<52> 再びロックオン

香織は会社のビルを出て、外にある自動販売機まで来ると、ミネラルウォーターを買い、その場で一気に飲み干した。

お陰で、上昇した体温が少しは下がり、気持ちも若干、落ち着きを取り戻した。


(落ち着け・・・、落ち着くんだ!)


香織は飲み干した水のペットボトルを握り潰しながら、今の事態を理解しようと必死に頭を働かせた。


自分は陽一から嫌われたはずだ。

そう、しっかりと、この上ないほどしっかりと嫌われたはず!

なのに、なぜ、またぶり返した?


(風邪かっ!)


そう突っ込みながらも、嫌われなかったというホッとした思いが湧いてくる。

じわりと胸の奥が温かくなって、目に涙が滲んできた。


(いけない、いけない!)


香織は我に返って目じりを拭くと、握りつぶしたペットボトルをごみ箱に捨てた。


(これは、かなりマズイ事なんじゃないの?)


改めて冷静に考えてみると、何という非常事態だろう!

だって、先日綾子とミッション成功の打ち上げをしたばかりではないか!

しかも、あんな大失態まで犯して、大迷惑をかけておいて、最後の挨拶までしておいて、


「再度ロックオンされました」


なんて誰が言えるか!

どの面下げて綾子に報告すればいいんだ?!

香織はまた頭を抱えた。


それだけではない。

来週には湊と映画に行く約束もしている。

これが陽一にバレたら、また逆鱗に触れるだろう。


(・・・どうしたらいいでしょうかね、自販機さん・・・)


香織は頭を抱えたまま、目の前の自動販売機を見つめた。


「・・・とりあえず、今の私に翼を授けてください・・・」


そう呟くと、ちょっとお高めの赤と青のエナジードリンクのボタンを押した。

このまま空を飛んで逃げてしまいと思いながら。



                  ☆



香織は席に着くと、黙々と仕事をこなした。

だが、実際には頭の中の混乱は収まらず、やることやることミスばかりして全く進まない。

結局、終業の鐘が鳴っても終わらずに残業になってしまった。


いつも通り仕事を続けていると、


「あれ?原田、今日は予定があるんじゃなかったっけ?」


と湊に声を掛けられた。


「へ?予定・・・?」


「だって、今日先約があるって言ってたじゃん」


そうだ!そうだった!

そう言って断ったんじゃん!

混乱し過ぎて、昨日の嘘なんてすっかり忘れていた。


「もしかして、予定無くなったの?だったらさ・・・」


湊の問いに、香織は慌てふためいて立ち上がると、机の上を片付け始めた。


「ううん!違うの!忘れてたの!」


「忘れてた?時間、大丈夫かよ?」


「うん!大丈夫!大丈夫!ありがとう!加藤君!」


ああ、これだから嘘なんて付くもんじゃない。

ごめんなさい、加藤君。予定なんて本当は無いんです。


香織は心配そうに見つめる湊に対して、罪悪感でいっぱいになりながら整理をしていると、バッグの中のスマホが震えた。

香織は湊の目線から逃れるように、急いで電話を取った。


「まだ終わらないのか?さっきから鳴らしてるのに」


「!」


電話の向こうから聞こえたのは陽一の声だった。

香織の心臓は急激に早くなった。

ど、どうしよう・・・。


そう思って目が泳いだ時、湊の視線とぶつかった。

こっちはこっちで胸がざわつく。


「え、えっと、今終わって・・・」


香織がそう答えると、湊は安心と落胆が入り混じった顔をして、無言で香織に手を振って離れて行った。

香織はちょっとホッとして湊を見送った。


「だったら、すぐ地下の駐車場に来い」


電話の向こうからは陽一の容赦のない声が聞こえてくる。


「え?な、何で?」


「何でじゃない」


「で、でも」


「・・・来ないなら、俺が第一課に迎えに行くけど?」


「な、何言ってるんですか!」


「迎えに来られるのが嫌なら、さっさと来い。じゃないと本当に行くぞ」


陽一はそう言うと電話を切ってしまった。


(じょ、冗談じゃない!)


香織は慌ててバッグを掴むと、転びそうになりながら、エレベーターホールに向かって走って行った。


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