引っ越しするのをきっかけに何故か恋人になる小学生百合
川木
第1話 引っ越しするなんて聞いてない
「ねぇ、誰にも内緒の話なんだけど、えなちゃんにだけ言っていい? 秘密だからね?」
「えー? ここちゃん、めっちゃもったいぶるじゃん。何々? 私口固いから、早く言ってよ」
夏休みを前にして心躍るある日の放課後、工藤心菜(くどうここな)がそう楽しそうに嬉しそうに言ってきたから、江藤恵那(えとうえな)も何だかテンションが上がりながらそう促した。
「ふふふ。あのねー、私、夏休みに引っ越すんだ。お母さんが内緒って言ったから、誰にも言っちゃ駄目だよ!」
「えっ」
にこにこ笑顔で言われた内容が、恵那にはすぐに理解できなかった。
心菜と恵那は幼稚園からずっと一緒で、小学六年生の今までずっと同じクラスで一番の仲良しで、大親友だった。毎日一緒に遊んでいて、大人になってもきっと仲良しだって信じられるくらい大事な友達だった。いつもお互いの家に遊びに行き合うのが当たり前で、今日だって打ち合わせもなく普通に心菜の家に遊びに来ている。
考えたことなんてなかった。そんな心菜が離れてしまうなんて。当たり前に遊べなくなるなんて。引っ越しなんて、子供の二人にはどうしようもないことだ。それはわかってる。だけど、どうしてそれをそんなに笑顔で言えるのだ?
恵那はあまりの衝撃に、言葉を出すことができなかった。
「あのね、引っ越し先、私もこの間見てきたんだけど、一軒家でね、私の部屋ももらえるの! ベッドも買ってもらうんだー」
そう心菜は嬉しそうに、恵那の反応も気にならないくらいご機嫌にしながら、通販雑誌を引っ張り出して統一デザイン家具のページを見せてくる。
「えなちゃんの部屋、ピンクで可愛いよね。私は青が好きだから、あんな感じの統一したオシャレ―な感じにしたいんだぁ」
「そ、うなんだ。まあ、統一感はあった方がいいよと思うよ。青系は心を落ち着けるらしいし、いいよね」
そう何とか返事をしながらも、恵那はまだ頭を整理できなかった。だって、なんで何とも思わない? 夏休みなんてもうすぐじゃないか。
ずっと一緒だったのに。ずっと前から知っていて、心の整理をつけているから? それとも、別に、仲がいいだけで、離れるのが嫌なのは恵那だけなのか? 心菜は新しい生活先で友達を作れば十分で、別れることだってどうでもいい? 離れてもスマホがあるから?
「……ん? あんまり興味ない感じ? えなちゃんって、服も部屋も可愛いのにあんまりこだわりないよね」
「……お母さんの趣味、押しつけられてるだけだし」
「でも似合うからいいよねー。美少女うらやましー」
そんな風にふざけて、おちゃらけて褒められるの。はいはいって言いながら嫌な気持ちはしなかった。本当に美少女なんて思ってないけど、心菜にとってはそう見えているなら、特別と思われているなら、それは嬉しいから。
でもどうでもいいんだ。美少女と思っていても、それは特別だよってことじゃなくて、かわいーって言うくらいどうでもいいんだ。恵那だけに使うからって、別に特別な褒め言葉じゃなかったんだ。
だから一番近くじゃなくてもいいんだ。
「……」
いや、違う! 心菜はそんな子じゃない。そうだ。引っ越したって、別に友達じゃなくなるわけじゃない。今だって毎日寝る前にスマホで連絡とってるし、それは引っ越したってできることだ。だから別に、引っ越して、簡単に会えなくても毎日連絡して、友達でいることはできる。
引っ越しは仕方ない。どうしようもないから。だから心菜も気持ちを切り替えているだけで、別に恵那がどうでもいいとか離れてもいいわけじゃない。むしろ、離れても友達でいられるってくらいに思ってくれているんだ。
そうに決まってる。
「部屋だけど、ソファとかどう? ほら、私が遊びに行くときとか、ソファあると長居しやすいし、あ、ソファベッドとかにすると、泊まる時とか」
「ソファかぁ。オシャレだけど、私の部屋ベッド置くとソファまではおけないかも。それにどうせ泊まるならいつも通りおんなじ布団でよくない? えなちゃんの家泊まる時もおんなじベッドだし」
「そ、そっか。どのくらいの部屋なの?」
「ふつーに、えなちゃんの部屋くらいだよ。えへへ。お泊りはえなちゃん家ばっかだったけど、これからはうちにもどんどん来てね」
思い切ってそう提案すると、当たり前みたいに恵那がいる前提で心菜の部屋の予定を話してくれた。それにほっとする。
やっぱりそうだ。親友なのは思い込みじゃなかった。と言うか、逆に思い込みが激しすぎなのだ。恵那はたまにネガティブになってしまう。わかってる。
だからこそいつもポジティブな心菜がいてくれて助かっているし、いてくれなきゃ困る。
だけど、たとえ親友なのは変わらなくても、心の支えでいてくれても、傍にはいてくれないのだ。毎日は会えないのだ。
この間家を見てきたと言うのはきっと先週の日曜に用事があってと会わなかった時のことだろう。なら日帰りで行ける距離なのだし、来年中学生になればきっと一人でも行けるだろう。
だけど、毎日なんて絶対に無理ではないか。別に、学校の他の子と仲が悪いわけじゃない。
たまに一緒に放課後に遊ぶし、おしゃべりだってするし、友達って言える子は普通にいる。でも心菜がいないのだ。そう考えると、考えただけで泣きそうになる。
わかってる。どうしようもないことだって。心菜だって無理して気持ちを切り替えているのかもしれない。本当は悲しいけど我慢してるのかもしれない。だからここで、恵那が泣くなんて迷惑でしかない。
だって心菜は恵那だけじゃなくて友達もいなくてもっと寂しいところにいくのだ。心菜がいなくなるだけの恵那が文句を言うなんておかしいのだ。
「っ、うんっ。ぜったい、ぜったい遊びに行くからっ」
「ん? うん。え? 泣いてる?」
だけどどうしても、大好きな心菜が離れてしまうことを心が理解すると涙をとめられなかった。俯いて隠していても、声が震えてしまった。
一瞬普通に相槌をうった恵那だけどすぐに顔をあげて、デリカシーが全くなくて恵那の顔を覗き込んでくる。肩を押して離させて、左手の甲でぐっと涙をぬぐう。
「泣いてないし、馬鹿ッ」
「えぇ……。何急に。どういう感情で泣いてるの? なに? なんか嫌なことあったの? あ、もしかして私がいいこと報告したから言い出しにくかった? ごめんごめん。悩んでるなら聞くよ。何でも言ってよ」
なんでもない。そう笑って、ちゃんと引っ越しまで少しでもいい思い出をつくって、そして最後には笑顔で心菜を見送るのが正解なのだ。
そう頭でわかっていても、心配そうにする心菜のその物言いに腹が立って仕方なくて、感情を制御できなくなってしまう。
「なっ、にがいい報告!? なんでそこまで平然とできるの!?」
「え? 私!?」
心菜も辛いはずだと思っていても、あまりにも平然としていて、それどころか引っ越しがいい報告!? こっちは聞いたばかりで心の整理ができているわけないのに、さすがにどういう神経をしているのかとイライラしてきてしまう。
「当たり前でしょ。私は……心菜のこと大好きなのに!」
「えっ……あ、え……ご、ごめん。恵那の気持ち、気づかなくて」
めちゃくちゃびっくりしたみたいな顔をして、心菜は頬をかいて気まずそうに顔をそらした。
「何言ってるの。こんなに好きなのに、わかってないわけないでしょ! どういう言い訳なの!」
「えぇ……」
「ずっと、一緒にいたいのに。心菜とずっと、一番近くにいたいって、私だけ思ってるみたいに。なんでそんなこと言うの!?」
恵那はもう涙でよく前が見えなかった。涙をぬぐう端から、心菜の顔が歪んでいく。心がめちゃくちゃだった。心菜が離れるのが悲しくて、あまりに平然としているのが腹立たしくて、ちゃんとしたいのにできない自分が情けなくて、泣いてしまって時間を無駄にする自分が悔しくて、苦しくてたまらない。
こんなの八つ当たりだ。わかっているのに。どうしようもない。
「ご、ごめん。別にそんなつもりなくて。その……あの、つ、付き合おっか!」
「……へ? ど、どういうこと?」
「だ、だから。恋人になろって、こと。だって……私も、えなちゃんのことは、その、大好きだし。こ、恋とか、よくわからないけど、その……い、一番一緒にいるのは、やっぱり、恵那ちゃんかなって思うし」
「……」
思いがけない提案に、涙がとまった。ゆっくりと心菜の言葉を頭にしみ込ませながら顔をあげると、心菜は照れたような真っ赤でどこか困ったような半笑いの顔をしている。
それは思ってもみなかった提案だった。だって、恋とか、考えたこともなかった。いつだって恵那には心菜が一番近くにいるのだと思っていたけど、それが恋だなんて思ったことはない。ただ友情で、親友だとしか思ってなかった。
だけど、引っ越すと言うなら? 絶対に関係は変わってしまう。これから離れてそれぞれ別の友達と遊んで、それぞれの友達と仲良くなっていくと言うなら、他に親友ができるというなら? だったら恵那と心菜の関係を特別なものとするには、親友と違う特別な関係になる必要があるのではないだろうか。
そしてそれが、恋人だと言うなら。それはけっして、悪い提案ではないような気がした。
「……、あ、あれ? え、そ、そう言う話じゃなかった!?」
まじまじと見てしまったことでできた変な沈黙で、心菜は慌てたように手を振った。しまった。このままでは断る流れになってしまう。
恵那は否定される前に素早く心菜の手をとる。ぎゅっと握って、ちゃんと心菜の気持ちを受け入れるために。
「ううん。ありがとう。なろう。恋人に。私、ここちゃんと恋人になって、ずっと一番近くにいたいよ」
体が離れてしまっても、心だけでも、一番近くがいい。
「そ、そか……うん。あの、よ、よろしくお願いします」
「うん。これからもよろしくね、ここちゃん」
これから二人は恋人だ。そう思うと今までよりも気持ちが近くなったような気がして、何故だか少しだけ、今までと違うように心菜が見えた。
何だかそれが照れくさくて、恵那はじっと心菜を見つめた。心菜の照れたような赤みがかった顔は可愛らしくて、ずっとずっと、この手を離したくないと改めて思うのだった。
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