プロローグ1

 瓦礫で埋もれた区域に、1人の青年がいる。


 ダークブラウンの髪に琥珀色の瞳。その瞳にゴミでも入ったのか、ふいに右手をあげそうになったが、ナイフを掴んでいたことを思い出し左手で瞼をそっとおさえた。

 右腕は肘から下を過去の仕事で無くしたため、義手である。あえて無骨なデザインを選んでいるのは、ヒトの振りをした偽物を着けてるのが嫌だと思ったからだ。少しの涙と共に、目に入り込んだ粉塵らしいものを流す。潤った瞳は加減によっては緑色に光って見えた。


 研ぎ澄ます。

 まだ油断してはいけない。頭の上から足の指、握っているナイフの切っ先まで意識を這わせたが、停滞する空気の中には何の気配も感じられなかった。安堵と落胆が彼の意識を濁らせた。


 無機質たちに囲まれたこの場所は居心地は良いとは言えず、崩れかけた建造物が光を遮っているせいで薄暗い。ここも本来はビルの中なのだろうが、周辺の建物と境目の区別はつけられなかった。


 彼の周りには機体が転がっている。破壊された機体だ。元は自分と同じ形をしていたが、今は四肢が砕けバラバラになっている。頭部のようなものが足元にあったが、顔のパーツすらついていない粗末なものだった。胴体から火花を散らして完全停止している機体もいた。その基盤が焦げているのか、金属の焼けたにおいが鼻についた。


 何体破壊できただろうか。ひとしきり動いた後だが身体は軽い。最近、体の特殊血液を補充できたから調子はここ数か月で一番良かった。新調したナイフも良く自分の言うことを聞いた。


 ここで瓦礫に腰かけ一服でもできれば様にはなるが、生憎彼は煙草を吸わないし完全に用事が済んだわけではない。頭の中にいくつも存在する思考の糸を、数本だけ張り詰めさせておく。そうしてリラックスと緊張感を程よく維持しつつ、辺りの状況を確認した。


 感情のない風が通り過ぎ、塵埃の行方を惑わせた。それを追うように、崩れかけた場所から抜け出した。身を屈め、鉄骨がむき出しのビルの穴から外に出る。


 その先には、建設途中のビルや廃屋が立ち並び、瓦礫区域を囲っていた。そこからいくつも道路が伸びているが、ほとんどが途中で途切れている。遥か頭上にはメトロシティとその他の街を繋ぐ浮遊式高速鉄道のチューブが見えた。

 ここ数年で開発されたもので、メトロシティの発展には貢献したが、開発が止まったこの瓦礫区域は誰の目にも止まらなくなった。メトロシティから離れれば離れる程、時代を遡るように荒廃していく。瓦礫区域はメトロシティが捨てたがっていた過去そのものだ。そして自分がいちばん見慣れた景色かもしれないと、彼は思った。


 もはやメトロシティからの監視すらない瓦礫区域は、今では違法オートマタの巣窟になっていた。メトロシティはオートマタ産業で発展した都市だが、その恩恵が強ければ強いほど必然的に闇も深くなる。


 正規品にはルールが定められているが、それに反した機体が幾つも製造されては、瓦礫区域に廃棄された。産業競争時代に量産されたのは生活に利便性をもたらす機体だけでなく、粗悪品も大量に製造された。制御の利かなくなったそれらが放置されたのがこの区域であり、いわばここは違法オートマタの墓場なのだ。どこを通っても停止した機体やらパーツやらが転がっている。


 今しがたビルの中で破壊したのは、最近廃棄されたものだろう。肌の表面にはシリコンが使われていたが、見た目だけ最新版に寄せた不良品だった。そして通報が入ると定められた機関を通じて、自分のような立場の者が破壊ないし停止などの対応をとることになっていた。


 こんな場所で、彼は待っていた。”やつ”が姿を見せるのを。 

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