04.そなた、どこから参った?

 綺麗な花を摘みに庭へ出た。青いアリスターの花は昨日摘んだから、違う花が欲しい。そう伝えたら、侍女が案内してくれたのは、薔薇の咲く一画だった。


「綺麗」


 白とピンクが咲いてるね。そう呟いて、迷ったエリュは両方摘むことにした。仕事や訓練の空き時間に顔を見せる優しい二人に、お花を用意したかったのだ。手を伸ばそうとしたら、止められた。


「薔薇は棘がありますよ。代わりに摘みますから、どれがいいか指差してください」


「うん、これとそれ……その隣も」


 大きく開いた薔薇を選んで指差すエリュは笑顔だった。侍女の進言で蕾も一緒に飾ることにする。手をケガしないよう棘を落としてもらう。その間に、ふと気になった。


 木の裏側に黄色い花が咲いてる。小さな花で、エリュは一目で気に入った。可愛い。手を伸ばして触れた瞬間、どこかに落ちる。ここは芝が育つ地面のはずなのに、ころころと坂を転がった。


 痛い。ぶつけた手を内側に抱っこして、自分を守るように丸くなった。ごんと頭を打ったところで、ようやく止まった。恐る恐る抱っこの手を緩める。


「寒い、頭痛い」


 ぶつけたところが痛いし、なんだか寒い。可愛いオレンジの服を着せてもらったのに、泥が付いていた。汚れたことが悲しくて、くしゃっと顔が崩れる。ずきずきした痛みに誘発され、エリュは大声をあげて泣いた。


 痛い、汚れた、寒い。ここはどこ? 


「ベルぅ……リリ」


 いつも優しい二人の顔が浮かんで、泣きながら名を呼んだ。鼻を啜る。ぎゅっと握った手には、黄色い花が一輪揺れていた。強く握った花は萎れて、それもまた涙に拍車をかける。エリュは拭う人がいない涙を、薄暗い場所で流し続けた。


「っ、く」


 ひとしきり泣いた後、ぼんやりと周りを眺める。寒くて痛いし、暗い。泣き過ぎてしゃっくりが出るのも嫌だった。一人なの、怖い。幼いエリュは不安を覚える。帰らないと……そう思ったのに、振り返ってもどこから来たのか分からなかった。


 泣いている間に転がってきた方角を見失ったのだ。後ろ? でも寝転んだから、左手の方? どこを見ても同じ景色で、違いはなかった。ぐずっと鼻を啜り、手をついて立ち上がる。


「っ、我慢できる、もん」


 我慢できるエリュ様は偉い。いつもベリアルが褒めているし、リリンも撫でてくれる。だから我慢して、偉いって言ってもらおう。頭より、足の方が痛いことに気付いたけど、我慢。


 自分に言い聞かせた幼女は、右側に大きな何かを見つけた。目を凝らして、よく見ないと分からないけど。何か大きな物があった。左も前も後ろも何もないから、右にある物が気になる。


 右から来た気はしないけど、てくてくと歩き始めた。お庭に出るだけだから、底の薄い靴だった。柔らかい芝の上を歩くことを想定した、可愛らしい布製の靴は硬い岩に相応しくない。歩いて石を踏むたび、ちょっと顔をしかめた。


「痛い、くない」


 無理やり自分を納得させ、エリュは大きな何かの前に立った。右側がやや小さく、左は小山のようだ。じっくり眺めてから、目の前の黒っぽい塊に触れた――と、その塊が開いた。


 動いたと表現するより、窓のカーテンに似ている。驚いたエリュが後ろに下がろうとして、すとんと尻餅をついた。幸いにして痛くはなかったが、手に握っていた黄色い花が落ちる。


「そなた……どこから参った?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る