120.神に背いた者達の末路

 首尾よく手に入れた皇族、最初は女の方が孕ませるのに都合がいいと感じた。だが考えてみたら、男の方が都合がいい。種を蒔く畑はいくらでも集められるのだから。親族の未婚女性を集め、よくよく言い聞かせた。


 ラスカートン伯爵家が、皇族の一員として名を連ねる。やがては皇帝すら輩出するだろう。この説明に、親族の目の色が変わった。守護神である蛇神シェーシャは、血筋を匂いで嗅ぎ分けると言われている。それゆえに誤魔化しは効かず、偽者を皇族に仕立てることは不可能だった。


 今回は違う。皇族になる者を呼び寄せ、手元で繁殖させるのだ。母体の管理をしっかりすれば、産まれる子は間違いなくルチルの血を引く。娘を持つ親にそう言い聞かせ、次期皇帝の祖父や祖母になる夢を見せた。


 ベリアル辺りの邪魔が入ると思ったが、順調にルチルを招くことが出来た。塔に作った部屋に押し込め、次々と女を充てがう。抱かなければ、女を殺すと脅して。毎日のように女達を送り込んだ。数ヶ月が経った頃、おかしいと気づく。


 誰の胎にも子が宿らない。すでに15人の女達が抱かれたはず。数ヶ月に渡り何度も精を胎内に受けた。にもかかわらず、誰一人妊娠しないのは妙だ。医者や産婆を交えて検査を行うが、女達に何も異常はなかった。ならば……仕掛けられたのは、ルチルだ。


 調べさせた結果、子種がないと判明した。女の胎にいくら吐き出しても、着床しない。種がないのだから。


「ぐぁあああ! くそっ! なんということだ」


 4人いて、唯一勧誘できた皇族がハズレだった! 何の役にも立たない男に、一族の未婚女性をすべて充てがってしまったのだ。この先は暗雲立ち込める未来が待っていた。


 未婚の貴族令嬢達は、全員がルチルと関係を持った。ならば乙女の資格を失った女を、他の貴族家へ嫁に出すことが出来ない。魔族の婚姻では、男性が女性に仕度金を出すのが仕来りだった。15人分の仕度金となれば、相当な金額だ。それがゼロになる。


 まれに夫が死別し、相手の家から望まれれば再婚も可能だが、ルチルを殺しても15人もの寡婦が出たとは言えなかった。貴族同士の婚姻を調べれば、他家に嫁に行っていないと判明する。


 皇族の血を引く子が生まれることもない。何もかも失ったのだ。がくりと膝をついた男から、泣き笑いが漏れた。


「バカだね、僕が何もしてないと思った?」


 空中で見下ろす黒髪の青年は、ふふっと笑って幼女の姿に変わった。目を見開いたラスカートン伯爵へ、蛇神シェーシャは微笑みながら止めを刺す。


「神である僕にバレず、事を成し得ると思い込む愚かさ。嫌いじゃないけどね。これが大切な幼帝に関することじゃなければ、見逃してあげたんだよ? 僕は魔族の守護神だ。君だって庇護の対象だった」


 ラスカートン伯爵の頭に覗くツノを指差し、シェンは最後通牒を行った。


「ラスカートン伯爵、領地と爵位は剥奪になるけど……頑張って。身の丈にあった幸せを大切にしないから、痛い目をみるんだよ」


 幼い子へ教えるように、数百年を生きた男へ幼女は溜め息混じりに言い聞かせた。ラスカートン伯爵家の居城の広間へ、複数の怒鳴り声が近づいている。ふわりと宙に浮いたシェンは、指先でくるりと黒髪の毛先を巻いて消えた。


「いたぞ! 娘を騙しやがって」


「爵位剥奪ってどういうことよ!」


「領地がないのにどうやって暮らすんだ?!」


「お前のせいだ」


 責め立てる親族の声に、ラスカートン伯爵は大声をあげて笑った。すでに狂っている。それを知りながら、怒りを静めるために親族は武器を手に取った。


「……うまく、いくはず、だった」


 呟いて事切れた男の姿は人の形をしていなかった。まだ怒りの収まらぬ者達が塔に押しかけ、護衛を追い払って塔に火を放つ。焼け落ちた塔はそのまま放置され、やがて風雨に負けて崩れるまで――これは歴史に残らず抹消された一族の話。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る