第95話 苦肉の策 Ⅱ
「そうか!やはり曹操の間者であったか!」
部下からの報告に周瑜はいよいよ怒りを爆発させ、
「蔣幹を斬れっ」
と命じた。
周瑜はこれまで蔣幹を親友として信頼してきたため、その彼に裏切られたのは非常に腹立たしかったようである。
一方、そのころ、孔明は宿舎にあって机と向き合い、何か熟考していた。
(彼をこのまま殺めるのは非常にもったいない。何か使い道があるはずだ・・・)
孔明が悩む彼とは紛れもなく蔣幹のことだ。
孔明は周瑜から蔣幹の扱いについて相談を受けてはいないが、陣中の噂で状況は把握していた。
蔣幹は曹操に情報を伝える係なので、上手くやれば偽の情報を掴ますことができる。
(ただ、どんな情報を掴ませれば勝利へと持っていけるだろうか)
孔明は考え抜いた末に偽の内通者を作り出し、それを生かして火攻にするべきだという結論に至った。
(内通を装う者を作り出して曹操に偽の内通書を送る。それに蔣幹が証人のような役割を果たしてもらい、曹操に信用させる。そして内通者には南風が吹く頃合いを見て船に火薬を積ませて曹操陣営に向かってもらう。さすれば曹操は味方として向かってきてくれたと思うであろう。だが、実際には船体に火をつけて船から退散してもらう。そして、船体は忽ち燃え上がり、曹操の軍船にも引火し、全てを焼き尽くす)
といった感じで孔明の構想は膨らみ、大勝利を脳裏に描いた。
しかも、この通りにいけば揚子江の南岸にいる呉軍は目の前の火災により曹操を追撃できないので、自ずと追撃の役目は揚子江北岸の江夏にいる劉備の手勢に委ねられる。
そうすれば、劉備軍は雑兵を刈りつつ、曹操をわざと逃して曹操の勢力を保持させる。
これにより孔明が思い描く構図―孫権と曹操がどちらも滅ばずに争いを続ける間に劉備が勢力を得て三国鼎立となる―これを実現できるのである。
(これしかない!)
と孔明は結論付けたが、まだ最後の課題が残されていた。
それは誰を内通者に装わせ、如何にして曹操が信用する情報を蔣幹に掴ませるか、であった。
孔明がまた熟考していると、しばらくして茶葉の香りが漂ってきた。
「孔明殿も休憩しない?お茶でも」
その香りは風魯が飲まんとするお茶であった。
「そうですね、確かに疲れました」
孔明は疲れた脳では良い考えは浮かばないと思い、休憩することに。
風魯と共に茶を嗜んだ。
「そうだ、孔明殿に話してなかったかな?鄧艾殿のこと」
風魯が茶を飲む間に聞いてきたので、孔明は
「鄧艾殿って最近曹操陣営で頭角を現してきたあの方ですか?」
と聞き返す。
孔明自身も鄧艾という男に関心を抱いていたが、如何にして曹操の配下になったのかは知らないようである。
「いや、実はね、私が鄧艾を救ったんだ」
風魯は自慢げに孔明にいきさつを話す。
それに孔明は風魯の勇気を称えながらも内心、
(しかし、なぜ仕官先にうちを勧めなかったのか)
と残念に思ったが、特に表には出さなかった。
「やっぱり人間って弱点を言われていじめられるのが一番辛いと思うんだ」
「鄧艾殿なら吃音を理由に暴力を振るわれたことだし・・・」
風魯がそんな話をしていると、何やら陣中が騒がしくなってきた。
「おーい、皆の者。戦は長丁場だ。これでも食って精を出そう!」
近くによって見ると呉の重臣、周泰が将兵に狩ってきた獲物の肉を分け与えていた。
周泰はその場で肉を焼いて分け与えようとしたが、その肉は筋があって硬そうである。
「周泰殿。その肉は硬そうだから棒でたたくといいよ」
風魯は周泰にそう勧めた。
すると彼は、
「確かに硬くて食えないとこもありそうだな。そう言うなら風魯殿、自分で叩いてみたらどうだ。それで自分で硬い部位を食ってみて食えたら、その話は本当だと認めてやる」
と言った。
どうやら叩いて筋を絶つという手法がまだないようだ。
そこで風魯は自分で叩いた肉を焼いて食べてみた。
見事に風魯が硬い部位を食べたため、周泰は
「硬い肉を柔らかくする方法なんて、知らなかった」
と感心した。
周りから歓声が上がる中、風魯は一言。
「ま、理由もないのに叩かれる肉さんは可哀想だけどね」
すると、周りの兵士が
「いやいや、硬くて誰にも食べられずに捨てられるなら、その方が肉も本望ってもんだ」
と言ったので笑い声が沸き起こった。
なんだかんだで呉軍にすっかり溶け込んでいる風魯。
そして、その様子を眺めていた孔明は思いついてしまうのである。
最後の課題を一気に解決する方法、苦肉の策を―
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