<36> 写真

綾子が佐田家から出るときは、秘書の西川はいつも大荷物を抱える羽目になる。


「・・・今日もたくさん頂きましたね」


西川が抱えているのは、自家製味噌や漬物、手作り菓子、誰の田舎か分からないが実家から送られてきた果物など・・・。


これらは、佐田家に勤めている家政婦たちがくれたものだ。

なぜか、ここの家政婦たちは綾子を気に入っているようで、綾子が訪れるたびに奥様、奥様と集まってきては、これ持っていけ、あれ持っていけと、いろいろ持たせるのである。


綾子も嫌がらずに素直に貰う。

その時の綾子の笑顔が、家政婦の心を鷲掴みにしているのだろう。


「お味噌やお漬物は持って帰るけれど、お菓子や果物は会社の若い子たちに配ってあげて」


綾子は車に乗り込むと、そう西川に告げた。


「かしこまりました」


西川は運転席でルームミラーを調整しながら、綾子に返事をすると、ゆっくりと車を発進させた。



                   ☆



綾子は、一度家に帰ると、西川を会社に戻らせた。

そして、貰ってきた漬物を持って、自分の車で実家—――太一郎の家に向かった。


太一郎は、サワが作る漬物より、佐田の家政婦が作る漬物が好みのようだ。

綾子は佐田の家から漬物や味噌を貰う度に、太一郎に持って行ってくことが習慣になっていた。


家に着くと、太一郎は不在だった。

綾子は鍵を開けて勝手に家に入ると、冷蔵庫に漬物を入れた。


太一郎は定年を迎えてからも、警備員のアルバイトをしている。


もちろん、働かなくとも老後の生活において困らないだけの貯えや年金はあるはずだ。

だが、まだ60代でやもめ暮らしの彼は、家に一人でじっとしていることなど、耐えられない。

元気なうちは、趣味の釣りを続ける金くらいアルバイトして稼ぐと、警備員をしているのだ。


綾子も陽一も、そんな太一郎に感心しているが、佐田家の正則はそれを良く思っていない。

嫁の父親が警備員などと、事あるごとに綾子を侮蔑してくる。

中年になり神経も大分太くなった綾子は、今ではそんなことは率なくあしらえるが、やはり良い気持ちはしない。


確かに、70歳にもなって大企業の会長として未だに手腕を発揮している義父とは器が違うことは認めざるを得ない。

だが、どんな仕事でも軽蔑には値しないはずだ。


綾子は、テーブルにメモを残すと、すぐに家から出ようとした。

しかし、ふと何かを思い出したかのように、二階の部屋に上がって行った。


綾子が扉を開けた部屋は、かつて自分が使っていた部屋だ。

昔のままのベッドや机やタンスが並んでいるところに、いろいろと雑物が追加され、物置と化している。


綾子は本棚に並んでいるアルバムを取り出した。

取り出した途端、フワッと埃が舞う。

綾子は顔の前で手を振りながら、埃を避けると、アルバムを広げた。


そこに納まっているのは、赤ん坊から小学生くらいまでの自分の姿。

若い父と母に抱かれた自分や、幼稚園の運動会や小学校のお遊戯の写真。


綾子は懐かしい思いを感じながらも、ある写真を探していた。

しかし、最後のページになっても、その写真は見つからない。

他のアルバムもめくってみたが、目的の写真は見つからなかった。


綾子は、最後のアルバムに目を通し、それを本棚に仕舞った。

やはり、目的の写真は無い。

肩を落として、部屋を出ようとした時、自分の勉強机が目に入った。


その時、全てを思い出したかのように机に駆け寄ると、引き出しを開けて、中を物色し始めた。

全ての引き出しを乱暴に開け、中を引っ掻き回し、やっと一つの引き出しの奥の方から、目的のものが見つかった。


それは小さな缶の箱だった。


綾子は深呼吸をして、ゆっくりと蓋を開けた。

恐る恐るその中を見ると、何通かの手紙と数枚の写真が入っていた。

震える手で、一枚の写真を手に取った。


そこには、肩を組んでおどけながらピースサインをしている小さな女の子が二人写っていた。

一人は余所行きの可愛らしい格好をした女の子。

もう一人は、小学校のジャージ姿の活発そうな女の子。

そしてそのジャージの名札には「はらだ」という文字が見える・・・。


「ああ、香世子ちゃん・・・」


綾子は思わず写真に写っている女の子の顔を撫でた。

そして懐かしそうに、見つめると、


「お久しぶりね。香世子ちゃん・・・」


と写真に話しかけた。

だんだんと目頭が熱くなってきて、目の前の写真がぼやけてくる。


「ふふ、目元が似てるわね、あなたに。あと口元もよく似てる・・・」


綾子は、優しく写真を撫でると、そっと箱に仕舞い、蓋をした。

そして大事そうに抱えると、自分の部屋を後にした。

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