Popcorn pudding

 アルフを護衛する目的もあり、結局アルフだけでなくロンとジオを含めた3人がマイルドのお供をすることになった。ヨークは待ち合わせ場所に着いて驚いた顔をした。タイではデートに友達を呼ぶことはよくあることなのだが、自分よりも年上の男も含めた集団が来るとは予想してなかったようだ。しかも全員顔立ちが整っていて、かなり目立つ集団になってしまっている。ちなみにロンはいつもよりは服装を整え(正確にいえばアルフが整えたのだが)ているものの、サングラスをつけているから余計だ。一方のヨークだって負けてはいない。初めこそ少し落ち込んだ様子も見えたが、服装はオシャレだし、マイルドにポップコーンとドリンクを奢ったり、何かと世話を焼いている。少し距離を置いて後をつけているディーンとグレンはなかなかやるなとヨークに感心していた。

 映画が終わっても、ポップコーンは残っている。袋に入れてもらったポップコーンは各自持ち帰ることになった。

「俺たちの店に寄っていくか?」

 そう声をかけたのはジオだ。ヨークが一瞬むっとしたのを見て、ロンが付け加える。

「この余ったポップコーンを使ったスイーツを作ってみようと思うんだが」

 これにマイルドが喜んで返事をしてしまったので、ヨークは慌てて笑顔になって「行きます」と口に出した。ジオは内心ほくそ笑み、後ろを歩いているディーンたちに向かって親指を下に突き出した。ディーンが顔を顰めたのを見て、グレンが慌ててロンに無言でアピールする。気付いたロンが、ジオの指を見て苦笑しジオの肩を叩いて耳元で囁いた。自分のやっていたことを理解したジオが、慌ててディーンを振り返って手を合わせ、今度はちゃんと親指を上に立てた。ディーンは苦笑して頷きを返した。幸い、ヨークはこの一連の流れに気がつかず、マイルドに夢中であった。

 実は映画後、トイレ休憩のタイミングでGarden Spiritsの面々はチャットをしていた。

「ヨークには何も憑依してなさそうだな」

 ジオの書き込みにグレンが返した。

「とすると、ヨークの狙いはアルフか?」

「いや、アルフが来ることはデートに誘った時点では分からなかったことだろ。それに、それだとマイルドちゃんにしつこく迫る理由もないし」

 ロンの返答に、グレンが確かになと相槌を打つ。

「突然行動が変化したことを考えると、暗示と見るのが妥当かもしれないね」

 そう言ったのはディーンだ。

「暗示? あの『あなたはだんだん眠くなる』ってやつか?」

「うん。もっといえば洗脳かな。まあ俺たちの専門とはちょっと違うけど、まだ初期段階のようだし放置するのもちょっと」

 グレンの疑問に答えたディーンは、そのまま続けた。

「知り合いに専門家がいるからあとはその人に任せるとして、まずは店に連れてきてくれるかな」

 了解、と返したジオは全員が揃ったところで、店へ来るかを聞いたのだった。


 店に到着した一行は、ロンとジオを除いて店内でくつろいだ。ディーンとグレンは後をつけていたことがバレないようにバックヤードに引っ込み、監視カメラで様子を見守っている。そして、バックヤードにはもう一人、新たな客人が到着していた。ディーンの知り合いである精神科医だ。

 ロンとジオは出かける前に準備しておいたアフタヌーンティーセットをセットし、ワゴンで運んだ。ジオがテーブルにサーブしていく。アルフは厨房へと戻っていくロンの後ろ姿をキラキラとした瞳で見つめており、その様子にディーンとグレンはバックヤードでニヤニヤしていた。

 皿に盛られた品々をみて、ヨークの喉がゴクリと鳴った。

「じゃあみなさん、召し上がれ」

 ジオの声掛けを合図に、ヨークが恐る恐る最下段にある一口サンドイッチへ手を伸ばす。口へ放り込み、目を見開いた。

「うまい……!」

 ヨークはそこから猛烈な勢いで夢中になって順に食べていった。マイルドとアルフはカロリーオーバーなどにならないよう、アフタヌーンティーセットではなくあっさりしたコンポートのみだったが、ヨークがあまりに美味しそうに食べるので、ジオは少しずつ二人にサーブしたのだった。

 5分ほどして、ロンがトレイを持って戻ってきた。トレイの上には、素焼き風の白い陶器で丸みを帯びたプリンカップが3つ載っている。

 ロンがマイルドたちそれぞれにサーブした。器の中には、クリーム色でやわらかくツノのたったクリームの上にポップコーンが数個乗っている。

「わあ……! すごく綺麗だしオシャレ!」

 マイルドとアルフは写真を撮ってインスタグラムにあげている。ヨークは手に取らず、マジマジと器を眺めている。そのうちにマイルドが食べ始めた。

「んーっ! 美味しい! ポップコーンの塩味がプリン味のクリームと合わさって、すっごく美味しいよ!」

 まだ口に入れていなかったアルフは、マイルドの気迫に押されつつ恐る恐る口に入れる。一口食べて、アルフも目を見開いた。

「ねっ! すっごく美味しいよね!」

 アルフは無言で縦に激しく首を振った。

 一方のヨークはというと、二人の様子を見てようやくスプーンを手に取り、口へ運んだ。一口味わうと、そのまま黙々と食べ続け、30秒もしないうちに皿は空になった。そして、ヨークはそのまま黙り込んでしまった。心なしか落ち込んでいるようである。

 しばらくして、食べ終えたマイルドがお手洗いへと向かったのを見計らい、ジオが柔らかい声でヨークに問いかけた。

「口に合わなかったかな」

 ヨークは慌てて顔をはっとあげ、首を横に振る。

「いえ! 滅相もありません! とても美味しかったです。とても……」

 そしてヨークはぽつりと呟いた。

「こんなに美味しいスイーツを作れる人に、勝てるわけがないですよ……」

 テーブルに沈黙が流れた。ロンは小さく息をつくと、口火を切った。

「なあ、マイルドちゃんのどこが好きなんだ?」

 ヨークが飲んでいたコーヒーを吹き出してむせた。ロンの横に座っているアルフは不安そうにロンを見つめる。

「そ、そりゃあ、あの天使のような笑顔や優しさを好きにならない人などいないでしょう」

「そうですか」

 ロンが聞いた割には興味のない返事をするので、ヨークは困惑した。

「あなたは、彼女のことが好きなのではないのですか」

「恋愛対象かどうかという意味で言えば、違う」

 ロンの返事に、アルフは胸を撫で下ろした。一方のジオは驚いた声を出す。

「え? 違うの? 俺はてっきりロンもあの子のことを好きなんだと思ってたよ」

 バックヤードではグレンも俺もそう思ってた、と呟いている。

「人見知りなのによく気にかけてるなと思ってたから……」

 ジオの困惑した声に、ロンは目を伏せため息をついた。

「親戚なんだ」

「「「えええーっ」」」

 ヨーク、ジオ、アルフの声が重なった。バックヤードでもグレンが声をあげていた。グレンはディーンが驚いた様子を見せないので、お前知ってたのかと問いただす。

「まあ、二人が最初に顔合わせてた時に聞いたよ。知り合いかって」

「おいおい、教えておいてくれよ」

「個人的な事情だし、俺から勝手に話すのはちょっとね。でも、もういいかな。ロンは事情があって家族と縁を切って暮らしているんだ。でも心配したロンの家族が、ちょうどバンコクにいるマイルドちゃんに様子を見に行って欲しいと頼んでいるらしい」

「事情って?」

「時が来たら本人から言うだろうし俺からは言わないよ」

 グレンはディーンがそれ以上口を割らないことを察し、追求をやめて監視カメラ画面に集中することにした。

 ちょうどその頃、店内ではロンに聞かれたヨークが、マイルドを好きになったきっかけを答えていた。もともと可愛いなとは思っていたけれど、落ち込んでいた時に慰められて惚れてしまったという。でもアタックする勇気は出ず、影から思い続けていたのだそうだ。

「じゃあ、もうひとつ。最近になってアタックしようと思ったのはなんでだ?」

 ロンの質問にヨークははて、と首を傾げた。沈黙が続いたのち、ヨークはゆっくり喋り始めた。そこへ、そろりとマイルドが戻ってきているのが反対側に腰掛けていたジオたちの目に映った。

「誰かに、マイルドは君に好意があるはずだって言われた気がする……ってうわぁ!」

「ごめんなさい……微妙なタイミングで戻ってきてしまって」

 ヨークの気持ちはどうやら本物らしい。ヨークは口をパクパクさせ顔を真っ赤に染め、固まってしまっていた。マイルドは申し訳なさそうに続ける。

「ごめんなさい……。私、好きな人がいるんです」

「それは……」

「ダオさんです」

 アルフとヨークは目を見開いた。

「誰……?」

 ジオがアルフを突き、小声で尋ねる。

「同じ演技教室の先輩で、女性です。すごく綺麗な方で。僕もダオ先輩はかっこよくて綺麗な女性だと思います」

 なるほど、とジオたちは大きく頷いた。ヨークは項垂れている。

「ということは、君は……レズビアンなのか」

 ヨークの呟きに、マイルドは沈黙を返した。

「そうか……」

 ヨークは再度呟いて、大きく息を吐いた。心なしか、表情は晴れやかである。

「まだ整理はつかないけど……。ひとまず君の気持ちはわかったよ。迷惑をかけたみたいでごめんね」

 ヨークはそう言いつつ頭を下げ、立ち上がった。

「僕は先に帰るね」

 それからヨークは振り返らず、まっすぐ背を伸ばして店を出て行った。

 店内には静まりかえっていた。沈黙を破ったのは今度はアルフだった。

「マイルドちゃん、ダオさんが好きだったんだね」

「はい……。でも、自分がレズビアンかどうかは分かりません。将来はもしかしたら男性を好きになることもあるのかもしれないし」

「パンセクシュアルまたはバイセクシュアルということか」

 ロンの確認にマイルドは一つ頷いて、続けた。

「たぶん、そうなんだと思います。でも、自分でもよく分かりません。はっきり分けなくてもいいのかなって思ってます。決めつけちゃうと、そこに囚われてしまう気がするから」

「まあ、性はグラデーションだし、まだ高校生だもんな……」

 ジオたちは各々考え込みながら頷いた。同性愛者なら、おそらく好きになる性別が変わることはないだろうということでヨークは諦めたようだが、彼女は好きになる条件として性別を気にしないパンセクシュアルなのか、男性か女性を好きになるバイセクシュアルなのかがまだわからないということだ。マイルドはまだ高校生で、恋愛経験も乏しい。確かに今、早急に結論を出すようなことではないだろう。

「それに、今は仕事と勉強の方が大事なんです。だから、お気遣いとか、大丈夫なので!」

 アルフに向かって力強くそう言うマイルドに、アルフは微笑んだ。

「うん。わかった」

 そして、アルフはマイルドとハグを交わした。

「大事なこと、話してくれてありがとうね」

 アルフの言葉に、マイルドは顔を歪めた。一寸の間、ぎゅっと目をつぶって涙を堪える。ジオとロンも二人を包むようにハグの輪に加わり、優しく暖かな時間が流れていった。

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