68.おかえりが沁みる朝

「早く起きてぇ!! リンカ来ちゃう」


 勢いよく揺さぶられ、シェンは苦笑いする。まだ明け方なのだが、エリュは楽しみで仕方ないらしい。昨日の伝言で、リンカの到着を知った。妖精族の王族である彼女の留学は、魔族にとっても256年振りだとか。


「分かったよ」


 まだ早いんだけど。さすがに到着してないでしょ。欠伸するシェンが身を起こしたところへ、侍女ケイトが現れた。まさか見越して待ってたとか?


「エリュ様、シェン様。リンカ様が到着なさいました」


「はぁ?!」


「やった! 急がなくちゃ」


 早朝に到着? それも明け方だよ? 外を見たシェンはぼやいて、黒髪をくしゃっと手で乱した。カーテンを開けるケイトも眠そうだ。門を叩いて起こされたんだろうか。


「シェン、これ着て。私はこれ」


 エリュは自分でクローゼットから服を引っ張り出す。最近、クローゼット内は対の服ばかりだ。色違いだったり、デザインの一部をお揃いにした服が並ぶ。エリュの希望だった。


 今日は水色のワンピースだ。もう一枚はクリーム色だった。まったく同じデザインで、襟や袖の色がお互いに入れ替わっていた。ベッドの上に並べて、エリュはご機嫌だ。この服は可愛いし、シェンとお揃いは嬉しい。にこにこしながら、シェンに首を傾げた。


「どっち着る?」


「うーん、こないだは僕が青だったから、今日はクリームかな」


「じゃあ、エリュが黄色いの着るね!」


 ん? 話が通じてない? きょとんとするシェンをよそに、クリーム色のワンピースに袖を通すエリュ。いろいろ気持ちが複雑だが、シェンは何も言わずに水色のワンピースを手に取った。


 すぽんと被って首元のボタンを留める。と、そこでエリュが地団駄を踏んだ。


「そうじゃないの! 交換するね、って言って!!」


 忙しいと言ってたのに、面倒なことを言い出したな。シェンが困った顔をして、ぱちんと指を鳴らす。その瞬間、服の色が逆になった。


「すごい!」


「あのさ、リンカ待ってるんじゃないの?」


 服に夢中で忘れてるみたいだけど、明け方から妖精族の王族待たせてるよ。シェンの指摘に、エリュが慌てて鏡台の前に座る。いけない、待たせたら失礼なのに。焦るエリュが頭を動かすのに、器用なバーサが髪を編んでいく。長くなって肩甲骨に届く銀髪を整える間に、ケイトもシェンの髪を編み始めた。同じ髪型じゃないとエリュが満足しないのだ。


 ようやく支度を終えた二人は、手を繋いで駆けていく。後ろでお団子にして三つ編みを絡めた髪から、色違いのリボンが流れて揺れる。


 玄関ホールまで後少し。手紙のやり取りで我慢した友人の顔を見られる。二人は笑顔で玄関ホールに飛び出した。


 民族衣装であるゆったりした長衣を纏う少女が、手にしたバッグを落とす。去年より背が伸びたリンカは、空になった両手を広げた。勢いそのままに駆け寄る二人を受け止める。


「久しぶり、エリュ、シェン。待たせてごめん」


 一年待たせないと言ったのに。そう悔やむリンカヘ、シェンは笑った。


「ぎりぎり一年未満だよ。リンカ」


「リンカ、おかえり」


 無条件で受け入れるエリュの言葉に、リンカの涙腺が崩壊した。大泣きする彼女を宥めて歩き出す頃には、朝日は昇り切っていた。

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