦げ跡一つ付いていなかった。


 たった今、ここに来たばかりだと言われても信じてしまいそうな風体だ。


「あ~あ……せっかく捕まえたのに。死んじゃったっすよね?」


 女は未だに黒煙を上げる爆心地を見てそう呟いた。


「いや生きている」


「あ、ゼロさん。いたんすね?」


 女の呟きに応えたのは、黒煙を割って現れた黒いローブ姿の人物だ。


 肩にボロボロのエフィルディスを担いでいる。


「……どういうつもりだ?」


「何がっすか?」


 険も露わな黒ローブの問い掛けに、女は飄々と答えて首を傾げた。


 肩に担いでいたエフィルディスをぞんざいに地面へと落とす黒ローブ。


 落下の衝撃に呻くこともないエフィルディスは、その焦げ付いた服や曲がった手足からして死んでいるようにも見えた。


「わざわざ姿を見せる必要はなかった筈だ。お前の特性からして、放っておけば無傷で捕まえられた可能性が高い。非効率過ぎる。理解出来ん」


「え〜? だって……」


 女は倒れ伏すエフィルディスの顔を踏み付けて続けた。


「こいつらムカつくんすもん」


「おい」


「いやいや、殺さない、殺さないっすよ? でもゼロさんがまだ生きてるって言うから〜? あ、生存確認っすよ! 生存確認! …………で、これほんとに生きてます?」


 どうでもいいとばかりにエフィルディスの顔を蹴り飛ばす女に溜め息を吐き出す黒ローブ。


「防御がギリギリ間に合った。衝撃は殺せなかったがな。傷を治せば使えるだろう。連れて帰れば形にはなるが……どうする?」


「いやいや? 待ち一択っすよ、当然。三人は連れ帰りたいじゃないっすか〜。出来ればこんなくたばり損ないじゃなく」


「いや、次はこう上手くいくとは思えん。気付いてないのか? 男のエルフには逃げられてるぞ。奴らも馬鹿じゃなかったら対策を打ってくる筈だ」


「あ〜、そうなんすか? ま〜、頑張ってましたからね〜……無駄なのに、よくやるっす」


「無駄になってないから今度の指針を訊いているのだが? ふざけるなよ」


「お、怒んないで欲しいっす〜……大丈夫、大丈夫っすよ。全部あたしが上手くやりますから〜。――――なんならエルフなんて全滅させちゃえばいいんすよ?」


「……」


「ね?」


 怪しく笑う女に、黒ローブは沈黙を貫いた。


 『それが出来るなら苦労しない』と言わないのは、それを可能だと思っているからだろうか?


 僅かばかり長い沈黙を経て、黒ローブが口を開く。


「…………隠し玉か?」


「え? やだなぁ〜、あたしとゼロさんの仲に隠し事なんてないっすよぉ〜。ただ逃げたエルフにはかなりの深手を与えてるんで、そこら辺で死んでる可能性もあるなあ〜、って思ってるだけです」


「……ふん、狸め」


「え〜? どっちかと言うと狐の方が好きっす〜。ほら? ちょっと狐っぽくないっすか? あたし」


「どうでもいい。策があると言うなら引き続きサポートに回ろう。……このエルフはどうする?」


 ついでのように指を差されるエフィルディスを見て、女は僅かばかり考え込むように唸った。


「う〜ん…………まあ、置いといてください。いざとなったら餌に使えるかもしれないんで。あ。あとはストレス解消用とか! ほ〜らね? あたしに隙はないっす!」


「……限りある資源だ、無駄にするな。あと二人程確保した時に生きていれば連れて帰る。……殺すなよ?」


「え〜?」


 そう言い捨てると、返事を待つことなく森へと消えていく黒ローブ。


 溜め息を吐き出した女がピクリとも動かないエフィルディスに話し掛ける。


「ここで死んでおいた方が幸せなんすけどね〜? 帰ったら魔物と掛け合わせられたりするんで〜。まあ、どうでもいいっすけど」


 本当に興味無さそうに、手持ち無沙汰になった女はもう一人のエルフが逃げた方角へと目を向けた。


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