78.オネエ様は憧れの人?

 性別を偽っている人に直球で聞くとは……驚き過ぎて助けるのを忘れた女性陣は、必死で助けを求めるナイジェルを呆然と見守る。


「たすけっ、ちょ……ヒゲがいてぇ」


 切れ切れに助けを求めた少年が解放されたのは、リリンが間に入ったからだ。


「ごめんなさいね、ネエ様。まだ子どもだから見習いなの。許してあげて?」


 そのオネエ様は、血の繋がりを感じさせるんだが……シェンの眼差しに彼女は頷いた。どうやらリリンの血縁者で間違いない。年齢を推測った結果、兄か従兄弟だろうと結論づけた。


「仕方ないわね、いつもの料理でいいの?」


 やや太いが、耳に残る印象的な声色だった。不思議な魅力がある。


「ネエ様だっけ? すごくいい声だね、歌ったら素敵だと思う」


 シェンは男女の区別にこだわりはない。好きな恰好をすればいいし、性別を変換したければ魔法で行う手術もある。その辺は大らかだった。自分に害が及ばなければ、なおさら優しくなれる。


「あらぁ、この子……ん? もしかして皇帝陛下の庇護者様じゃないかしら」


 否定せず笑みを浮かべたら、大喜びで抱きつかれた。頬にキスをもらい、なぜかヤキモチを焼いたエリュに逆の頬へキスをされる。混乱した状況の中、店主のネエ様は調理のために場を外した。


「料理の腕は本物だし、とてもいい人なの。売上の一部を孤児院へ寄付したり、無料で料理を振る舞ったりして。よく会うのよ」


 リリンが説明しながら椅子を勧める。首が違えておかしくなったと文句を言うが、ナイジェルに差別意識はないらしい。王族にしては変わった感性だ。もしかしたら、変わり者の祖母が影響を及ぼしたのだろうか。


 エリュも深く悩まず、そういうものだと受け止めた。男の人みたいだけど、女性の姿をしていて、優しくて声が大きい。あと抱き締めてキスするのが好きだから、大切なシェンを取られないようにしなくちゃ! そんな感じのことを呟いていた。独り言なので、リリンやシェンも聞こえないフリをしておく。


 リンカだけが違う反応を見せた。固まって動けなくなっている。顔は強張っているし、緊張し過ぎた新人のようだった。シェンが肩を叩くと、慌てて椅子に座った。


「あの人、元は男性なのか?」


「ええそうよ」


 リリンは隠さず肯定する。ナイジェルは「やっぱり」と目を見開き、間違ったことは言ってないと笑った。


「あんなの……」


 認めない。そう続くなら声を結界で消音するか。迷ったシェンは、店主を傷つけないために結界を張った。外部の声は聞こえるが、リンカの声が漏れるのを封じる。


「すごく、すごくカッコいい! 自分で性別を選ぶなんて、憧れる!!」


 予想外の内容に、シェンは慌てて結界を解いた。疑った自分が恥ずかしい。リンカにそんな差別意識があると思ったのは、妖精族が閉鎖的な種族だから。その思い込みこそが、差別なのだと反省した。

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