第六章 人形
赤い縞の服の裾がほつれている。
太鼓のバチが片方、取れかかっている。
黒いテーブルの上に、白い両手が投げ出されている。
パジャマとの境の上に頭を乗せて、寝転ぶようにながめている。
(変な・・・顔)
礼子はクスリと笑うと、人差し指でそっと人形を触ってみた。
何年前だったろうか、酔った父親が夜店で買ったとか言って上機嫌で幼い礼子に渡してくれた。
ミッキーでもスヌーピーでも、女の子が喜びそうなものは他にいくらでもあるのに。
不器用な父であった。
真面目に働くだけが取り柄で、その日も会社の忘年会か何かの帰りだった。
ただ世界中で一番、礼子の事を愛してくれていた気がする。
「礼子はべっぴんさんやなー、お父ちゃん、礼子がお嫁にいったら泣いてしまうわ」
そう言って膝によく抱いてくれたものである。
その父も今はいない。
父が事故で死んだ日から、礼子の表情から笑顔が少なくなっていった。
一番の賛美者を失って、ただでさえ背の高いコンプレックスがあったのか、自分のカラに閉じ込もるようになったのだ。
父が生きていてくれたなら自分の人生も、もう少し違った形になっていたかもしれない。
いつも不安でオドオドしている。
背の高いのが恥ずかしく、つい猫背になってしまう。
だから、いつも自信のかたまりのような瀬川に魅かれていったのだろう。
でも今は違う。
瀬川を待つ事に疲れている。
やってくる日を待ちわびて胸をこがす日々。
来たとしても今度は男の何気ないしぐさや言葉に傷ついてゆく。
もう、終わりにしたかった。
待つのはイヤになった。
寂しくてもいい、自分の心を自由にしたかった。
礼子は再び人形に指を触れている。
人形はただ奇妙な笑顔を投げかけている。
それでも良かった。
そばにいてくれるのだ。
礼子は心の中でつぶやいた。
(待つのは・・・もう、イヤ・・・)
視線を上にあげると、豪華なリビングのソファーや家具が見える。
このマンションも都心の一等地にある。
さすがに名義を自分にするのは断ったが、家賃も払わず無料で住んでいる。
瀬川が家具も全て揃えてくれたのだ。
自分の給料はそっくり生活費に使っている。
実家は貧しかったので礼子も贅沢はしない。
服もあまり買わないので実家への仕送りと貯金にあてている。
でも、それがかえって自分の心に鎖をつけているような気がするのだ。
自分はこのマンションの檻に飼われているだけなのかもしれない。
自由になりたかった。
雨が強くなったのか、雨音が部屋に響いている。
雨が礼子の心を縛るように降りしきっている。
礼子は再び同じ言葉をつぶやいた。
「待つのは・・・もう・・・イヤ」
人形の瞳が一瞬、寂しそうに見えた。
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