59.祭りの後の静けさと寂しさ

 夜を一緒の部屋で過ごし、リンカとナイジェルは帰っていった。見送りでは泣かない。そう約束したエリュは、二人が馬車に乗り込んだ姿を濡れた笑みで見送った。頬を濡らす涙がなければ、立派な笑顔だ。だからリンカもナイジェルも、エリュの涙を指摘しなかった。


 実は彼らも泣いていたのを、シェンは知っている。エリュには秘密にしておこう。そう思いながら、エリュの手をしっかり握った。それぞれの馬車が見えなくなり、宮殿内に戻ってもエリュの涙は止まらない。今日の予定をすべてキャンセルにして正解だった。


「っ、シェンは、いる、よね?」


 どこかへ帰ったりしない? 不安そうに尋ねるエリュとベッドに潜り、大丈夫と抱き締める。


「安心して。エリュが嫌だと言っても離れてあげないから」


「いわな、もん」


 しゃくりあげながら必死でしがみ付く幼子は、あと何年こうしていてくれるのか。複雑な思いを飲み込みながら、シェンはエリュの虹色の髪を撫で続けた。目元を赤く腫らして眠ったエリュを治癒し、幾重にも結界で包む。音や光を遮断し、外敵を弾くよう設定してからベッドを抜け出した。


「ん? ああ、袖を掴んでいたのか」


 手を離されないよう、しっかりと袖を掴んだエリュの指はきつく力が入っている。だから着ていた上着を脱いで、エリュの胸元に置いた。離れるのは後ろ髪を引かれるが、仕方ない。年長者には、大人の後片付けが待っているのだ。


「おやすみ、しっかり眠れ」


 眠りを深くする魔法を重ね掛けし、名残惜しく思いながらベッドを出た。エリュの私室を出たシェンを待っていたのは、書類片手のベリアルだ。建国祭で忙しく立ち回った彼は、寝不足の顔で一礼した。


 初日の祝賀会以降、夜会に皇帝エウリュアレは参加していない。他国の来賓を始めとし、国内の貴族を接待したのは宮殿の文官達だった。外交担当は特に忙しく、内務関係の文官も駆り出された。皇帝派の貴族は協力的で、来賓のもてなしに尽力している。


 おかげで街に遊びに出たり出来たわけだが、シェンはエリュの護衛を一手に引き受けたため、外交面では一切手出ししなかった。そもそもが魔族を庇護する神であり、外交や内政はシェンの関与すべき分野ではない。


「忙しかったらしいな」


「いつものことです。文官もそろそろ慣れてきましたし」


 部下が自己判断で動けるようになってきた。だからと言ってベリアルの仕事が減ることはない。外敵による攻撃や内部の騒動は、武官であるリリンに集中した。将軍である実に手際よく対処したらしい。ベリアルは事前に準備を整えて祭りを進行するのに対し、事件が起きてから対処するリリンの方が負担は重い。


「リリンは休ませました」


「うん、報告したらベリアルも休んで。3日くらいは僕の魔力で結界を張っておくから、外敵の心配はいらないよ」


「お願いします。祭りで起きた衛兵の買収事件ですが……思わぬ人物の関与が判明しました」


 ならず者が衛兵に賄賂を渡す。珍しくない事件のようだが、裏に操る人物がいたとなれば話は別だ。目を細めたシェンは受け取った報告書に目を通し、にやりと口角を持ち上げた。


「馬鹿だね。僕らを敵に回すなんて」

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