合宿編2

「よーし着いた着いた。1年はバスから荷物降ろせー。降ろし終えたら練習道具は玄関付近に、着替えとかの荷物は部屋に運ぶぞ。部屋割りは荷物降ろし終えた後に発表な」


 陸上部の女主将の指示に部員たちが返事をする中、その傍らで。


「ぷぷっ……。やばっ、マジでツボったわ……。これ、俺の人生で上位に入るぐらいの笑いだ」


「ほんとだよ……。腹が捻じれて痛いなんてよく聞くけど、こんなに苦しんだね……」


 信也、千絵は移動中での御影の発言が自分の笑いの琴線に触れたのか、必死に哄笑を抑えていた。

 

「お前ら……今すぐに笑うのを止めねえと、キツイのをお見舞いするぞ? あっ、これは信也限定な。千絵にはくすぐり耐久10分だ」


 顔を真っ赤に染めて苦い顔の太陽が笑いを堪える2人に忠告するが、2人は聞かずに失笑する。

 太陽は2人に目線が行ってて気づいてないが、3人と同じく参加した光も、気づかれない様に口を抑えていた。


 当たり前だが、途中下車が認められなかった太陽一行はそのまま合宿場に到着。

 最低限の荷物降ろし等の雑用は下級生が行うらしく、現在の4人は手持無沙汰だった。

 そんな4人の許に元凶の御影が戻って来る。


「だから言ったじゃないですか、他の方に訊かれるとマズイって。なのにしつこく聞いてきた古坂さんが悪いんですからね」


 悪びれない御影に太陽は眉をひくつかせ。


「お前、分かってあんな態度取ってただろ!? 人の純情を弄びやがって! この見た目清純系小悪魔が!」


「なんのことですかねー? 私、よく分かりませーん」


 いきり立つ太陽だが、暖簾に腕押しな感じに気にも留めない御影。

 それどころか楽しそうな笑顔を浮かばせ。


「それにしても古坂さんを弄るのって楽しいですよね。なんか、こう、しっかりと反応リアクションしてくれますから、弄るこちらは気持ちをくすぐられます」


「それ分かるよ晴峰さん。昔から太陽君って、凄く弄り甲斐があるんだよね。だから、晴峰さんの気持ち凄く分かるよ。昔、私が仕掛けた悪戯にまんまと引っ掛かった太陽君の驚き様なんて、さっきの晴峰さん程じゃないけど、私の人生面白場面ランキングにノミネートされる程に傑作だったな」


「おぉ。高見沢さんも同じ気持ちを持ってましたか。私、これまでに男性とあまり関わった事がなかったですが、古坂さんは今まで出会った人の中で最上位に面白い人なんですよね。ですから、今後どうやっておちょくろ……関わって行こうか気分が弾みます」


 御影に同意する千絵。その表情は笑顔だが、太陽から見れば悪魔にしか見えない。

 気が合う様に太陽を他所に太陽弄り談義を弾ませる千絵と御影。

 ここで太陽の観点で2人の違いを述べるなら、御影の場合は精神的で、千絵の場合は身体的である。

 どちらがマシで、どちらが嫌だと言う事はなく、違いなく太陽からすれば迷惑極まりない。

 

 玩具を見るかの様な被虐性が感じられる視線を送られ、胃を痛くする太陽。

 ここで太陽に若干の同情を持ちつつあった信也が気づく。


「ん? どうしたんだ渡口? なんかそわそわしてるが?」


 和気藹々とする千絵と御影を物惜しそうに見つめる光に気づき信也が尋ねる。

 光は慌てた様に手をぶんぶん振り。


「ど、どうもしてないよ! べ、別に私もその会話に参加したいなんて思ってないから!?


「何故にツンデレ口調?」


 大体の様子は信也は察する。

 光は太陽の元カノだが、その別れは最悪そのもの。

 そんな彼女が元カレ太陽を弄る楽しさの談話に参加が出来るはずもなく、もどかしい想いをしてるのだろう。


「おーい晴峰に助っ人の皆、そんな所で無駄話してないでさっさと中に入れー」


 女主将に呼ばれて5人はハッと他の者たちが施設に入って行ってるのに気づく。

 太陽たちも急いで各々の荷物を抱えて後を追う。




 施設に入ると御影が施設内を見渡し。


「うわぁー。広々として良い場所ですね。外は森に囲まれてますし、空気も綺麗。合宿するには最適な場所です」


 初めて訪れた場所の感想を口にする御影に光が話しかける。


「ここは国立の施設で、森だけじゃなくて、近くには海の施設もあるんだ。まあ、ここだけの施設でも十分に楽しめるぐらい充実してるけど。キャンプファイヤーやクライミングウォールだったり」


「それは凄いですね。渡口さんはここの施設を利用した事があるんですか?」


「と言うよりも、ここの地域の小、中学校での宿泊学習はここに泊まるのがお決まりでな。多分、俺たちだけじゃなくて、先輩たちや後輩たちの殆どがこの施設は経験済みだと思うぜ」


 割って入り補足する太陽だが、特に気にしない御影は感嘆して。


「こんな森や海があって、自然に囲まれた場所での皆で御泊り学習ですか。それは羨ましいですね。私、これまでにこんな自然が溢れた場所に泊まった事がないので」


「そうなのか? 修学旅行とかはどこに行ったんだ?」


 今度は信也が御影に聞く。


「はい。小学校の修学旅行は大阪でしたが。中学の修学旅行はシンガポールでした」


「「「「海外シンガポール!?」」」」


 まさかの国外に驚きを隠せない4人。


「……おい太陽。俺たちの中学の修学旅行先ってどこだったっけ……?」


「……福岡、長崎同じ九州だ」


「いやいやいやいや。海外だからって良いって事でもないと思うけどな。私は福岡とか長崎楽しかったよ。特に福岡の遊園地で太陽君が水のアトラクションに乗って、思った以上に濡れた所為で園内をノーパンで過ごしたのとか」


「あぁーあれね。係員の人曰く、これ程に濡れた人を初めて見たって言われる程だったらしいけど。遊園地でパンツ買うの恥ずかしいって意地になるし、なら乾燥場と言えば行列が出来てて待つのが勿体ないって言うし……ほんと、あの時一緒に居て恥ずかしかったよ」


「うるさい! マジで忘れろ! あの時は1分1秒でも時間を無駄にしたくなかったんだよ! 今すぐにその辺の記憶は抹消しろ! マジでお願いしますんで!」


 千絵と光によって赤裸々な黒歴史を掘り起こされて顔を熱くする太陽。

 

「……皆さん。余所者の私をのけ者にするなんてヒドイです……。海外の修学旅行は楽しかったですが。それよりも今でも和気藹々と思い出を共有出来る方が、私からすれば羨ましいのですが……」


 5人の中で1人一緒に修学旅行に行けてない御影がシクシクと悲し気に口にする。


「いや別にお前を除け者にしてたつもりは……。それに、思い出を共有出来るってのが良い事だけでもないんだぜ? なんせ人が覚えててほしくない部分も相手が覚えてたりするんだからな……」


 太陽からすれば忘れたい記憶だが、他の者が忘れてくれる訳でもなく。

 

「それは強情って物ですよ古坂さん。思い出って言うのはどんな時でも色褪せない物。変えられない記憶です。それが良い記憶でも悪い記憶でも、覚えててくれる人がいるってのは本当は感謝しなければいけない事なんですよ」


 騙されてるような気がするが、ほぼほぼ正論な気がして反論できない太陽。

 そして御影は真剣な瞳を千絵と光の方に向け。


「それとこれとは話は別で、高見沢さんに渡口さん。先ほどの古坂さんの話を後で詳しく。今後のいじりざいり……ゴホンゴホン、話題作りの為に」


「おい絶対に言うんじゃねえぞ? 今後の俺の為に!」


「おいそこの晴峰+助っ人! 長々と玄関で雑談してないでさっさと荷物を指定の部屋に持って行け!」


「「「「「は、はい!」」」」」


 女主将からの叱咤が飛び太陽たちは慌てて荷物を部屋に運ぶ……が、部屋割りを聞いておらず、その事で更に怒られるのであった。

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