終末コミケ
瀬戸内ジャクソン
第1回 MEL-P0 と ぼく
表現の「場」を守護(まも)るたたかいが、始まる。
お台場から巨大ロボで駆けつけたぼくは、モニュメントとして有明の地に突き刺さっていたノコギリを抜き、背部バーニアを噴かせて跳躍――逆三角形をした建造物の上に立ち、迫りくるサーカス軌道のミサイル群を切り払う。
「――お台場ロボは伊達じゃない!」
ミサイルだったものは有明の海に落ちて飛沫を上げ、夏の日射しが虹のアーチをつくる。
ひとしきり飛び道具の迎撃を終え、(いわゆる)勇者パースでノコギリを構える巨大ロボ。
『まあ、じっさいに動かしてるのはわたしですけど』
ひとり乗りの狭いコクピット内に、ぼく以外の声が得意げに響く。サポートAIをしてもらっている非実在少女の声だ。傍らのサブモニターには《MEL‐P0》彼女の形式番号(なまえ)が表示されている。
「発案は、ぼくだっただろ」
『そーゆーことにしておきマス、人間』
「ぽんこつAIのくせに生意気」
悪態をつき合ってから、ぼくたちは「敵」と対峙する。
「ここだ」
『なんですか藪からスティックに……人間はホント奇怪なこと言いますね』
わたしから観測(み)て「敵」の防御は万全、今のところ隙はないと思いますよ。《MEL‐P0》はやれやれといった調子で見解を述べる。
「ぼくはもっと先を見据えている」
『ナルホド。敵のガードを崩すために布石を打つ、と?』
「いや、もっと先――いつか自伝を出版することになったら、序章はさっきのミサイル迎撃から描こうと思ってさ」
『わたしのナルホド返してください』
てゆーか、と《MEL‐P0》が続ける。
『序章というよりクライマックスじゃないですか?』
「おっ、興味ある?」
『こほん。敵との膠着状態が続きそうなので、パイロットのメンタル維持のため会話を――』
「はいはい、興味あるのね」
変わらずそうあって欲しい。彼女は本来、戦闘用AIではないのだから。
「有名スパイ映画だと、冒頭は必ずアクションから入る。初手で観客を惹きつけるためだ」
それから書店で平積みされている本にしても、手に取ってくれた客が読者になってもらえるかは、最初の数行にかかっている。ガツンと派手にいきたいンだよ。
『ナルホド……そういう創作論はインプットされてませんでしたね……』
めもめも。と素直に呟いてから、《MEL‐P0》はあらたまった口調で告げる。
『表現の場、守護(まも)りましょうね』
「やれるさ、君となら」
操縦桿をぐっと握り、眼前の「敵」を睨めつけながら、ぼくは彼女との出会いに想いを馳せる――。ぼくにとっての全ての始まりは、まだ青葉が茂らず、花もつけてはいない早春にまでさかのぼる。
あの頃、ぼくはまだ地下世界にいた。借金のカタに強制労働させられていた、わけではないが、やっていたことにはまあ違いがない。
ひとつ掴んでは、どかす。
ひとつ掴んでは、どかす。
ひとつ掴んでは――。
上層へと続くコンクリートの階段は、瓦礫や土塊ですっかり埋まり、ぼくはコツコツひとつずつ、それらを掴んでは背後へポイしていく。そういえば、小学生のころ……花壇のそばにあったアリの巣を、なんとなしに好奇心で埋め立てたっけ。出入口の穴を塞いでさ。
(ぼくは今、それの報いを受けているのかも)
なーんて考えながら、ひとり、せっせと上層へ道を拓かんとす。もう階段を十数段ほど発掘しているけれども、掘れども先に光明は見えてこない。
(……掘れども、か……)
ひとつ掴んでは、瓦礫をじつと見つめる。ひとつひとつの大きさが、非力なぼくでも撤去できるサイズを逸脱してない。――さらに言えば、階段はキッシュのごとくぎっちぎちに埋もれているのではなく、なんとなく瓦礫どうしに遊びというか、やさしく積んでいったような気配さえ感じる。考えすぎだろうか。
「まあ、いいさ」
どうせ行動するしか選択肢はない。座して待っていても孤独死するだけだ。
ぼくは後方へ、ポイ捨てした瓦礫が散乱する下層へと振り返る。申し訳程度の非常灯が、遠くの漁火よろしく淡く光を送ってきており、時おりバグったように明滅しては「タイムリミットが近いぞ」と急かしている。
(備蓄された電力はきっと残り少ない)
だからこそ目覚めさせられた。望まざるタイミングで。緊急措置として。
ぼくはまた発掘ルーチンワークを再開する。ひとつ掴んでは――。その時がらりと土塊が剥がれ落ち、瓦礫の隙間からわずかな光が洩れてくる。
「去りし日のアリんこよ……お前らの気持ちがわかったよ」
ぼくはスパートをかけ、とうとう地下施設からの脱出を果たす。
階段を上り切った先、そこは相変わらず瓦礫にまみれた廃ビルのフロアで、しかし外からの自然光が入ってきている……勝ち確っ! 思わずプラトーンばりに仰け反った。縁起悪いな。
(さて、いかがせん)
ラストスパートとか嘘っぱち。ようやくスタートラインに立ったにすぎない。
何はなくとも、まずは手札の確認をしよう。何かの間違いで特殊勝利するやつが揃っているかも!? ええーと、ただの板きれと化してるスマホでしょ。いくらチャージされてるか覚えてない交通ICカード。五〇〇円玉が一枚。
「……」
目覚めと同時に自動返却されたブツはそれだけ。ふしぎなポケットよろしく増えているハズもなく。――と、その時スマホが「ピコリーン♪」と緊張感ゼロな音を上げる。メールの着信を告げる通知だ。つまり、地上へ出て電波が入るようになった!
「こんなんもう神器(チート)じゃん」
さっきまで穴掘りに必死で、うっかり認識が「手元の明かり」にまで格下げされていた。
本来の機能(?)を取り戻した以上、もはや、ふしぎなポケットの比じゃない。情報という無形のバカでかい所持品が増えることになる。
「どれどれメールの内容は」
――アイドリーアイドル・オンリー即売会2957開催のお知らせ!
ざっと目を通し、ぼくは戦慄する。かつて精力的に参加していた同人誌即売会の、最新ナンバリングが開催されようというのだ。
補足しておくと、同人誌即売会はいわゆる「コミケ」ばかりではない。ジャンルごとに小規模で開催されるものが相当数ある。ぼくの推しジャンル、アイドリーアイドルも然り。アニメを原作とする、そのオンリー即売会は三〇〇サークル規模、およそ四か月おき年三回の開催、ぼくが最後に参加したのは開催ナンバリング26だから……。
「あっ」
苦手な計算をやってるうち、フッとスマホの画面が暗転した。スリープ状態に切り替わったのではなく、電池切れ。電源ボタンをプッシュしても無反応だ。
地下に戻っていったん充電を――と思ったが、遅れて去来したイヤな予感が競り勝つ。充電が間に合わず、地下施設そのものが暗転するとか。あるいは運悪く崩落が起こるとか。
(こういうとき悪い予感は当たる)
街へ出れば電源はどこかしらにあるだろう。ぼくは着の身着のまま、土と埃に塗れたパジャマ姿で廃ビルを後にする。靴もないため一歩ずつ慎重に。
さて外界は、樹海と化していた。
「あるか? 電源」
いやいや、あのメールが正しければ、あるとも。
ここいらはちょっとばかし東京の西側ってだけ。迷わず行けよ、行けば分かるさ。
メールに記載されていた即売会の会場、蒲田にあるいつもの産業会館を目指し、ぼくは行動を開始する。踏みしめる土や草はひんやり冷たく、というか霜が張っていて針で刺されているように痛い。
「コールドスリープのが百倍マシだな」
スマホに表示されていた今日の日付は「一月一〇日」だった。あまり信じていなかったが、地上へ出ても変わらなかった(自動調整されなかった)から、正しいのだろう。
メールが届いた=少なくともアンテナ一本立ったわけだし。廃ビルの屋上に中継器があったか、近くに電波塔でもあるのか、さておき。
「まずいな……即売会の開催日も一月一〇日になってたぞ、確か」
常葉樹が伸ばした枝の、合間から覗く太陽は、まだてっぺんに昇りきっていない。サークル入場が始まったくらいの時間帯かな。一般入場が始まるまで一時間弱ってところ。開会から閉会まで四時間ある、駅までたどり着けば間に合う。
――ぼくの祈りは通じ、ほどなく森の中に線路を発見する。ひとりスタンド・バイ・ミーを感じながら線路沿いに歩き、無人駅へと至る。
「きさ……ぎ駅?」
駅名は看板が朽ちて不明だが、入口に簡易改札機があり、手持ちの交通ICカードをかざしてみる。残金三千円ほどの表示が出て、ちゃんと反応したので廃線にはなっていないハズだ。チャージ金額に安堵しつつ電車を待つ。
体感一時間ほどで、お待ちかねの鈍行がやって来た。冒険の終わりだ。
「あのっ! この電車は都心へ向かいますか! あのっ……」
思わず飛び乗り、車掌を探すが、無人である。シャトルランするみたいに往復したが、車掌も他の乗客もおらず、答えは返ってこない。
「……」
呆然としていたらプシューッと扉が閉まり、電車が発進する。
ぼくは仕方なくシートに腰掛ける。おしりに伝わる火傷しそうなくらいのヒーターが、オカルトではなく現実だと教えてくれる。そもそも無人自動運転は別段珍しくない。近未来なら僻地を走ってることだってある。落ち着こう。
ぼくは車窓から外の景色を望む。影のつき方からして、おおよそ進行方向は東……記憶が曖昧だけど、出発地点が東京の西側なら、そのうち都心に着くだろう。そうあってくれ。
(……暖房ここちよいな……)
落ち着いたら眠くなってきた。思えば、目覚めてから地上へ出るため働きづめだった。加えて駅までけっこう歩いたし、腕も脚も休息を求めている。ごめんね酷使して。
少し仮眠をとろう……がんばるための休息……Zzz
「――はっ!」
と飛び起きれば終点である。そこは見覚えのあるホームで、いわゆる私鉄の池袋駅だと気づく。国鉄の環状線に乗り換えて、品川からまた私鉄でゴールまで行けるな。などとぼんやり&くらくらした脳みそで考える。
(ここまで途中に乗り合わせた乗客はいた、のか?)
車内にもホームにも相変わらず人気がない。ぼくはいったん電車を下り、ぺたぺたと裸足で改札へ向かう。ICカード決済で自販機のコンポタとおしるこを胃に入れてから、誰に出会うこともなく乗り換えを済ませ、品川を経て蒲田へ……RPGでエンカウント率を下げるアイテム使ってるみたいに、マジで人と遭遇しない。
「さすがに異常だ」
首都の都市部だぞ。ここに人がいないなら、どこに人がいるというのか。
蒲田へ向かう私鉄の車内でひとり、顎先に拳をあてて探偵を気取る。薄汚れたパジャマ姿で締まらない点は目を瞑っていただきたい。閑話休題。
少なくともインフラは動いている。どれもこれも無人かつ自動で。しかし享受する人間がぼくの他に見当たらず。そのこころは。
「う~~ん、もうすぐ巨大隕石が降ってくるとか?」
わりと冗談抜きで思ったものの、一千万人規模の人間が逃げ出したにしては、特有の荒んだ雰囲気が街に感じられない。新聞が散らばって踏まれまくり放置されまくり~~みたいな、ありそうじゃん? 渋滞に痺れを切らして雑に乗り捨てられた車とかもありそう。車窓から見る限り、ありそうなエクソダスの痕跡がまるでない。整然としたいつもの風景から、忽然と人間だけがレイヤー消したみたいに消失している、そんな感じ。
(この感じ……いつだったか覚えがある)
中学生のころ、手洗いへ行ってるうちに全校集会が始まって、みんな体育館へ移動したもんだから校舎に取り残されて。焦ったなあ。苦い思い出だよ。
「まさかトーキョー規模で体感するとは」
ぼくが目指すべき場所は他にあるのだろう。地下シェルターかもしれないし、あるいは脱出するための空港かもしれないし、都庁あたりも正解に近いと思う。
だけど、ぼくは即売会会場へ向かっている。理由は三つ。一つ、創作物が頒布される以上、そこには人間がいるから。二つ、そこにいる人間は同好の士であり、人見知りのぼくにやさしいから。三つ――
(どこより今、いちばんそこへ行きたいから)
かくして、ぼくは蒲田駅へと到着する。改札を出れば目の前はすぐ産業会館、アイドリーアイドル・オンリー即売会の会場だ。当然のごとく無人な駅舎で確認した時刻は、十五時過ぎ。すでに撤収しているサークルも多いと思うが、全部ということはないだろう。
ぼくは足早に改札を抜け、歩道橋を渡って会場へ。
「着いた」
独り言ちる癖のぼくが、ホントに口を衝かせた言葉だった。
館内の掲示板には『アイドリーアイドル・オンリー即売会2957』のポスターが、催し物の一つとして貼り出されている。それはイラスト付きで、作品のメインキャラからサブキャラまで、ポップな絵柄で詰め込まれている。
(どこかで見たような……見たことないような絵柄だ)
ぼくの知る『26』時代の絵師を、いくつか足して割った雰囲気がある。ポスターの隅に添えられた作家名は《KIK‐S7》知らない名前だ。そして大きな驚きもない。ペンネームとはヘンテコなもんだ。
「……っと、入口でもたついてる暇はなかった」
閉会時間まであと十五分ちょい。ぼくは奥へと歩みを進める。駅のトイレで手洗い、洗顔、髪も洗っておいたが、さすがに身なりはどうしようもない。薄汚れたパジャマに裸足。不審者として入場拒否もあり寄りのあり。
(頼むっ……通してくれぇ……!)
ぼくの心配は杞憂に終わる。一階ホールの入場口は「またか」かつ「まさか」のノーガード、受付用の机が置かれているだけで素通りOKとなっていた。即売会も後半となれば自由入場は珍しくない……もはや問題はそこじゃない。
杞憂が終わり、絶望が訪れた。
ぼくの鼓動の高まりは、心臓にコークスクリュー・ブローを撃ち込まれたように停止する。絶望した! と叫んで乾いた笑いに変えることさえできない。
「……どっかで全校集会、やってんのかなあ……」
サークル用の長机は整然と並べられて「島」を形成し、新刊をアピールするノボリだって、武将の旗印みたいにバンバン立っている。ただ、やはり、またしても。
人間がいないのである。ぼく以外、誰もいないのである。である口調で平静を保つのも限界がある。球児の夏が終わった心地である。冬だよ畜生。
ぼくは項垂れて膝を着く。
『シンカン・ミテイッテ・クダサイ』
あ……? 幻聴か? 今、聞きなれたフレーズが……。
『ドウゾ・テニトッテ・クダサイ』
呆気にとられて顔を上げる。すぐ傍らの島端(はじ)サークル――あてがわれた長机半分のスペースに、一冊だけ本が置かれている。立ち上がり確認すればA5サイズで厚みがあり、表紙には題字のみ、直感的に小説本であると理解する。ぼくもまた字書きであるがゆえに。
紛うことなき、由緒正しき、同人誌だ。
「……」
サークル主の姿はない。本の声が聞こえた、ってことなのか?
絶望のあまり超能力に目覚めたか……あるいは、そう思い込んでる狂人になったか。
なんにせよ、間違いなく一冊の同人誌がここにある。揺るがぬ事実として。
「拝見します」
ぼくはサークルスペースに正対し、生唾を呑んで本を手に取る。無線綴じで仕上げられた立派なオフセ(オフセット)本だ。タイトルは『終末アイドル事変』――なるほど、さては原作にアポカリプス要素を入れたな? 嫌いじゃないぜ。
表紙をめくれば、一ページ目から本文が始まっている。なになに……まず心情描写からぶつけてくるか。情景は浮かんで来ないけど、終末というコンセプトには合っている気もする。ifによる思考実験なればこそ。
「新刊一部ください」
本を閉じて脊髄反射で言ってから、持っている現金がほぼないことを思い出す。やっば足りるかな。てかサークル主もおらんぞ。
あらためてスペースの卓上を確認すると、小さなイーゼルに乗せられたタブレットがお品書きを表示している。ぼくが現役で参加していた『26』でも、タブレットを活用しているサークルは少なからずいた。
新刊『終末アイドル事変』の頒布価格は、五〇〇円か。ぎり足りた。令和三年の硬貨よ、お前、今日この日のために生まれてきたのかもな。
ぼくはお賽銭感覚で五〇〇円玉を卓上に置く。これで本はもらっていいのかな?
『シンカ――ししし新刊一部、ごひゃくえんになります!』
さっきの声が、途中から舌足らずな女の子の声に変わって、何処からか発せられた。
『ハイ、ちょうどおあずかりします!』
タブレットだ。タブレットから聞こえてくる。そうか、遠隔で売り子をやっているんだな。
『ありがとうございます!』
「あの、こちらこそ、ありがとうございます」
……。なんともいえない、心地よい空気が流れる。これが死ぬほどすきだ。同人誌即売会に来て、同人誌を買うってやつだ。
「それでは」
待て待て待て、それでは、じゃねーだろ。人見知りの下限突破はまずい。ぼくは彼女から訊き出さなくちゃ。世界情勢とか色々――。
いっこうに立ち去らない変質者となりかけてたら、あちらから助け舟が出た。
『まってください! よろしければ、お名前を!』
「えっと……ぼくの名前は」
まず本名が思い浮かび、かけてエラーを起こす。ネタとか冗談じゃなく思い出せない。ハンドルネームつかペンネームのほうが長いから、わりと忘れかけてたのは否めないが、本当に忘れてしまうとは思わなかった。
(コールドスリープの弊害――)
『もし言いにくいのでしたら、無理しなくても』
「あっいや、人間です」
『に……???』
「ぼくの名前。人間っていいます」
しばらく間を置いて、タブレットの向こうから爆笑が聞こえてくる。
『あははっ! あはっ! へんな名前!』
創作界隈でイジられるのは稀なので、ぼくはちょっとムッとして返す。
「いやま、ヘンかもしれませんけどや」
もっとやばいペンネームの作家ごろごろおるやろ。パッと思いつくだけで四・五人は身近にいたぞ。人間。親しみやすい響きと思わん???
「そーゆー先生は、なんてお名前で」
新刊の奥付を見れば書いてあるだろうけど。あえて訊く。
『わたしの名前は』
その時、轟音と共に、会場の搬入口がある側――一面ガラス張りの壁がいっせいに砕けた。
「なっ……んだあ!?」
アクション映画とかでよく見るシーンだ。ガラス片は全て内側へ飛んで、いくつかぼくの頬を掠めた。ということは外からの衝撃、マジで隕石が落ちて衝撃波が飛んできたか。
『……まさか、そんなっ!』
「知っているのか先生」
『タブレット端末のカメラを外へ向けてください!』
ぼくは言われたとおり、イーゼルからタブレットを外し、新刊といっしょに抱える。
『土煙の向こう、うっすら見えませんか……いかついフォルムの機械兵が』
「うっわ~~いるわ。ツクール系の素材でありそうな個性薄弱なメカが何体か」
あれが爆撃を仕掛けてきた? 日本でそんなことある?
『事情の説明はあとです、逃げましょう!』
「了っ!」
三十六計逃げるに如かず。触らぬデウス・エクス・マキナに祟りなし。ぼくは身を低くして、そそくさと裏口へ回る。ドアを開ける……。
「ですよね」
そこにも機械兵が待ち受けていた。
「うおおおおおおっ!!」
ぼくはヘッドスライディングで機械兵を股抜きして、次塁へ。次の塁ってどこだ。
『国鉄は彼奴らに掌握されています。私鉄を乗り継いで〝ヘヴン〟へ向かいましょう』
「彼奴らって!? ヘヴン、イズ何!」
教科書よろしくタブレットと新刊を抱え、ぼくは来た道をひた走る。説明は後ほどと繰り返す、彼女の指示に従って、ぼくは私鉄の改札を抜け、ドアが閉まりかけていた電車に文字どおり飛び乗る。
『彼奴らとは、機械優生思想原理主義、通称・KUSGSと呼ばれている連中です。ヘヴンというのは、彼奴らと敵対する方々のコロニーで』
「あははっ」
『笑いごとじゃないですよ』
人間さん、もしかしてサイコパスですか? とプチ怒った声で言うので釈明する。
「あまりにもラノベすぎてさ」
笑いを嚙み殺そうとしているうち咳き込んでしまう。
タブレットのカメラ外、口もとを押さえた掌が赤く染まる。
「……」
えんじ色をしたシートに擦って隠滅し、鉄の味を呑み込む。
「即売会の会場、あの後、大丈夫かな」
『もうめちゃくちゃにされちゃいましたけど、あれ以上はないと思います』
何しろ、彼奴らのねらいは人間なのですから。
「えっ……なんで……ぼく、ただの字書きだよ?」
『それは、あなたが』
彼女は少し溜めてから続ける。
『目下、この世界で唯一の人間だからです』
言葉を失うぼくに、タブレットな彼女だけが明るく切り替えていく。
『申し遅れました! わたしの名前は《MEL‐P0》メルポって呼んでください!』
これがぼくと彼女の出会い。物語は、坂道を転がるように動き始める――。
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