第23話 花


 暮れだったか、近くの花屋が店を閉めるとかで、閉店セールのチラシが入ってきた。

 覗きに行くとめぼしいものはあらかた売れてしまったらしく、半分ほどしか残っていなかった。無理して買うほどのことでもないのでぼんやり見て回っていると、ふと懐かしいものが目に映った。

 小さな小さな鉢植えのそれは、セントポーリアのミニ種。



 小学校を卒業する少し前、訳あってもらったのがセントポーリアの鉢植えだった。セントポーリアは当時人気だったらしく、園芸品種の数がとても多く、見た目も様々なものが売られていた。

 私がもらった花がどんな色形だったかは残念ながら記憶にない。ただ、花が可愛らしかったことだけ覚えている。それと鉢植えの花をもらったのが人生初だったのとで、枯らしたくなくて育て方が載った本を買ってもらった。それによるとレースのカーテン越しくらいの日当たりで、暑くもなく寒くもないのを好むとあった。要するにお嬢様扱いが必要らしかった。


 そういう訳で南側の窓辺にお嬢様を置くことにした。セントポーリアは花期の長い花で、適した場所でうまく育てるとほぼ一年中、花を咲かし続ける、と本にあった。当時の住まいはお嬢様には悪くなかったようで、ド素人の子供が育てている割にぽつぽつと思い出したように咲いてくれていた。

 気を良くした私は、デパートの屋上脇の階段横にあった園芸店を覗きに行っては、つぼみも何もない小さな苗を買ってきた。花やつぼみつきは高くて買えないから、安いのを育てて咲かせてみようという腹だった。

 当時の私が何でなけなしのお小遣いを叩いてまでしてそんなことに手を染めたのか、今となっては全くの謎だ。どれくらいそれが続いたか、こちらも全く覚えていない。多分いいところ半年かそこらじゃなかろうか。中学生生活はそこそこ忙しく、お小遣いの使い途は無限にあった。以降この年になるまで私がセントポーリアを買って育てることはなかった。



 ウン十年ぶりに再会したセントポーリアは、ミニ種だけあって百均に並ぶミニ観葉くらいの可愛いサイズで、それなのに凝った花を咲かせていた。さすがにセールとは言え百均よりは高かった。当たり前か。

 それでもやっぱり安かったのと、こんな機会でもないとと思ったのとで、店頭で散々思案した末、6鉢買って帰ることにした。我ながらびっくりの大人買いだ。

 これには訳がある。今の住まいがお嬢様には合わないと分かっていたからだ。日当たりは2階におけばともかく、我が家は温室にはほど遠い。いや、はっきり言おう。お嬢様には寒すぎるのだ。有り体に言うと、半分はダメにする覚悟をもって臨んでいた。


 それでも毎日のように昼と夜とで鉢の置き場を動かし、液体肥料を差し上げ、ぐうたらな私にしては珍しくかいがいしくお世話したつもりであった。

 割とすぐ、2鉢とお別れする羽目になった。庭の片隅に弔い、その分他の4鉢に愛を注いだ。がしかし、一鉢、また一鉢と南アフリカ原産のお嬢様方は極寒の地に倒れていき、そうして残った最後の1鉢。青紫の花びらに白い縁取りが美しいお嬢様だった。

 せめてあなただけは。

 祈るような気持ちでいたのだけれど、3月に入っての寒の戻りにお嬢様は耐えきれず、儚く散っていった。

 最後のお嬢様と相前後して、紅白のミニシクラメンの鉢のうち白の花が今シーズンの終わりを告げた(ここ数年、赤と白のミニシクラメンを買ってきては冬の間、部屋に飾っている。シクラメンは寒さに強く、へっぽこな私の下でも春まで咲き続けてくれる貴重な花だ)。


 全滅、という言葉+シーズン終了一鉢、がボディブローのように私にダメージを与えていて、やや放心状態で直売所に野菜を買いに出かけた。たまたま直売所ではお買い物イベントを開催中とかで、二千円以上買うと花の苗を差し上げますと入り口に掲示されていた。

 残念ながら大抵いつも二千円も使わない。その日も千円にも満たない買い物を済ませて外に出ると、イベントスタッフさんから声をかけられた。

「よろしければお好きな苗をどうぞ」

 私だけでなく、後から出てきたひとにも声をかけている。どうやら二千円の縛りを外したらしかった。

 では、と遠慮なく覗く。ビニール袋に入れられていたのはパンジーの苗ふたつで、黄色、白、紫、ピンクなどなど色鮮やかな花が色々に組み合わされていた。

 どれもが目に眩しいくらい鮮やかで美しく、それこそ選び難い。しばらく悩みながら春らしく黄色がいいかなと思っていた所で、そういえば白のシクラメンの花が終わったのだと思い出したら、つい白を選んでしまっていた。もうひとつは赤に近い濃い臙脂で、シクラメンとほぼ同じ組み合わせだと気付いたのは、「これにします」と声をかけて、「あら、素敵な色ですねえ」と笑顔でビニール袋を手渡してもらった後だった。


 そういう訳で、ふらふらの放心状態からうふうふと立ち直れたのは、同じく花のおかげで、家に帰って早速鉢に植えてから窓辺に飾った。

 赤、白、赤の配色はそれだけでおめでたそうで、それを見ていたら、欲しいと思って手に入れても意外と保たず、代わりにひょんな所からそれに代わるものがもたらされる、世の中というのは得てしてこういうものかもしれないと思ったりした。

 思っているうちに本当の春が来て、そうこうするうちにとうとう赤のシクラメンもお終いになって、ついでにパンジーも白はさっさと終わりとなって、今、残っているのは臙脂のパンジーだけだ。その代わりといってはアレだけど、拾ってきた桜を横に活けている。これでも一応、紅白に見えるなあと思いながら。



 *



 と言うことで、検診引っかかりましたー! 中性脂肪とコレステロール値、ってベタに中年太りを指摘されたようで悲しいです泣。仕方がないので、花粉が収まったら今度こそちゃんと走ろうと思っています。しばらく姿が見えないなー、と思ったら、それはきっと走ってるんですよ。ええ、きっと、多分。

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