むにゃむにゃもにょもにょ

満つる

第1話 コインランドリー


 冬になって久方ぶりに革製ミトンを取り出してみたら、カビていた。普段は布製のものを使っているのだけれど、冬場になるとグラタンだのドリアだのをよく作る、その時、足りなくなるので重宝しているのがこの革製ミトンなのだ。これ、お洒落な雑貨屋さんで売っていたのを真似して自作したものである。

 カビたミトンを見て、どうしよう、と思ったのは一瞬。すぐに踏ん切りがついた。


 ──洗っちゃえ


 元々、雑貨屋さんで売っていたのを買わなかったのは、お値段が高すぎたからである。ということは、買わなかった、ではなく、買えなかった、というべきか。それはともかく、家にあった余りの革で作ったミトンであるからして、材料費はほとんどかかってはいない。だったらダメになったところで惜しくはないのだから、この際できることは何でも試すべきだろう、こう判断した訳である。

 この判断は正しかった。家の洗濯機で洗ったところ、これがまあキレイさっぱり。カビのカの字も見当たらなくなったのである。もちろんしっかりと天日干しもしましたけれども。

 そんな訳で、この冬も気分良く革製ミトンを使うことができた。ついでに言えば、気軽に洗えると分かった以上これで汚れを気にせず使えるようになった訳で、結果オーライ、なかなかいいチャレンジだったと言えるだろう。

 以後、他でカビを見ることもなく心穏やかに過ごせていた。ところがある日、思ってもいなかったものの上で遭遇してしまったのだった。

 ここからが、今回のお話。



 ある日、少しばかり大きな地震があった。そのせいで下駄箱の耐震ラッチが作動していた。作動した耐震ラッチを解除するついでに、下駄箱の吊戸棚の中に目を向けてみる。そこには使用頻度の少ない靴が並んでいて、例えば室内用運動靴(週1)、ランニングシューズ(最近は週1、長らく0だった)、オケージョン用ヒール(いつ履いたか記憶にない)などなど。あ、ランニングシューズはこれから登板回数増やす予定なんですけどね、ってそんな言い訳はあと、あと。

 で、その中に、夏用サンダルを見つけた。

「ああ、そう言えばこの靴、数年前までは夏の間、好きで良く履いてたっけ」なんて思い出して、ふと手にとってみる気になった。そうして棚の上に手を伸ばし、サンダルを引き出してみると。

 ああ、なんということでしょう。

 黒い布製のインソール部分に、うっすらと白い斑点が。

 ひと目でその白い斑点の正体が分かってしまった自分が憎かった。これがただのホコリ、いや、ケセランパサランでもいい、そういうものだと思える自分でいたかった。だが、しかし。革製ミトンで経験済みの目はごまかせなかったのである。

 そうして今度こそ、どうしよう、と玄関先で佇んでしまった。

 だって、サンダルですよ? サンダルであって、革製ミトンじゃないんだから、家の洗濯機で洗えないではないか!!


 穏当に考えれば、処分するのが一番だろう。コロナでお出かけ頻度が著しく下がったせいとは言え、出番がここ数年なかった訳で、それ故、その存在自体が忘却の彼方に飛んでいってしまっていた靴である。今後、絶対に履くかと自問しても断言はしかねる。それでも簡単には「捨てる」とは言い難い理由があった。

 このサンダル、私の靴の中で唯一、可愛い靴なのだ。


 可愛いものを身に着ける習性がほとんどと言っていいほど、私にはない。カテエラな気がするからである。そんな私が本当に珍しく可愛い靴を買ったのは、まず、安かったから(ここ大事)。そうして気に入って履き続けていたのは、可愛い割に手持ちの服と合わせやすく(デザインこそ可愛いけれど色味が私の通常モードとほぼ同じなので)、履きやすかったから。夏のサンダルで履きにくいのは靴下などでごまかせない分、致命的。そういう意味でもお気に入りだった。もちろん、可愛いものをこっそりと(靴は意外と目立たないと思う)身に着ける幸せを味わえるのが隠れた一番の理由ではあった。

 処分するのは簡単、でもそれなりに心残りがある。どうにかして悪あがきのひとつもしたい。サンダルを見ながら思案していた私の脳裏に、天啓のように一筋の光が差し込んだのはどれくらいの時間が過ぎた頃だったろうか。


 ──洗っちゃえ


 そう。前回のミトンだって洗ったのだ。だったら今回も。そう思ったのである。ただし、家の洗濯機では洗えない。だとするならどこで?

 答えは最近、通りがかって知った、新しくできたコインランドリー、だ。

 そもそもコインランドリーは普段、身近な存在ではない。使ったきっかけはもう十年ほど前の話になるのだが、コタツを買ったこと。シーズンオフに片付ける時、コタツ布団を洗いたかったのだが、家の洗濯機には入り切らなかった。だったらと当時、近くにできたばかりのコインランドリーに試しに持っていってみたら、ちょうど開業一週間だけ営業のひとが来ていて、色々アトバイスをしてもらえたのだった。

 それからはコタツ布団以外にも、梅雨時やイレギュラーなものがあった時など、年に数度あるかないかの非常事態宣言下に活用させてもらっていた。それでも決して活用上手な訳ではない。というのも、その時に初めて知った靴用洗濯機と乾燥機、これを使ったことがなかったから(付け加えると、面倒になって今ではコタツは使っていない)。

 今回、新しくできたコインランドリーをひょいと覗いた時に、奥に靴用洗濯機があるのが目に入っていたのだった。それを突然、思い出したのである。

 今回のサンダルは、布製とは言い切れない何だか微妙な素材で出来ている。ヒール部分はプラスチック製みたいに見えるし、インソールと飾り部分は布製だけれど、地の部分はプラスチック製の紐を編んだみたいな感じ。靴用洗濯機で洗うものとして想定されているスニーカー類とは似ても似つかぬ素材感である。ということは、洗ったら縮んだり色落ちしたり、まさかとは思うけど乾燥機の中で発火したりなんかしないよね? なんておバカなことまで念の為、考えてみた。考えてみたところでどうなる訳でもない。よって、まあ、今回もチャレンジあるのみ、である。


 平日の夕方、こそこそとコインランドリーに出向くと、有り難いことに人影はなかった。ホッとして、靴用洗濯機の中にサンダルを投入する。次いでマニュアルを読む。お金を入れてボタンを押すと最初の30秒間、洗濯機内の洗浄をする、と書かれていた。慌ててサンダルを取り出して、洗濯機内の洗浄を済ませた後、サンダルを再投入。洗い上がりは20分後とのこと、ふらふらと散歩に出た。

 仕上がり時間を15分程過ぎて戻ってくる。中を除くと、ぱっと見、どこも壊れてはいず、白斑が消えた理想的な仕上がり、のように見受けられた。が、これは濡れているからかもしれない。なので上段の乾燥機にセットする。同じく所要時間20分。今度は出かけずに屋内待機することにする。万一の発火を恐れてではなく、ただ面倒になっただけのことである。

 で、20分後。乾燥機の扉を開けて、見てみると。

 どこも縮んたり退色した様子もなく、インソール部分にあった白斑が浮き出て見えたりもしていない。きれいなサンダルが目の前にあった。

 ほほー。

 一瞬だけ浮かれて、でも、いやいや、これはあくまでも仕上がり直後だからであって実はまだしっかり乾いてないため、一晩立って完全に乾くと元のように浮き上がってくる仕様かもしれない、などとなぜか酷く疑り深い気持ちになっていたのだった。そんな訳で、三和土に2日ほど放置プレーを試みる。結果、


 合格!!


 白斑はきれいに消え失せ、履いてみすぼらしく見えるような劣化も見当たらず。ほぼ完璧といえる仕上がり具合に、思わず拳を握ったのはここだけの話である。




 ということで、洗って不埒な輩とさよならできたサンダル、この夏は履かねば。どこに履いていくかはこの際、どうでも良い。履くことに意義がある。そう心の中で呟きながら、きれいになったサンダルを吊戸棚にそっと戻したのだった。



 ~今回の教訓

 ・カビで困ったら、まずは洗濯を選択。

 ・コインランドリーの靴用洗濯機は、使い始める前に絶対にすすぎを忘れずに(前使用者がどんな靴を洗ったか分からないのですよ? だったら……ね?)





 ✻





 はじめましての方も、引き続きの方も、お読み頂きありがとうございます。

 これが私にとって3本目のエッセイとなります。

 前回のエッセイは、個人的縛りによりこっそりと終わらせていました。もう少し早く3本目を始めるつもりだったのですが、気づけばこんな時期になっていました。

 今回、タイトル変えました。だってもう知ってるひとは知ってるし、そうは言っても相変わらずタグには入れてるし。まあまあ世の中色々ありますってことで、また適当に好き勝手にのんびりと書いていくつもりなので、よろしければお付き合い頂けると嬉しいです。


 ああそれと、検診、無事に終わりました。結果は新タイトル同様、「むにゃむにゃもにょもにょ」って感じです。最近は何やってもこんな風かもしれません。以上、ご報告とご挨拶まで。



















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る