過去編 幼馴染襲来

 午後の睡魔が眠りに誘う呪いをはねのけ、部活に所属していない太陽は寄り道をせずに一直線に帰宅する。

 自宅に帰り着いてから約3時間経った今、太陽は自室のベットに寝転がりながら、先日購入して読むのを忘れていた長期連載漫画の最新巻を読んでいた。


 現在の時刻は日が沈んだ8時頃。

 

 最新巻の一冊に対して3時間も経っているのには理由がある。

 最新巻を読み終えた太陽だったが、一番新しい場面を見た後に訪れる、前に振り返り。

 最新巻を見て、過去に見た巻を読んで、この伏線はこうだったのか!などの臨場感を感じながら、結局最初の巻から読み直したのが原因で、この時間になっていた。


 太陽は現時点で読んだ本をベットに放り投げると起き上り。


「あぁー。やっぱり漫画は面白いぜ。もし俺がこんな世界に生まれたなら……村人Aぐらいには登場出来たかな……?」


 妄想でも卑屈になる太陽の前に置かれる折り畳み式の机。

 その上に鎮座されている紙類を目の当たりにして太陽は思わず目を逸らす。

 テーブルの上にばら撒かれている紙は、今日出された数学の宿題。

 帰って鞄から取り出し、テーブルに置いた後から手を付けられてない状態だった。


 帰宅当初の太陽は、漫画を読む前に出された宿題を先に終わらせてから、楽しみの漫画を読もうと思っていたのだが。

 最新巻が気になる、というよりも、目の前の面倒な現実から逃避したく、結局漫画の方にのめり込み一切手を付けずに宿題は放置。

 

 太陽のクラスの数学を担当する教師は、学校で随一の鬼教師と畏怖される人物で。

 宿題を忘れた生徒には外まで漏れる程の大音量の説教を施す。

 しかも学生時代は格闘経験者と豪語しており、腕っぷしも強いらしく、学校に蔓延る不良もこの教師には逆らわずに、必ず宿題を提出する。


 だが……太陽はその宿題に一切手を付けていなかった。

 太陽は深いため息を吐き、再び現実逃避とベットに横たわり、漫画を読み耽ようとするが、そんな太陽に忍び寄る影が―――――


 コンコン。


「………………………」


 おかしい、太陽はベットに座り込んで鼻梁を押さえる。

 

 2度叩かれた音。

 確実に今のは、入室や部屋に人がいるのかを確認する為の、所謂ノックの音。

 

 別にこの音に対して可笑しいと太陽は思っているのではなく。

 現在太陽がいる場所は自室で、太陽の自室は、2階・ ・にある。


 勿論、2階にあるからと言って可笑しいという訳ではなく。

 太陽の部屋の扉は、太陽が座るベットから見て左側にある。

 だが、先程のノックは太陽から見て、右側・ ・にある。

 右側には太陽の自室と隣接されているベランダがあるだけで、普通はそこからノックが聞こえるはずがない。


 不幸にもベランダのカーテンを閉じきっていて、暗い色のカーテンの為に、影が映らず、中から外の様子は窺えない。

 

「……鳥の悪戯だろ」


 太陽は推測して無視しようとするが、


 コンコン。


 又してもノックの音が。

 風が吹いて軋む音でもなく、完全に人為的な音なのだが、


「鳥が調子に乗ってベランダの柵を突いてるんだろ」


 コンコンコンコン。


「無視だ無視。鳥の悪戯に一々突っかかってはいけない。人間は寛大な心を持つ事が重要」


 コンコンコンコンコンコンコンコン。


「無視だ無視」


 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン。


「……………………………」


 コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン


「………………………………………………………」


「コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン


「煩いわゴラッ! こんな夜中に、近所迷惑なんだよ! ついでに俺の声も!」


 勿論だが、太陽もそこまで鈍感ではない。

 この音の原因が鳥の悪戯であるはずもなく、堪りかねた太陽は遂にベランダの鍵を開ける。

 

 この近所迷惑極まりないノックの主に文句を張り上げる太陽だったが、


「もう! ならなんで1回目で開いてくれないの! 太陽のバーカ!」


 開口一番に罵声を浴びせる女性に太陽はこめかみを引くつかせる。

 

「(皆さん、自分が悪いのに人を馬鹿と言う人をどう思いますか?……俺は一発ぶん殴りたいと思います。しないけど)」


 内心で拳を作る太陽を舌を出して小馬鹿にする女性。

 太陽はいつもの事だと諦め、息を零して半眼で女性を見る。


「んで。人に散々迷惑をかけての来訪の理由を聞こうか、光」


 渡口光。

 太陽の中学で現在、絶大な人気を誇る女子であり、太陽の家の隣に住む幼馴染の少女。

 

 外のベランダに光が裸足でいるのは、太陽が裸足のままに光をベランダに放り出したという虐待的な事はなく。

 

 光は昔から、原因は分からないが、太陽の部屋に来る際に正規ルートの太陽の家の玄関からは殆ど入らない。

 光が太陽の部屋に訪れる際のルートは、

 自分の家に入る(またはいる)

   ↓

 自室に行く(またはいる)

   ↓

 特に着飾る事はせず、ラフな格好になる(なっている)

   ↓

 自室に隣接されているベランダに移動。

   ↓

 自室のベランダから、太陽の部屋のベランダに飛び乗る(太陽と光のベランダの距離は目と鼻の先)

   ↓

 最後に太陽の部屋に入室(鍵が掛かってない場合は最悪勝手に侵入する)


 中学に成長した現在は簡単に飛び越えられるベランダ同士の距離だが、幼少の頃は幾度か落ちかけた経験がある光。

 だが、めげずに何度も飛んでいる内に走り幅跳びの成績が少し伸びたと光は語る。

 

 このような幼馴染の王道なシチュエーションであるが。

 それは気の許せる者同士だから許される行為で、普通であれば不法侵入で訴えられかねない。

 太陽は勝手に部屋に入られようが、半ば諦めている為に訴える事はしないが、それでも思春期真盛り故に多少の抵抗はある。

 光も年頃の少女で異性の部屋に来るのに多少の抵抗はあってもいいはずだが、相手が太陽からか異性として見ているかも怪しい。


 正規ルートを使わずに部屋に理由を光に問うと、光は手を合わせて舌を出し。


「漫画の最新巻を読ませてほしいんだ。前に読んだ後の続きが気になって気になって! 確か昨日発売日だったよね? なら、漫画を買う事に対してはマメな太陽の事だから買っているんでしょ?」


 貶しているのか褒めているのか分からない頼み方にカチンと来る太陽。

 又か……と太陽は後ろ髪を掻いて嘆息する。

 

 光のこの様な頼み事はいきなり始まった訳ではない。

 太陽が漫画をきっちり一巻から購入して続きを買う事を光は知っている。

 太陽と光の漫画の趣味は気が合い、漫画を良く借りに来る事がよくあるのだ。

 

「まーたかよ。お前、たまには自分で買ったらどうだ? いつもいつも、俺が買った漫画を読みやがって。レンタル料踏んだくるぞ」


「いや、だってほら。今度陸上の大会があるでしょ? それに向けてシューズを新調して、お小遣いを使ったと言うか……お金が無いと言うか、ね」


 可愛らしく指をモジモジさせる光に若干キュンと来る太陽だが惑わされず。


「お前それ……前借りに来た時も同じ様な事言ってたよな? 前は『スポーツカバンを壊しちゃって新しいのを買った!』だったか。……お前、元々自分で買う気ねえだろ」


 うっ……と言葉を淀ます光。

 目をキョロキョロと泳がせた後、太陽と視線を向き直り。


「いいじゃんいいじゃん! 幼馴染なんだからそんな細かい事は!」


 遂には開き直り逆切れ気味に言い返す光。

 太陽は呆れ、そっと―――――ベランダの窓を閉めた。


「…………………へ?」


 まだ中に入らずベランダに居た光は面喰らった様に固まった。

 あまりに自然な流れで閉められた窓の前で数度瞬きする光。


「すみませーん。ウチ、今日閉店なんで帰って貰えますでしょうか? 又のご来店を全くお待ちしておりませんので」

 

 最近世の中は物騒とニュースで見た太陽はカーテンを完全に閉じきり、上と下にある二重の鍵を閉めて厳重に侵入を阻止する。

 

 太陽の店員口調によって面喰らっていた光は我に返り。


「ちょ―――――ちょっと待ってよ太陽! 確かに開き直ったことに関してこっちが悪いのは認めるけど。なんでそんな意地悪をするのかな!? なんか最近の太陽、私に対して塩対応過ぎない!?」


 先ほどのコンコンからドンドンと強めの音にグレートアップさせて窓を叩く光。

 軋む窓枠の音から壊れるのではと危惧する太陽だが、ベランダの窓に背中を向け。


「そうか? そんなつもりはないが、気のせいなんじゃないか?」


「いーや! 気のせいじゃないね! この前、学校で私が声を掛けた時露骨に無視したじゃん! 小学生の頃は拳を合わせるぐらいにノリが良かったのに、どうして!?」


 夜中にも関わらず、窓越しの太陽に大声で問い詰める光。

 

 光の言っている事に太陽は覚えがある。

 恐らく、それは数日前の事。


 光がクラスの女子と廊下を歩いている時に、すれ違う太陽に光が声を掛け、思わず太陽は光から顔を逸らしてしまった時の事を言っているのだろう。

 太陽は人気者の光と地味男な自分との関わりで、光のイメージがダウンしないかを危惧して、無意識に冷たい対応してしまったので、それが光には不満だった様子。


 顎に手を当てて言い訳を一考する太陽だが、本当にご近所からお怒りが飛んで来そうだと思い、渋々とベランダの窓を開けて、光を中に招き入れる。


 その際に光は涙目で太陽を睨み、すれ違いざまに太陽の腹部にボディーブローを入れ、我が物顔で闊歩しながら太陽の部屋のベットに座り込み、目的の本を取って読み始める。


「それでさー! なんで太陽は私に対して無視とか冷たい対応するのかなー! 太陽って私の事嫌いなの?」


 ペラペラと太陽に目もくれずに本を読む光は、太陽を言葉で問い詰める。

 

「痛ッ、痛いんだが光! おま、せめて叩くなら足じゃなくて手でやってくれよ!?」


 ベットを占領された太陽は、仕方なく部屋の中央に置かれるテーブル前に、光を背に座り込んだのだが、怒る光に背中を見せたのが油断で、脚で肩叩きをされる状態に陥る。

 しかも、光の踵が太陽の肩のツボに丁度刺激して、地味に痛い。

 文句を言う太陽に光は、


「いやーだよ。だって手でやってたら本が読めないじゃん」


「俺は本以下ですかそうですか!」


 太陽が制止しても止まらず足を動かす光に太陽は諦める。

 

「つーか、光。その本を読み終えたら帰れよ? 俺は数学の宿題をしないといけないんだから。お前に構っている暇は本当はねえってのに」


 太陽はテーブルの上に無造作に置かれた宿題の紙を集めて、している体を装う。

 忙しいフリをしなければ、光はいつまでも居続ける危険性もあるからだ。

 だが、太陽の願いを一蹴する様に光は鼻で笑い。


「ふーん? 太陽の事だからどうせやらないのに? 太陽の事だから、帰って来て一応宿題をしようとはしたけど、集中力の足りない太陽は、結局宿題を放り出して漫画に夢中になってたんじゃないの。証拠に、私が本棚から取り出す前に、目的の本がベッドの上に置かれていたしね」


 流石と言うべき洞察力。

 長く一緒に育って来た事で培った的を射抜く指摘にぐぅの音も出ない太陽。

 幼馴染として自分を知って貰えているって事に嬉しさはあるが、それ以上の屈辱もある。

 図星を突かれて言葉を詰まらす太陽だが、すぐに反撃と光に返す。


「うるせぇよ。つか、お前も同じ宿題が出されてるんじゃねえのか? お前こそ、こんな所で漫画を読んでいる暇があるなら宿題した方がいいんじゃね。あの鬼教師、女子相手でも容赦ねえからよ」


 問題は全く分からないが、解いているフリをしてペンを進める太陽だが。

 光は太陽を一瞥しないままに平然とした表情で言う。


「え? いや、とっくに数学の宿題それ、終わっているけど?」


「………………は?」


 太陽は目を点にする。

 今光が何を言ったのか頭で理解出来なかった。


「お前今……なんて言った?」


「いや、だから。とっくに数学の宿題は終わっているって。帰って直ぐに。だからこうやってのんびりと漫画を読んでいるんだよ」


「いやいやいやいや。おま、ちょっと待てよ。今日出された数学の宿題の枚数は何枚だ?」


「え? なにその質問。……5枚だけど?」


「そう。A5サイズの紙にびっしりと問題が詰め込まれた紙が5枚だ……。お前、何時に家に帰って来た?」


「うーん……。確か1時間ぐらい前かな? 帰ってお風呂と夕飯食べてからだから、宿題は大体20分ぐらい」


「―――――――お前ふざけるなよッ!」


 きゃあ!? と少し上擦った声を漏らす光。

 そんな光を太陽は強く指を差し。


「お前はいーつもそうだ! 平凡な俺が出来ない事を平然とやってのける! なんだ? そこに痺れる憧れるって言って欲しいのか!?」


 殆ど八つ当たりに近い怒声に光は唖然とする。

 

 光は別に最初から全部優れている訳ではない。

 ただ、他と違ってかなり要領が良くて飲み込みが早いのだ。

 

 半年前に行われた中間テストで。

 太陽はテストの点数が悪かったらお小遣い減額を親に言い渡され、その時は必至に太陽も千絵に勉強を教えて貰い点数を上げる事に成功したのだが。

 その間、光は今みたく太陽の部屋に入り浸り、漫画やゲームに夢中で勉強をしている素振りは全く見せなかった。

 だが、いざテストの結果の蓋を開いてみれば、必死に勉強をした太陽を引き離して高得点を叩き出したのが光だった。


「本当にお前って奴はよ! 昔から平然と色々とこなしてこっちは迷惑してるんだ! この前だって、陸上の大会で賞を取った時、母さんから『なんで隣の光ちゃんは優秀なのに、お前はそんなに凡才なのかしら?』って呆れられたんだぞ!?人って十人十色って言うじゃん! 同じ環境で育ったからって、同じ様に優秀になる訳じゃ――――!」


「ねえ、太陽」


「なんだよ!?」


 言い足りず怒り心頭の太陽は光の顔を向き直る。

 太陽は昔らから少々感情の起伏が激しい傾向があるが、今回の事は稀にある、そして。


「先刻から煩くて本に集中出来ないからさ、黙って?」


「…………はい」


 光の冷徹な一声で太陽は心を冷やす。

 光を本当に怒らすと恐ろしい事は太陽が一番知っているためにこれ以上の反撃が出来なかった。


 その後はまるで借りて来た猫の様に背中を丸める部屋主の太陽は、黙々と宿題のペンを走らせる。

 そして静寂な時間が流れると、光は読みかけたの本を閉じて話しかける。


「そう言えば、さ……太陽。私、太陽に相談事あるんだけど、いいかな?」


「ん? 光が俺に相談事? なんだか珍しいな」


 光はどちらかと言うと、相談をする側よりもされる側が多い。

 ましてや、太陽に相談など何年ぶりというレベルで久々である。

 

「んで? 光が俺に珍しいな相談とか。明日は槍でも振るんじゃねえか?」


「…………太陽は私の事をどう思っているの? 私だって、相談の1つや2つ。悩みだって色々あるんだから」


「色々って、例えば?」


「そうだね……。太陽の勉強の成績が伸びないって太陽のお母さんから愚痴られるのとか。太陽が全然家事を手伝ってくれないと太陽のお母さんから愚痴られるのとか。最近、太陽の部屋のゴミ箱からカチカチのティッシュが大量に――――――」


「本当に申し訳ございません! 先ほどの失言を心の底から謝罪するから、それ以上は何も言わないでください!」


 思わぬ光の悩みに土下座で謝罪する太陽。

 最初の2つはスルー出来た。

 だが、最後のは思春期の女子が軽々と口にしていい事ではない。

 光自身は飄々とした態度で変わりないから分かっているのか疑問である。


 息子の恥ずかしい事を隣の娘に相談する母に怒りを覚えながら、太陽は強く咳払いを入れ。


「…………まあ、冗談はさて置きとしてだな」


「いや、まだ沢山悩みがあるんだけど。それに、これ冗談でもなんでも」


「じょ・う・だ・んはさて置きにして!」


「あ、無視なんだ」


 これ以上は話が進まない為という理由を建前に太陽は胡坐をかいて光と向き合う。

 

「それで? 光の相談事ってなんなんだよ。力になれる範囲なら俺も協力するからよ、言ってみろ」

 

 相手から異性として思われなくても、頼れる幼馴染でありたい。

 光の悩みに真摯に向き合う姿勢を取る太陽が尋ねると。

 光は躊躇いを見せているのか、光は己の顔を隠す様に掛布団を抱き抱える。

 そして数秒後、覚悟を決めたのか、光は小さな声で口にした。


「私ね、太陽……。告白、されたんだ」

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