学園の人気者のあいつは幼馴染で……元カノ
ナックルボーラー
1章
プロローグ
優雅に彩る桃色が世界に舞い落ち、旅立つ若人の背中を押す春の日。
散った花が枯れ、枯れた花が次の実を成すための養分になる様に、喜ばしい出会いの前に、悲しき別れがある。
そんな春の情景を楽しめる
3週間後に近くの進学校への入学が決まっている一人の学生、
年期の入った学び舎とも今日でお別れ。
今まで気にした事がなかったが、最後となると思うと感涙しかけ、太陽は強く目下を擦る。
各々が仲間達との談話をしている中を、太陽は卒業証書が入った筒を片手に学び舎に背を向け歩き出すと、太陽へと近づく足音に気づく。
「おっす、太陽。今日でお前との中学生活が終わると思うと悲しいよ、マジで」
背後から太陽の首に腕を回して陽気に笑う学ラン服の男子学生、
太陽と同様に、胸に花の胸章を付けていることから、卒業生である。
いきなり後ろから抱き付かれ、思わず前のめりに倒れかけた太陽だが、特に怒る素振りを見せず、うんうんと肯定して。
「そうだなそうだな。だが、信也。最後に、高校に入ってもよろしくな、を付け忘れてるぞ?」
太陽と信也は進学先の高校が一緒だからか、正直、悲しいとは思っていない。
そもそもな話、太陽が住む街は言葉を悪くすれば田舎で、都会みたいに進学先の高校を幾つも選べられる程多くない。
太陽が通う高校は進学校だが、他の公立の学校は農業高校と工業高校しかないからの消去法で選んだ高校だ。
私立の学校もあるが、学費がかかるってことで断念している。
「まあ、そうなんだけどさ~。やっぱり思う所もあるよな。高校生といえばもう大人みたいなものだし。高校に入ったらやっぱり合コンとかするんじゃねえか!?」
「……お前、高校を大学と勘違いしてねえか? ん、まぁ……もし合コンがあっても俺は行かねえけどな」
「ん~つれないなー。そこは親友としてお前も同行してくれた方が、俺的には気が楽なんだがな」
「……親友なら、彼女持ちの俺を合コンに誘うなよ……。合コンに行けば必然的に浮気になるんだからな?」
太陽には恋人がいる。
幼稚園から一緒で10年以上も長い付き合いをしていた幼馴染兼恋人の女性が。
ついでに言えば、太陽はその恋人から今呼び出したをくらっていた。
用事は分からないが、必ず来てほしいとのことらしい。
「あぁー! こんな所にいたよ! おーい、太陽君に新田君! おーい!」
太陽に彼女との約束があるのを知るわけもなく、天真爛漫な笑顔で手を振りながら走って来る小柄な女性、高見沢千絵。
「いつっ、え? なんで叩かれたの俺」
千絵は近づくや否や、手持ちの筒で太陽の頭をポンと軽く叩く。
突拍子もなく叩かれた事に太陽は困惑な表情を浮かべる。
「えへへへへ。ついさっきぶりだね、二人とも」
太陽の疑問をスルーして笑顔を振り撒く千絵。
無視された事に不服な表情の太陽を他所に信也が千絵に質問する。
「上機嫌だな高見沢。なんか良いことでもあったのか?」
信也が上機嫌な千絵に尋ねると、彼女はバッと手を広げ。
「それはそうだよ! なんてったって今日は新しい世界への旅たちの日だもん! 可愛い後輩との別れ、お世話になった恩師との別れ、私達を育んでくれた学び舎との別れ、そして、切磋琢磨して一緒に成長した友達との別れ。別れの悲しみを胸に私達は、新たな世界へと飛び立つのだから!」
漫画であれば背景にドドん!と効果音が付け足される様な壮大な素振りを見せる千絵に、太陽は苦笑いで。
「……他のは兎も角、最後のは殆どの奴らとは高校が一緒だよな? それに、高校だってここから徒歩10分圏内だし、別に会いたいと思えば直ぐに行けるじゃねえか」
「むぅー! 太陽君は冷めてるなーッ! そういうことじゃないよ! 私達は殻を破ってまた一段と大きく成長するってことだよ!? 一回り大きくなった私達は、大人の階段を昇っていくんだから!」
分かりづらい言い回しであるが、千絵の言いたい事を簡単にすると、中学生から高校生になるってことらしい。
「……中学の最初から身長が全然伸びてない奴が、1回りも成長したのかね?」
「なんか言った?」
「いえ、何も言ってません」
千絵の笑顔の威圧に、太陽は思わず頭を垂れる。
千絵との会話が一旦途絶え、時間を気にしだしそわそわする太陽の態度に信也が気づき。
「なんだ、太陽。時間が気になってるようだが。誰かと待ち合わせでもしてるのか?」
「あ、あぁ……。光から、なんか二人キリで話したいってメールで来てさ。もしかしたら、もう待ってるんじゃないかって思ってな」
「あぁー。そう言えば何処にも光ちゃんの姿がなかったね。皆探してたけど、それが原因かも――――」
ここで千絵はピタッと言葉を止めると、次にクワッと気迫な表情で太陽に詰め寄り。
「それなら太陽君はさっさと待ち合わせの場所に行かなきゃ! 光ちゃんは太陽の大切な彼女なんだから、彼女を待たせるなんて言語道断だよ!?」
「お前達が俺を足止めしてたんだろうが……。うん、まぁ、いいや。じゃあ、俺はそっちに向かうから。直ぐに戻るとして、何か連絡事項があったら後で教えてくれ」
りょーかい!、と返事を貰い太陽は待ち合わせの場所へと小走りで向かう。
太陽が呼び出された場所は体育館裏。
ここは太陽にとっては思い出深く、この場で太陽は幼馴染である彼女に告白をした、大切な場所。
急いで太陽が体育館裏へと向かうと、先客がいた。
その人物は、太陽を呼び出した張本人である―――――
「どうしたんだ、光。こんな所に呼び出して?」
体育館裏に着いた太陽が開口一番に尋ねると、先客の女性はビクリと小さく跳ねて振り返る。
女性の名は、渡口光。
肩に掛かる亜麻色の髪に、ボーイッシュな雰囲気を漂わす女性。
しかし、その顔立ちが端麗で、男子だけでなく女子からも人気な、太陽の自慢の彼女。
同じ街で生まれ、家が隣同士で、更に父親同士が旧友の仲がである為、兄妹の様に一緒に育った幼馴染。
光が太陽の方へと振り返ると、その潤んだ瞳が太陽の胸を刺す。
それは可愛いとかではなく、何か嫌な予感がしての胸騒ぎに近かった。
「……ごめんね、太陽。卒業式が終わって、直ぐに呼び出して……」
光の顔を見て太陽は違和感しか感じなかった。
光は言葉を悪くすれば楽観的だが、良く言えば、いつも周りを笑顔にする表情豊かな女性でもある。
自身の名前であるが、彼女こそが他人の心を照らす太陽みたいな存在。
だが……今は違った。
悲哀に満ちた瞳、怯えた様な表情、躊躇いを見せる唇。
なにかしらの大きな決心をしたはいいが、どうしても言い出せないようなもどかしさも感じる。
少し口をぐもぐもさせて、目を伏せる彼女に太陽は少し焦りか早口で言う。
「ど、どうしたんだよ、光。そんな顔を強張らせてよ? 用事がないんだったら後にしようぜ? 今日は皆で中学卒業の祝いを開くらしいから、早く皆の所に戻ろ―――――」
「待って、太陽!」
不思議と恐怖を感じてか、逃げる様に踵を返した太陽の袖を、光は咄嗟に近づき力強く掴む。
引っ張られて太陽は体勢を崩すが、足を踏ん張り留まる。
怖い怖い怖い……。
太陽の心は不安と恐怖で埋まっていた。
最悪の未来を想像しての無意識な反応。
心臓の鼓動は早鐘を打つ様に早くなるのを感じる。
太陽だけでなく、太陽の袖を掴む光の指も微かに震えていた。
それが物語るように、太陽にはこの先の最悪な運命を裏付けた。
光が袖から手を放し、太陽が振り返ると、彼女は又しても俯いていた。
俯き、口を黙らせる光を待つこと数秒、彼女は意を決した瞳の中に微かに涙を見せ、太陽に言い放った。
その言葉が、二人の運命の歯車を乱すことを、太陽が直感して――――
「……太陽、別れよ。……私達」
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