第11話 瀕死のアラン
「あ! おくすりの時間だ! バイバイお兄さま! 明日、応援してるから頑張ってねー!」
そう言って、バタバタと部屋を出ていくプリシラ。
「俺……友達……いないんだ……!」
心に深い傷を負った俺は、そのまま流れるようにふて寝した。
*
最悪だ。
「おい! しっかりしろニナッ!」
森の奥でいきなり襲いかかってきた魔獣を返り討ちにした僕は、倒れているニナを抱き起こす。
「う……ぁ……」
「何故僕を庇ったッ!」
「まもの……は……」
「僕が倒した。だから安心しろ!」
「……は……い」
ニナは腹部から大量に出血していた。一応は治癒魔法をかけているが、僕には分かる。
ニナはもう助からない。
「クソッ!」
同じだ。子供の頃に僕が捕まえて殺していた虫や小鳥たちと。
生命が終わる瞬間は決まって魔力が体外へ流出していく。例外は魔力が内側に集まって結晶化する魔物だけ。
いずれにせよ、その段階になってしまったらもはや何をやっても無駄だ。治癒魔法だって意味はない。
「死ぬな……死ぬな死ぬな死ぬなっ!」
「アラン……さま……」
その時、ニナが血まみれになっている僕の手を弱々しく握ってきた。
「私は……きっと……もう、助かりません……」
そう言って悲しそうに微笑んでから、さらに続ける。
「けれど……アラン様が、治癒魔法を、かけて下さると……少し、楽になります……。このまま、続けて……くださいますか……?」
ニナの身体は震えていた。気休めにしかならないが、それでニナの苦痛が少しでも和らぐのなら構わない。
「ああ。……気を確かに持て。側に居てやるから、あまり弱気になるな」
僕はニナにそんな言葉をかけた。
「ありがとう、ございます……」
「大丈夫だ。このくらいの傷ならきっと助かる」
嘘をつくのは得意だ。
僕は、ニナの目元の涙を血のついていない指で拭った。
「ごめん、なさい」
「謝るな。僕の言うことだけ信じていればいい」
「…………はい」
そんな返事のあと、次第に呼吸が小さくなっていくニナ。
「……私は……アラン様に、お仕えできて……幸せでした……」
「小さい頃は随分と迷惑をかけた」
「今となっては……それも、良い思い出……です」
「………………」
昔の僕は人の心が理解できなかったが、今は違う。人が何を望んでいるのかある程度分かるし、その気になれば人が求めている通りにしてやることだってできる。
「ですから……どうか……アラン様も、幸せに、なってください……」
それなのに……お母さまも、プリシラも、そしてニナも。僕の大切なものは、何故か決まって僕の手から転がり落ちてどこかへいってしまう。
いくら天才だと持て囃されても、大切なものだけはいつも手に入らない。
「……ああ。分かったよ、ニナ」
魔石だ。
魔石の力があれば、僕は全て取り戻して幸福になれる。
「お前を生き返らせてやる。僕が……この世界に楽園を作り出すんだ」
その時、僕は魔王に魂を――――ドンッ!
*
「ぐええええぇっ!」
俺は、突然ベッドから勢いよく転がり落ちた衝撃で目を覚ます。
「いってぇッ!」
部屋の中が暗い。
もう夜中になっているようだ。
「マジいってぇよちくしょおぉああああああああああああっ!」
というか痛いんですけど。何でいきなりベッドから落ちた!? もうむり死ぬっ!
「ちっ、治癒魔法を、かけて下さると……少し、楽になります……ッ!(裏声)」
夢で見たニナの声真似をしながら、びたんびたんと床をのたうち回る俺。
「私は……きっと……もう、助かりません……(裏声)」
「大丈夫だ。このくらいの傷ならきっと助かる(イケボ)」
全力でふざけることで痛みを紛らわそうという魂胆である。
「むりぃっ! しぬぅっ……しんじゃうよぉぉぉっ!」
あまり効果はなかった。
「ああああああああああああっ! ちっ、治癒魔法を……!(瀕死)」
……治癒魔法の習得方法、精霊祭が終わったらメリア先生に聞こ。
「くっそぉ……!」
――それにしても、おかしな夢を見たな。あれは予知夢……的なものだろうか。
まさか俺にそんな夢を見る能力が備わっていたとは。人生二周目だからその程度のことじゃ驚かないが、仮に今の夢を信じるのであれば原作のストーリー上で不可解だった点の筋が通る。
「あぁ……いってぇ……!」
ニナが途中から登場しなくなった理由がはっきりするし、アランの裏切りに関してもだいぶ理解しやすくなる。
「骨折れてるって……これぇ……っ」
……なるほどな。アランが仲間を裏切って魔石の力を取り込んだ真の目的は、死んだ人間を生き返らせることだったのか。
原作では世界の法則がどうのこうのと言っていたが、要するにアランは死んだ母やプリシラやニナを生き返らせたかったと考えれば分かりやすい。
「泣きそう……っ!」
……だがその場合、アランは良心の欠如したサイコパスであることに加え、失った母性を歳上に求めるタイプのマザコンで、ついでに幼くして死んだ妹が大好きなシスコンかつロリコン野郎だったということになるが……大丈夫か? キャラとしてキモすぎないか?
俺、そんなの嫌だよ。アランやめたいよ。
いくら顔が良くて魔術と剣術の両方に秀でた天才で将来有望な貴族だったとしても、ギリギリ許されないくらいの変態度合いだぞ。
「はぁ……はぁ……っ!」
――よし、だいぶ痛みが引いてきた。
とにかく、ニナを死なせないくらい強くなればいいのだ。それで俺の闇落ちは回避可能。世界は平和。実に簡単な話である。
さっきの夢を見たところで、やることに変わりはない。
「ふぅ……」
俺は呼吸を整えて立ち上がり、俺の安眠を妨害した忌まわしきベッドへ近づく。
「すやすや……」
するとそこには、心地良さそうな顔で眠るプリシラがいた。
さっき出ていったのに、いつの間にか戻って来てベッドに潜り込んだらしい。
「こ、こいつ……!」
どうやら、俺が落ちたのはプリシラにスペースを奪われたのせいだったみたいだな。一応お嬢様なのに寝相が悪すぎるぞ。許すまじ。
「むにゃむにゃ……優しいお兄さま……だいすき……」
「………………」
やっぱり許す! もうシスコンでいいや! プリシラの病気も俺がなんか頑張って治す!
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