92.背後関係や黒幕を期待したのに
エリュに向かって駆けてきた男から庇ったら、僕を掴んで転移した。折角だから、何が目的だったか吐かせよう。万が一にもエリュを皇帝と知って攻撃したなら、後ろの黒幕まできっちり処分しないといけないからね。
一緒にいたリンカやナイジェルも王族だから、ケガをさせずに済んで最高の結果だ。転移した先で、僕はぐるりと部屋を見回す。地下のようだった。カビ臭い部屋は窓がなく、換気をした様子がない。
唯一の出入り口は頭上の扉のみ。石造りの部屋は階段もあった。この階段をのぼり、上の扉を押し上げる仕組みのようだ。上の部屋の床の一部がそのまま扉になっているので、歩き回る人の足音が響いていた。防音性は低いね。元々牢屋として作られた部屋じゃなさそう。
たぶん床下倉庫を使用したのかな。想像しながら、僕の腕を掴んだ男を見上げる。まだ若かった。たぶん50年くらいしか生きてないね。外見は人族の20代後半くらいかな。寿命を全うしても500年生きないだろうから、上位魔族じゃない。
のんびり判断していたら、ぐいっと乱暴に手を引っ張られた。エリュみたいに本当の子どもだったら肩抜けたりするから。もっと丁寧に扱って欲しいね。
「やだ」
小さな声で抵抗してみる。この後の反応で、この男の真意を見るつもりだった。ターゲットがエリュなら、僕への扱いは酷くなる。どんな子でもいいから、幼女が欲しかったなら扱いはマシになるはず。俯いて泣いたフリをしながら窺うと、困ったような顔をした。
「痛かったか? 悪いな、だけどさ……上に行かないと」
ああ、これは完全な下っ端だ。それも拉致した獲物に同情するタイプ、金に困ってやらかしたか。となれば、エリュを狙ったわけではない。ある程度脅かしたら、終わりにしよう。
迷った末、シェンを抱き上げた男は石の階段を登り始めた。扉を押し上げた先は、タバコの煙と酒の匂いが染み付いている。ただの人攫いか。転移魔法陣なんて高度な仕組みを使うから、要人拉致の常習犯かと思った。
よかったと思うべきか、残念だと嘆くべきか。迷うシェンを連れた男は、奥でタバコを燻らせる大男の前にシェンを下ろした。
「攫ってきました」
「顔を見せろ」
荒れてがさがさの手が、ぐいっと乱暴にシェンの髪を掴む。大人しく従ったシェンをじっくり眺め、大男は満足そうに頷いた。
「これなら高く売れそうだ」
「ふーん、高すぎて払えないと思うよ」
吐き捨てた直後、大男の平手が飛んできた。普通なら怯えて疼くまるか、殴られて泣くのだろう。だがシェンはどちらでもなかった。叩き付けた手は骨が折れて吹き飛ぶ。強力な結界には、自己防衛機能が備えてあった。もっと正確に表現するなら、過剰防衛システムだ。
殴られかけたら、防ぐと同時に相手の腕を吹き飛ばす。蹴られそうになったら、足を粉々に砕く。しかも実際に攻撃を加えられる直前に、先制攻撃をする辺りがシェンの性格を反映していた。
「先手必勝、僕はね。殴られても反対の頬を差し出すような変態じゃないんだ」
にっこり笑う黒髪の幼女に、周囲の大人が怯えた顔を見せる。ボスらしき大男、連れてきた若者、他5人ばかり。どれも小物だった。
「魔族は弱肉強食が掟。最強の僕が決めたら、君達は従うしかないんだよ」
ご機嫌で言い聞かせる幼女相手に、首を横に振る勇気はなかった。
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