第73話 水魚の交わり Ⅰ

 「兄者、孔明とかいう奴は本当に使える奴なのでしょうか!?」


 「わしには書斎に引きこもった変な若造にしか見えませんがねぇ」


 と劉備にやたらと文句を言うのは張飛である。

彼としても苦労して迎えた以上は良い人材であると思いたいようだが、やっぱり信じ切れていないようだ。


 (あんなにヒョロンとした若造に何ができるというのだ?)


 張飛はまだ軍師の重要性すら認識できていないようである。


 「いいか張飛。孔明殿は間違いなく天下一の軍師だ。その孔明殿を迎えたというのは水を得た魚のようなものだ」


 劉備はこう言って張飛を説得しようと試みたが、


 「はぁ、魚は水がなくても旨いですが」


 と魚を食べ物としてしか見ない張飛に言われて流石に説得を断念。


 「あ!サカナは酒と一緒につまむ方すか?」


 「それは酒の肴だ!って、もういい!」


 張飛のあまりの馬鹿っぷりに劉備も呆れてしまったのである。


 張飛には理解できなかったようだが、水を得た魚というのはその名の通り魚が水の中に入って元気になる様子からこれからの活躍を確信するという意味。

 それと水の中にしか魚は生まれないことから必然的で親密な関係という意味でもある。


 このことを俗に水魚の交わりと言ったりもするのである。



 「何!?劉備が新しい軍師を迎えただと?」


 斥候からその話を聞いた曹操は徐福と名乗っていた頃、劉備の軍師であった徐庶に尋ねる。


 「その新しい軍師、諸葛孔明という輩は君と比べてどうなのだ?」


 これに劉備仕官時の幸福はもう味わえないという思いから福の名を変えた徐庶は、


 「それは私などと比べるのが愚の骨頂というもの。ただし、強いて言えば私が

埃であれば孔明殿は風です。いくら私のような埃が挑んでも一吹きに弄ばれるだけでしょう」


 と孔明の凄さを表現した。

これに曹操は驚き、


 「では我が子房である荀彧などと比べても!?」


 と徐庶に詰め寄るが、


 「埃の背比べになっておしまいです」


 と言うばかりであった。


 

 「丞相様、もし孔明の奴が風と申すならこの私が山となって立ちはだかって見せましょう!」


 こう強気な発言をしたのは曹軍一の猛将である夏候惇だ。


 「よくぞ申してくれた!では夏候惇と李典に大軍を与えるから孔明の劉備軍を破ってくるのだ!」


 曹操は夏候惇の発言を手を叩いて喜び、そう下知した。

もちろん、徐庶はその危険性を熟知していたが敢えて何も言わなかったのである。



 「風魯大将軍、少しいいだろうか」


 ところ変わってここは荊州の新野。

ここの城下に屋敷を与えられた俺は隆中から引っ越しをしてきた。

 また、それは孔明も同じであり、今でもこうして訪ねてくるのだ。


 「あれ、孔明殿。曹操軍が来ると聞いたから忙しいのでは・・・」


 俺はそう言ったが孔明は、


 「確かにこれまでずっと作戦を考えておりましたが頭を休める時間も必要というものです」


 と返した。


 「ふーん、まぁ座ってよ」


 俺は火鉢の前に座るよう促した。


 「あら、もう4月も終わりですよ?まだ火鉢ですか」


 「そうそう、私は寒いの苦手だからさ」


 「確かにこの時期にしては寒いですね」


 とか言いながら二人は火鉢で暖まりつつ、菓子をつまんだ。


 

 「ん、ハエだ!うっとうしいなぁ・・・あ!菓子にたかった!」


 鈍い俺はまんまとお菓子にハエをつけさせてしまった。


 (ハエのついたお菓子なんて食べたくないなぁ)


 その後も数匹のハエがお菓子にたかってきたので、俺は我慢ならずお菓子ごとハエを火鉢の中に投げつけて、それに蓋をした。


 しばらくして蓋を開けると、ハエはその熱で死んでいた。


 「はぁ、せっかくのお菓子がなぁ」


 俺はどことなく悲しくなったが、孔明は何か考えている様子で・・・


 「これだ!」


 と急に大声をあげて足早に去っていったのである。


 

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