57.お買い得は果物だけじゃない?

 足や腰を叩いて倒した衛兵も、すべてまとめて蛇が絞め上げる。到着した騎士と衛兵は、すぐにシェンとエリュに敬礼した。踵を鳴らして靴を揃え、腕をぴしっと胸の高さに上げる。その動作は洗練されており、チンピラ紛いの衛兵とは雲泥の差だった。


「こっちの人達はちゃんとしてるね」


「これが普通なんだよ、エリュ」


 こそこそと耳元で内緒話をするエリュだが、幼女の声は意外と甲高くて響く。周囲にかなり漏れ聞こえており、騎士も数名が微笑んだ。店主のおばさんには少し待ってもらい、事後処理を始めた。


「こいつらは神罰を与える予定だけど、法で裁いてもいいよ。その場合は譲るから」


「かしこまりました。その旨、上司に申し伝えます」


「うん、よろしく。あとはこっちのゴロツキだけど……衛兵に賄賂を渡したみたい。その辺の調査は任せていい?」


「もちろんです」


 騎士の代表として応じる青年は、大きな尻尾を揺らして頷いた。どうやら犬系の獣人らしい。騎士が着用する帽子に隠れているが、犬耳もあるのだろう。


「すげぇ、犬の兄さんカッコいい」


 ナイジェルが手放しに褒めると、踵を鳴らして彼にも敬礼した。他国の王族と知っているなら、祝賀会の警備もしていた可能性がある。かなり有能な騎士のようだ。


「名前は?」


「はっ、ゲヘナ国王都警備大隊所属……」


「その辺は省いて」


「ロビンです」


 所属の話から始まると、ゲヘナの階級は長い。軍事面でかなり細分化されており、どうしても名称が長くなるのだ。そこへ階級がついて、名乗る際は呪文のようになってしまう。エリュが混乱するので、名前だけ端的に尋ねた。


 返しもぴしゃりと合わせて来たので、シェンはかなり気に入った。引き抜いて、エリュの護衛に使おう。名前を頭の片隅に留め、ゴロツキ衛兵4名と元のならず者2名を引き渡した。


「後はお願い。この後の護衛は不要だよ」


 付いてこなくていい。はっきり言い渡して、店主のおばさんに向き直った。見た目は4歳の幼女が生意気に見えるだろうか。そんなシェンを気にした様子なく、おばさんは果物を手にとって剥き始めた。


「ほら、味見用だ。手で掴んで食べな」


 街の子に振る舞うように、気軽な口調で剥いたポポロの実を差し出す。ほんのり甘く水分が多い黄色の果実は、子どもが好む味だった。大きな玉を割ったので、周囲の大人にも振る舞い始める。


 助けに入れなくても、周囲に留まり牽制した大人もいたのだろう。おずおずと手を伸ばし、切り分けられたポポロの実を齧る。柔らかな果肉と優しい甘さに、誰もが表情を和らげた。


「これ、美味しい。私の国にもあるけど、もっと甘いわ」


 リンカはそう言ってお代わりした。ナイジェルは三つも食べる。シェンの分を半分齧り、自分の分も平らげたエリュは目を輝かせた。


「このポポロ、みんな欲しい」


 微笑ましい子どもの発言だが、シェンはここでも教育を忘れない。


「エリュ。全部買ったら他の人が買えないでしょう? それに食べきれない数を買ったらいけないよ。幾つ必要か数えてみよう」


 エリュは大人達を見回し、反省したらしい。皇帝なら買い占めなど容易に出来るが、やってもいいかどうかは別だ。笑顔で待つ店主のおばさんの前で、指を折って数え始めた。


「シェン、リンカ、ナイジェル、ベリアル、リリン、ケイト達は5人。10個?」


「惜しい。自分が入ってないよ」


 11個と訂正しながら、エリュの頭を撫でる。それから購入を告げた。店主のおばさんは笑って果物を選び、熟したものを取り分けてくれる。


「お土産ならすぐに食べるだろ? 熟したのを選んだから、3日以内に食べておくれよ。あと、お金はこの紙幣が5枚だね」


 お買い物体験と聞いたので、ちゃんと対価を受け取ってくれるようだ。安心しながら、エリュにお金を数えさせて渡し方も教えた。両手で差し出したお札を数えて、おばさんは「確かに」と受け取る。それからおまけだと言って、3つも追加してくれた。すべて収納へしまい、手を振って別れる。


「なあ、シェン。俺に戦い方を教えてくれないか?」


「留学が決まったらね」


 ナイジェルの希望に、あっさり頷いたシェンは理由を付け足す。滞在中では訓練の基礎で終わってしまうから、きちんと留学出来るようになれば教える。中途半端に覚えたら、ケガをする。など……真剣に聞くナイジェルは大きく頷いた。

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