第4話


 西田も坂原も、そして二人の警察官も、思わず身動きが止まった。


「まあ、確かに……ご遺体ですね」


 今度は若手のほうが思わず口を開き、坂原は、ほっと胸をなでおろした。


「だから、言ったでしょう。ご遺体を十五夜町に搬送している途中だと。今日、東京の病院で亡くなられて、これからご実家まで運ばなきゃいけないんですよ。なんなら、電話で確かめてもらってもいいですけれど。どうします、やりましょうか!?」


 安心したからだろうか、坂原は捲し立てるように早口になってしまう。その左胸のネームプレートには「坂原」という名前と共に「〇×葬儀社」の社名がハッキリと書かれていた。


「いえ、結構です。大変に失礼しました」


 二人して合掌する警察官を眺めながら、西田もまた、安堵の気持ちでいっぱいになった。


「じゃあ、これで終わりにしてもいいでしょうかね?」


 そう言って、坂原は遺体の袋を閉じようとしたが、なぜか若手の警察官がそれを制止したと思えば、ゴソゴソと袋の中を探りだした。


「ちょ、ちょっと! アンタたち、何をしているんですか!?」


 坂原は、目の前で起きている光景が理解できなかった。


「えぇと、もう少し中まで調べさせてもらおうかと」

「冗談じゃない! 不謹慎にも程がありますよ!」

「そう思われても仕方がないのですが……すみません、これも捜査なので」


 大声でその行為を避難してみたものの、警察官は一向に手を止めようとはしない。


「説明したでしょう! 一体、何の問題があるんですか!」

「問題、ですか……」


 白髪の警察官が手を止めて、そして西田の目をじっと見つめ出した。


「では、西田さん」

「は、はい?」

「あなた……ヤっているでしょう?」

「え、な、何をいっているんですか!?」


 西田の額から大量の汗がボタボタと流れ落ちる。その様子は、まるで油汗を流すガマガエルのようだった。


「私は分かるんですよ。ヤっている人かどうかが。その汗と、充血した瞳を見ればね。それにね、やたらと喉を動かしているのも」

「そ、そんなことで!」

「なにより、臭うんですよ」

「臭う!?」

「ええ。ヤっている人の特有の、ね」

「そ、そんな馬鹿な……」


 西田は、思わずクンクンと鼻を鳴らして確認する。その様子を警察官はじっと凝視していた。


「あとね、足。震えていますよ。寒気がするんでしょう」


 驚いて足もとを見ると、またしても、西田は震えていた。


「ああ、出ました! やっぱり、ありました!」


 若手の警察官が遺体の足元の付近のカバーをめくると、ついに「それ」が姿を現した。


 そこにあったのは、大量のタバコとガムだ。合計1キロはあろうか。それらはすべて、マリファナ、すなわち大麻から作られたものだった。


「これは、なんですか!? 大麻じゃないですか!」

「……」

「自分たちで使う量じゃないですよね! それをご遺体の袋に隠すなんて! ほんと、信じられないですね!」

「……」


 坂原と西田は、もはや反論する気概すら消え失せてしまった。


「2時35分、大麻取締法違反、所持の疑いで逮捕します」


 車に押し当てられながら、順番に二人の両手に手錠が掛けられていく。いつの間にか、辺りには何人もの警官に囲まれていたが、坂原も西田も、全く気が付いていなかった。


「くそ……西田……お前……」


 西田が不審な動きをしなければバレずに済んだのにと、坂原は恨めしそうな顔で相方をにらみつけた。


「ああ、そう! 坂原さん」

「え?」


 白髪の警察官が話しかけてきた。


「言い忘れましたけれど、あなたもヤっているでしょう? たぶん、ちょっと前に吸ってきたんじゃないですか? その様子を見て、ピンと来たんですよ」


 坂原は、はっとした表情を浮かべながら、自身の足元を覗いた。


 彼もまた、震えていた。

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