Backyard & Patrol

 午後3時。ピークを過ぎたものの、未だ賑わう店内に緊張が走っていた。押しの強い客に接客の苦手なロンが絡まれてしまったのである。

 腕を掴まれ一気に顔が強張ったロンに、ジオとグレンは慌ててフォローに入る。

「お客様、続きは私から説明いたします」

 ジオが説明を引き継ぎ、さりげなく客の手をロンの腕から引き剥がす。グレンはロンを連れて急足で厨房へ戻った。

「すまん、なかなか抜け出せなくてな」

「なんなんだ、あの客は……! ここはホストクラブじゃないんだぞ……!」

 顔を顰め小声で文句を言いつつ、ロンは掴まれた腕をさすった。

「憑依されてもいないのに、ああいうことをする客は本当にいるんだな」

 ちょっと感心したかのようにつぶやいたグレンをロンは睨んだ。


 午後5時過ぎ。ミルクティ色の長い髪をハーフアップにした少女が来店した。高校一年生のマイルドである。昨年からアルフと同じ演技教室に所属しており、アルフ経由で店に通い始めた常連客だ。

「お、マイルドちゃんいらっしゃい」

 たまたまカウンターに出ていたグレンはニコニコとオーダーを受ける。

「こんにちは、グレンさん。ホットのカフェラテを一つください!」

「はいよ。ケーキはどう? 今日はガトーショコラがおすすめだよ」

「んんー! 美味しそう! でも今、ダイエット中なんですよねえ。あ、ジオさん、こんにちは!」

 客席から戻ってきたジオは微笑んだ。マイルドの様子を嬉しそうに見守っている。

「ダイエット中ならこっちがおすすめだ」

 厨房からロンまでもが出てきて、プリンを取り出した。接客が苦手なロンだが、無愛想ながらもマイルドを見る目は優しい。

「ロンさん、こんにちは! ありがとうございます。じゃあ、プリンをお願いします!」

「まいどあり」

 グレンが会計している間に、ロンがプリンを、ジオがカフェラテをトレイに載せる。手渡しするのはジオである。

「ごゆっくりどうぞ」

 ジオの明るい声にマイルドは会釈を返し、適当な席へ向かった。彼女の背中を見送るジオの明らかに喜んでいる様子に、グレンはにやついた。ロンもジオを見遣って苦笑を漏らし、厨房へ戻っていく。

「……前世でどんな徳を積んだらあんなに可愛くなれるんだろうな……」

 そうしみじみ呟いたジオに、グレンはたまらず吹き出した。ニヤニヤ笑いながらそうだな、と返し厨房に引っ込む。ディーンが客席から戻ってきて、ジオに小声で話しかけた。

「ジオ、その気持ちはわかるけど、他の客もいるから気をつけてね。あの子は芸能人だし、俺たちが余計な敵を作るわけにもいかないから」

 はっとしてジオの顔が引き締まった。

「そうだよな……ありがとう、ディーン」

 ディーンはにっこり笑うと、ジオの肩を叩いて頷いた。


 午後6時。ジオは最後の客を見送り、ドアにかかった札をCLOSEへ裏返した。

 ジオが店へ戻ると、バックヤード内のミーティングスペースに全員が集まっていた。

「みんな、今日もありがとう。今日は厄介なお客さんがいたようだけど、うまく対応してくれて助かったよ」

 ディーンが壁にかかったディスプレイを操作しながら全員を見渡すと、ジオが俺も、と口を開いた。

「みんなのおかげであのお客さんに集中できたよ、ありがとう。あ、そういえば。ロンの動画とか写真はSNSにあげないようにお願いしといたから」

「よく聞いてくれたな?」

 グレンの意外そうな声に、ジオは苦笑した。

「ちょっと話を盛っただけだよ。別れた恐い元カノに追いかけられてるからって。そう言っておけば、ああいう振る舞いでも納得してもらいやすいし」

「まあ当たらずとも遠からずだしな」

 ディーンとグレンは納得したように頷いた。ロンもほっとした様子である。

「今月の売り上げだけど、ジオのおかげで好調だよ。SNSで話題が盛り上がってる」

 ディスプレイに売り上げとSNSの画面が表示されると、ジオの表情が少し曇った。

 ジオの姿と共にハッシュタグGardenSpiritsのイケメン、爽やかでかっこいい、などと書き込まれた投稿は多くのいいねを獲得しており、反響の高さを伺わせる。

 浮かない顔のジオに、グレンは苦笑してジオの膝を叩き、頷いて見せた。

「お前の価値はべつに見た目だけじゃないぞ。お前の見た目は確かに女にモテるだろうが、俺は知ってる。お前の一番いいところは誠実なところだって。みんなもそうだよな?」

 グレンの言葉に、ディーンとロンも頷いて見せる。

「……ありがとう」

 眉を下げて笑んだジオに、皆が彼の肩を優しく叩いた。

 ジオの表情が多少明るくなったのを確認し、ディーンはパンと手を叩いた。

「よし、じゃあ裏の報告会を始めよう」

 全員の顔がキリリと引き締まり、ミーティングルームには打って変わって緊張感が漂う。

「まずはパトロール報告。昨日は俺とグレンで東地区を見回って、水路含め異常は特になし。それから、昨日報告もらってた3番の結界破損は修復しておいたよ」

 ジオとロンがうなずく。

「協会からの知らせも今日は特にないから、ミーティングはこれで終わりだな。何か他に共有事項ある人はいる?」

 全員が首を横に振ったのを確認し、ディーンは解散を告げた。


 全員で店を片付けたのち、ジオとロンは南側のパトロール担当地区へ向かった。繁華街近くにある建物の屋上だ。そこからちょうど大型のクリスマスツリーが華々しく彩られている様子が見える。周囲の繁華街ビルの方が背は高いのだが、人目につかない場所は少ない。馴染みの警備員に挨拶して、屋上に登った彼らは早速仕事に取り掛かった。

 ロンは吹き抜ける風をかき集めるイメージで腕を軽く広げ、ゆっくり持ち上げる。そのまま目を閉じ、神経を研ぎ澄ませて風の流れを感じることに集中する。

 一方ジオは指笛を鳴らし、使役している犬の精霊たちを呼び出した。

「いつもの場所を見回ってきてくれ」

 ジオの使役精霊たちは30分ほどで戻ってきた。同じ頃、ロンも目を開けて腕を下ろした。

「よしよし、いい子だ。ご褒美あげるよ」

 ジオは彼らを撫でたり顎を掻いてやったりしながら、一体ずつを与える。精霊の糧は生命力であるが、ジオたちが自身の体から生命力を分け与えるわけにもいかないため、大体は果物や花、野菜などを代わりに使う。流石にそういったものを大量に持ち歩いているように見えると怪しまれるため、ジオたちはいつもカモフラージュのため工具などをしまっておくような鞄に入れて持ってきている。まあ喜捨すると言えば誤魔化しが効かないこともないが。ちなみに工具も入っている。

 ロンも自身を加護している風の精霊に花を供えた。手のひらの上に載せた花びらが宙に舞い、消えていく。

「11番が来週あたりに補修したほうが良さそうだ」

 ロンの言葉に、ジオは頷いてメモを取る。

「俺の方は特にそういう兆候はなかったから、これで終わりかな」

 ジオたちは立ち上がり、ビルを後にした。

 店へ戻る道すがら、あるアパートの前でロンは妙な気配を感じ立ち止まった。ロンはアパートを見上げる。隣を歩いていたジオは、立ち止まりアパートを見上げるロンをみて自身もアパートを見上げた。しかし、ジオは怪しい気配を感じられず首をかしげた。しばらくして、ロンは視線を戻した。

「どうした?」

 ジオの声がけに、ロンはいや、と首をふる。

「気のせいかもしれない」

 ふうん、とジオは返し、二人は再び夜道を歩き始めた。

 二人が歩き去ってしばらくののち、アパートの影が怪しく揺らめいた。手招きのように揺れるそれはひた、と動きを止める。整った容姿の青年が一人、アパートへ近づいてくる。欧米系の血が混じっていると思われる整った顔立ちに、バランスの整った背格好をしている。青年の影はアパートの影と交わった。そして青年がロビーに入ると、ロビーの灯に照らされ影ができた。青年は何事もなかったかのように階段を登っていく。そして部屋の扉を開け、玄関の明かりをつける。青年の影が廊下に差した。青年は部屋の中へと入り、扉が閉まっていく。廊下へ差した影が徐々に細くなっていき、最後の数センチ。怪しく揺れ、すうっと部屋の中へと影は吸い込まれていった。


 土曜日。午前7時。その日、開店時刻になっても出勤してこないロンの代わりにディーンは厨房とカウンターを行き来していた。客が途切れた隙に電話をかけるのはジオである。そうして開店30分後、8時には出勤するというロンからのメッセージが全員の携帯に送られてきた。どうやら今起きたらしい、と誤字のあるメッセージを読み解いたジオはやれやれと首を横に振った。

 その頃、寝坊したロンは急いでシャワーを浴び、タオルドライもそこそこに髭をそっていた。そこへ、やや緩慢な動きでのっそりと眠たそうな目を擦り、アルフがやってきた。

「ごめん、ロンさん……」

「いや。それより、お前が遅いのは珍しいな。体調でも悪いか?」

 ロンは自分より頭ひとつ分ほど高いアルフのおでこに手を伸ばす。

「んー……。最近、撮影が遅くまであるから疲れが溜まってるのかも」

「熱は無いみたいだが……あんまり無理するなよ?」

 アルフはふわりと笑って頷いた。ロンはアルフに尻尾が見えるようだと思った。

 遅刻したロンが店に着くと、グレンが厨房で汗だくになっていた。

「悪い、遅くなった」

「ああ。3番目のオーダーのAセット2つ頼む。それと、ピークの準備が全然できてない」

「わかった」

 厨房のスピードが上がり、カウンターのスピードも徐々に通常通りに戻っていく。そうして客足が落ち着いたのは、いつもより30分ほど遅い時間となった。客足が落ち着いたと言ってもピークの準備ができていないため、ジオたちはいつもよりもずっと忙しく働き続けている。だから、彼らは気付かなかった。あの老婦人の元に影が伸びたことに……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る