目覚め
prrrrrrrrr!
夢を見ていた。
なんの夢を見ていたのかは覚えてないが、太陽は少し懐かしい幻を見ていたと思う。
携帯から発する電子音が取り留めもなく鳴り続け、机にうつ伏せの太陽は顔を上げずに手探りで携帯へと手を伸ばす。
何度か空振った後に携帯を手にした太陽は、ピッと毎日7時設定しているアラームを切ると二度寝に入る。
prrrrrrrr!
だが、遮光性カーテンの隙間から漏れる光源で薄暗い部屋に、二度目のアラームが再び響く。
どうやら太陽は寝惚けてか、アラームオフのボタンではなくスヌーズボタンを押していたらしい。
しかも、押して数秒経つと鳴る設定にしていたらしく、太陽は自分に怒りを覚える。
もういっそのこと無視してやろうかと考える太陽は、寝惚けた瞼を再び閉じ夢の世界に―――――
prrrrrrrrrrr!
「……………………」
prrrrrrrrrrr!
「―――――――うッがぁあああああ! うるせぇええええ!」
近所迷惑極まりない声量をあげる太陽。
お前が一番うるさいんだよ、とツッコミを貰いそうな程の怒声を響かす太陽は携帯を取り、次はしっかりとアラームをオフにする。
関係ないが、太陽はうるさいと眠れない派で、今ので完全に覚醒したようだ。
首をパキパキ鳴らして悪い体勢で凝った身体を解し。
「最悪の目覚めだぜ、まったくぅ……。んで。俺、なにしてたんだ?」
寝ていたという回答は野暮で違う。
太陽が言いたいのは、自分はいつの間に寝ていたのかだ。
太陽は夢の世界に赴く前の記憶が曖昧でおぼろげだった。
一つ一つ思い出そうとする。
「俺はたしか、昨日学校で信也に動画サイトのURLを教えられて……」
口に出して想起、確認、そして結論
「そうだそうだ。なんか最近、うちの学校に軽音部が設立されて、そこのバンドがネットに動画をアップして少し話題になってるとかで、お前も一度見ろって勧められたんだった。んで、見てみたら――――」
太陽はテーブルの上に置かれる開かれたノートパソコンに目をやる。
パソコンは長時間放置で強制スリープモードになっているから画面は暗いが、太陽が適当なボタンを押す事で再起動、パスワード『taiyou0517』と打ち込む。前は自分の名前を後ろの数字が自身の誕生日だ。
スリープモードからの再開は直前の画面が残っており、太陽が開くとそのまま太陽が寝落ちする前に見ていたと思われる動画サイトが映し出された。
「……まさか、あいつらがこんな事をしていたとはな……」
最後まで動画を観終えた事で次のオススメ動画はこちらといらない画面が出ているも、それをスルーして太陽は画面真ん中の丸いアイコンをクリックして、同じ動画を再生する。
太陽が選んだことで動画は最初から再生される。
動画内に出て来たのは5人の女子生徒。
女子生徒が通う学校の制服なのか、亜麻色のブレザーに白のシャツ、そして灰色のスカート。
太陽はこの制服に見覚えがあった。
というよりも、この動画に出て来る五人の内の二人の女子生徒と太陽は顔見知りだった。
他の3人は太陽とは面識がない。
だが、太陽の学校はスカーフの色で学年が判別できるから、残りの2人は太陽の一つ上の学年で、もう一人は太陽と同じ学年の人だと分かった。
この動画の女子生徒は太陽が通う高校の生徒。
そして彼女達は最近、太陽の学校で発足された軽音部のバンド、名は『victoria』。
名前の由来は、なんでも世界初、世界一周を成し遂げたかの有名はフェルディナンド・マゼランの船の一つらしい。
「……って、たしか結束してまだ一ヵ月ぐらいって言ってたけど、この程度でよく動画を出そうと思ったよな? 千絵の奴ならともかく、あいつは反対しそうだけどな」
動画が再生され、ドラム担当の上級生が『ワン・ツー・スリー!』とカウントを取ると演奏は開始される。
だが、キーボード担当の太陽とは面識がないが同学年の女子生徒と、ドラム、ベースの上級生は兎も角、恐らく初心者であろう太陽と顔馴染みの女子生徒が担当するギターはお世辞にも上手ではなかった。
いや、辛口で言うのであれば下手であった。
音楽に精通していない太陽も眉根を寄せたくなるように、失敗だらけでテンポもずれずれだ。
聴いてるこっちが頭を抱えそうにもなる。
「ほんと、もう少し上達してから動画をあげられば良かったのによ。まぁ、千絵は飽き性だし、こんな酷評を貰えば辞めるかもな」
ケラケラと笑う太陽だが、笑うと虚しくてすぐに止む。
ふぅ……と一息吐くと、太陽はパソコンの電源をシャットダウンする。
そして背中のベットに勢いよく凭れると天井を仰ぐ。
「まぁ、今更あいつらのことなんでどうでもいいが、俺……どんな夢を見ていたんだ?」
今学校である意味話題のバンドから興味が削がれ、太陽が零したのは起きる寸前まで見ていたはずの夢の内容だった。
突然の覚醒で太陽は自分がどんな夢を見ていたのか覚えていない。
誰しも経験があると思うが、楽しい夢も、悲しい夢も、起きてしまえば忘れてしまう事もある。
だから太陽は、自分がどんな夢を見ていたのか覚えてはいない。
だが、胸のあたりがポカポカするような、少なくとも悪い夢ではないことは確かだった。
「思い出せねえものを無理に思い出すこともねえし、思い出せねえのならそれだけの夢だったのだろうな。腹が減ったし、さっさと飯でも食べるか」
うーん、と背筋を伸ばして太陽は部屋を出る。
太陽が住まう家は二階建ての一軒家。外見がごく一般的な平凡な佇まいだ。
欠伸をしながら階段を降り、リビングに足を運ぶ太陽を出迎えたのは、朝食の香ばしい匂いだった。
「あっ、太陽、起きたのね、おはよう。貴方の朝食今作ってるから、椅子に座って待ってなさい」
キッチンに立つ母におはようと気だるげな返事をして、太陽は椅子に座る。
そして、対面する新聞の一面……否、父親が新聞紙を折り畳み太陽と顔を合わせる。
「おはよう、太陽」
「おはようさん」
と、父に適当に挨拶をしてテーブルに肩ひじを付いて、朝のニュースが流れるテレビに意識を向ける。
だが、父はコホンと咳払いを入れ、出社前で、朝食を食べ終えた父が太陽に話しかける。
「なあ、太陽。ちょっといいか?」
「ん。なに? 今朝の占いしてるから手短に頼むよ」
「お前……父に対してその態度はどうかと思うぞ……?」
テレビに顔を向けたまま返答をすると、父は少し真剣な要件を言う。
「今日さ……。お父さんとお母さんな、隣の家の人と食事をすることにしたんだ。で、お前も一緒にどうかと思ってるんだが……お前も来るか?」
「断る」
即答!? と息子に即答拒否され涙目で父の威厳が感じられない表情となっていた。
太陽は横目でそれを確認すると、溜息を吐き、再びテレビに視線を戻す。
別に太陽は父が嫌いだからとはではないのはあらかじめに説明しておく。
ただ、太陽はこう言った回りくどい誘いに対してうんざりしていた。
この様な食事だったり、買い物だったり、旅行だったりと、一年以上前から時折誘われるようになっていた。
太陽が傷つかないようにする為か、敢えて苗字も名前も把握している相手の事を『隣の家の人』と濁している部分もうんざりする点の一つだったりする。
太陽は顔を父に向けずに言う。
「父さんさ。そう言った気遣いが、却って息子との距離を引き離す事になるから、あまりしない方がいいよ。と、息子の俺からのアドバイスね」
太陽がそんな事を口にしている間に、母が完成させた朝食を太陽の前に並べられ、太陽は手を合わせると朝食を口にし始める。
父は苦笑を浮かばせ。
「はははっ……。息子に息子の扱い方をアドバイスされる親って……。分かった、ごめんな。お前に変な気を使わせて」
「別にいいよ。母さんと楽しんで来てくれ」
慣れと言えばいいのか特に気にする素振りを見せず、太陽は一日のエネルギーの源の朝食を平らげる。
「ごちそうさま。んじゃあ、俺はもう登校するから」
「え? まだ登校には早い時間じゃないかしら?」
母が疑問を口にすると、太陽がそれに答える。
「今日は日直なんだよ」
と端的に答えて太陽はリビングを後にする。
学校の準備が終わってないので、一旦自分の部屋に戻ろうと階段に足を踏み込んだ時、父と母の話声が聞こえる。
「やっぱり、あの子達の仲は直らないようね……」
「仕方ないよ、母さん。男女の恋愛ってのはそういうものだ。振られた相手であれば、今後普通に接していくのだって精神的にキツイからね。しかも相手が幼馴染とくれば尚更だよ」
「あら? その言い草は体験談から来た根拠かしら?」
「……そうだよ。この失恋回数94回の大ベテランの俺が言うんだから、間違いない!」
「いや。それを堂々と言われると、素直に貴方を感服するわ。ほんと、こんな人に惚れて結婚した私は負け組ね」
「ひどくない、それ!? …………てか、話を戻すけど。あの子達の関係に親である私達が関わるのはやっぱり無粋だよね。無理やり引き合わせても、息子たちの開いた溝は埋まる事はないよ」
「そうね……」
「だから、やっぱりあの子達の関係は、あの子達自身が解決しないといけないと俺は思うよ。母さんもそう思うだろ?」
「……そうよね。けど、貴方はいいの? だってお隣の渡口さん所の旦那さんは、貴方とは学生の頃から親友なんでしょ? このままだとその人とも関係が悪化するわよ?」
「いいんだよ。確かに、あいつとは学生の頃からの腐れ縁だが。最低かもしれないけど、俺は子供達の関係の結果であいつとの仲が悪くなっても後悔はしないよ。自分の保身の為に、息子に辛い思いをさせたくないから」
「優しいのね……。分かったわ。貴方がそういうなら、私もあの子の行く末を見守るだけよ。せめて、昔の様に笑顔で一緒にいられる間柄に戻ってくれるといいわね……」
そんな両親の会話を階段の隠れた太陽が盗み聞ぎをしていた。
「……たくよぉ……。せめて俺が登校した後にしてほしいぜ、全く……。ごめんな、父さん……」
自分とは別に、両親にも迷惑をかけてると薄々感じていた。
しかし、今更時間を戻せるはずもなく、太陽はただ謝るだけだった。
肩の荷が重くなった足取りで、いつもより長く感じる家の階段を昇るのだった。
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