第19話 風の戦乙女
==針林ダンジョン八合目・丘陵地帯(きゅうりょうちたい)==
幻獣キマイラを前にして、なんとメリーは無傷だった。
彼女は周りの五人と比べても実力が桁違(けたちが)いなのだろう。
ーーそれでもキマイラを倒すには至っていない……ということでもあるのだが。
「あんな凄い魔法初めて見た。あれニアがやったの?」
「ま…………まぁね!」
メリーの視線が熱く感じるーー動揺はしない。
声が少しだけ上(うわ)ずったが決して動揺などしていない。
「ニア、凄い。かっこいい」
「あっ……ああ……ありがとう! 僕も君の隣に立てるくらいには強くなれた……かな?」
「うん、手伝って」
「ああ!」
口数の少ないメリーだが、その口元からは十分な称賛と信頼が感じられた。
ときめきと恥じらい以上に頼られた嬉しさで心が高鳴る。
僕はさらに強くなった実感を十二分に噛み締めた。
「ニスカ……お前! どうして戻ってきたんだ……逃げろと言っただろ」
そして、彼女の傍(かたわ)らでは、黒い甲冑の男が血を流しながらなんとか立っている様子だった。
「そんなこと出来るわけないでしょ……!」
ニスカの帰還に動揺を隠せない男は怒鳴り声を上げた。
負けじとニスカの方も語気を強める。
仲間に逃げてほしい気持ちと、仲間を見捨てられない気持ちは等しくぶつかり合う。
「ロー、ニスカ、痴話喧嘩してる場合じゃないよ」
メリーが二人の仲裁に入る。取り残された僕はというと、
ーー気まずい。非常に気まずい。
そうしている間にも、周りにはハイコボルトとハイオークが群れを成して集まって来ている。
「みなさん! 周りのモンスターをお願いできますか⁉︎」
気まずさに耐えかねた僕は気持ち声が大きくなった。
ダンジョンのど真ん中で、僕も随分と落ち着いて来たものだ。
「傷を治します!」
「草原にいた坊主……じゃないか」
「再起!」
再起の魔法は十分に効果を発揮、ローと呼ばれた大男の傷は癒え血が止まった。
「回復魔法……! それからあの“とんでも魔法”も坊主が……?」
僕は上空のキマイラと周りを警戒しながら静かに頷(うなず)く。
ローと呼ばれた黒い甲冑(かっちゅう)の槍使いが驚きの表情を隠せない様子だ。
「ロー、槍もニアくんが持って来てくれたんだよ!」
ニスカがローに槍を投げ渡す。
槍を受け取ったローは手に馴染ませるように何度か振り回してみせた。
「こいつはありがたい! やるな坊主、恩に切るぜ! 俺はロー、ヴァリアン・ローだ。よろしくな!」
「よろしくお願いします、ローさん!」
ーーそうして僕達は遂に合流を果たした。
年長者であるローがその場を仕切る。
「よしっ、俺とニスカが周りをなんとかする。メリーがキマイラを引きつけて坊主が魔法でしとめる! それでいいか!」
「「うんっ」」
「了解しました!」
「ーーーーッ」
そこで痺(しび)れを切らした上空のキマイラが、咆哮を上げながらこちらへ“急降下”を開始。
僕が獄雷撃を放つより前にメリーが上空へ飛び上がった。
「風、お願い」
メリーがそう呟けば、まるで魔法のように突風が吹き荒れる。
そして彼女はその疾風に剣圧(けんあつ)による斬撃を織(お)り混ぜて放った。
キマイラは炎の息で応戦、焔と風の威力は互角。
ーーしかし勢いはメリーに分がある。
風に乗って“空を飛ぶかのように”、キマイラを翻弄(ほんろう)した。
一太刀、また一太刀と、降下する巨体の勢いを削いでいく。
「メ……メリーは風を操ることが出来るんですか?」
「風神の寵愛(ちょうあい)、人呼んでーー|風の戦乙女(ワルキューレ)。あの子はたった一年でBランク冒険者まで昇(のぼ)り詰めたスーパールーキーよ」
「へ……へぇ」
ーー風神の寵愛(ちょうあい)……? |風の戦乙女(ワルキューレ)……? ブリスブルクに移り住んで四年経つけど初めて聞いたな。
「まさか知らないなんて言わないわよねっ?」
「もも……もちろん知らない訳ないじゃないですか……! なるほど、彼女があの…………」
ーー知らない……すみません、全然知りません……! 只者ではないと思ったけど、あの歳でもうBランク!
Bランクなら首都でもプロとしてやっていける。
ましてや郊外のブリスブルクでは英雄扱いされるレベルだ。
ーー言われてみればダンジョンやモンスターについては学んできたけど、世間のことも活躍する冒険者のことは全然知らないや……。
こちらも後で冒険者について色々聞くことにしよう。
そう決心して僕はキマイラへの追撃を開始した。
「メリーには当たらないように集中して……獄雷閃!」
僕の心配をよそに彼女は空中を縦横無尽に駆け回り、いとも簡単に獄雷撃を避けてみせた。
一方のキマイラはというと山羊の頭が豪雷撃の球体を多数放出し、僕の魔法の砲撃の威力を削ぐ。
ーー十分なダメージが入らない。
「私のことは気にせず撃ちまくって!」
作戦通りメリーがキマイラを引きつけてくれている。
周りではニスカさんとローさんが、ハイコボルトやハイオークの群れを相手してくれている。
ーー僕も頑張らなくては!
僕に出来るのは獄雷閃でキマイラを撃ち落とすこと。
しかし、二つの頭に魔法で相殺されてしまう現状。
それを打破するために何が出来るのかーー
「連射だ!」
獄雷閃の効果時間、約八秒。
それをクールタイム無しで撃ち続ける。
ーー保有魔力量に問題はない。
理論上は出来るはずだ。
ここまで何度も土壇場(どたんば)で限界を超えて来た。
その奇跡、いや軌跡をもう一度積み上げるだけだ。
そうして僕は黒杖を構え、次なる獄雷閃を放つ。
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