姿の見えない幽霊と深夜にデートするという理由(わけ)にもいかずに。

ぴこたんすたー

第1話 見えないのに聞こえる音

 高校三年の春、僕らはいつものように学校生活を楽しんでいた。


 僕の名前は森野矢桔津平もりのやきっぺい

 髪は首まで伸ばしていて、顔はそこそこ、背丈も百七十と普通の男子高校生だ。


「おい、桔津平。こんな怖い話を知っているか?」


 木漏れ日がポカポカとした昼休み、近所でも悪大将で有名なスポーツ刈りのガリちゃん(本名、臥竜がりゅう)が僕に話を持ちかけた。


「さっちゃんっていうバナナが好きな少女がいて、大好きなバナナを半分しか食べられなかった話」


 これは懐かしい記憶が出てきた。

 小学校の音楽の授業の時、童謡として歌った楽曲だ。


 あの音楽の発表会の時、ガリちゃんはリコーダーを忘れたと言って女子の笛を借りようとしたな。

 ガリちゃん、小学の時から変態だったなあ。


「やーね。男子ってまたそんな話をしてるわけ?」


 近くの席にいたクラスメイトの三つ編みの少女が話に絡んでくる。


「なっ、谷中やなか、何か文句でもあるんか」

「ありありよ。クラスの女子がビビってるわよ。ここでそんな話しないでよね」

「じゃあどこがいいんだよ?」

「職員室の廊下の前」

「そんな所にいたら先公に説教を食らうじゃんか」

「きゃははっ、ウケるw」


 谷中がお腹を抱えてひとしきり笑い、僕の耳元に小声で話しかける。


「ほら、吉津平、あんなヤツの言葉なんて聞き流して。いつもホラばかり吐いているだけだから」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、自販機の缶ジュース一本おごりね」

「金取るのかよ」

「裁判官も将来のためのお金が必要なのよ」


 裁判かん?

 おでん缶に続き、新しい缶の材質だろうか。


 谷中は何を言っているのだろう。

 たまにこの子の発言が分からないことがある。


 僕らは学校生活を楽しんでいた。

 あんな日が来るまでは……。


****


 深夜2時、寝静まった我が家の室内。


「ワンワン!」

「ワンワン、ワオーン!」


 外から近所のペットの犬たちがこれでもかと狂ったように喚き出す。


 ワオーンと雄叫びを上げる犬っころは何だ?

 得体の知れない宇宙人でも召喚するのか?


「また今日もこの時間が始まったか……」


 犬たちの声に目を覚ました僕はいつものように目を閉じて寝たふりを決め込む。

 

 僕の目に見えないヤツは今日もこの家にやって来る。

 僕は布団を奥まで被り、何かあった時の臨戦体勢に備えた。


 そんなことも相手はいざ知らず、今日も木の床を軋ませ、ゆっくりと僕の前へ挨拶がわりに近づき……。


『ミシッ、ミシッ……』


 最初は冗談かと思っていた。

 僕は夢の続きを見ているのかと……。


 だけど、その音は段々と僕の方へと近づき、僕の布団の周りをグルグルと回るのだ。 


 その音は毎晩決まって夜中の2時。

 犬たちの叫びから始まり、小一時間ほど僕の家の床を踏み鳴らす。

 雨の日はピチャッピチャッと音を立てて……。


 ようするに幽霊という代物だ。


「──何なんだよ、新商品のセールスなら他でやってくれるか?」

『ミシッ……』


 意を決して布団から跳ね飛び、寝ている両親を起こさないように心から声を振り絞る。

 すると、その発信源への僕の言葉にピタリと止む足音。


「そうだ。人様の眠りの邪魔をするわけにはいかないだろ。これからは外で犬どもと戯れてくれないか?」

『ミシッ、ミシッ……』


 再び聞こえ出す陽気な性格の足音。


「タダとは言わないさ。今ならうまい棒のバーベキュー味をあげるからさ」

『ミシッ、ミシッ……』

「そうそう。幽霊のお前さんにも分かるんだな。ああ、バーベキューのきゅう太郎ときたもんさ」

『ミシッ、ミシッ……』

「最近は値上げしたからな。今なら無料で十本を特別サービスだ」

『ミシッ、ミシッ……』


 駄目だ、僕の渾身のネタさえも相手には通じない。

 そもそもどうしてこうなったのか。


 僕は枕元に置いてあった一本のバナナのイラストを手に取り、ため息をつく。

 全てはガリちゃんが昼に喋ったあの夜からこんな目に遭うようになったのだ。


 あの話を聞いたら、バナナのイラストを枕元に置かないとさっちゃんから祟りがあると……。


「ガリちゃん、さっちゃんが好物だったバナナの絵を描いても意味ないじゃないか……」

『ミシッ、ミシッ……』


 困惑する僕を裏目にグルグルと回る足音。

 どうやらその場でお祭り騒ぎがしたいらしい。


「こうなったら霊に詳しい保健室のマドンナに相談してみるか」


 僕は布団に潜り込み、足音対策に耳栓で耳を塞ぎながら、深い眠りの底へと沈んでいった……。


****


 次の日の昼休み。


「そうなの。それは大変だったわね」


 白衣を身に包み、それなりにある胸を強調させながらも、僕の相談に乗ってくれる。

 栗色のショートボブから程よい香りがする別名保健室のマドンナ。

 同級生とは違い、大人の色気を漂わす二十代後半になる美人女性。


 保健室の担当をしているこのマドンナは、この学校の様々な男たちを釘付けにしてきた。

 僕もその色気に引っかかった一人でもある。


「で、どこが痛いのかしら?」

「わざとやってますよね。木村先生?」

「あははっ、冗談よ。所で話しって何だっけ?」

「やっぱり聞いてなかったじゃないですか」

「あちゃー、見抜かれちゃったわw」 


「……じゃあ、描いてみてよ」


 木村先生が腰を屈ませ、際どい胸のラインを見せつけながら、僕に一枚の紙を突きつける。


「先生をモデルにですか?」

「違うわよ。その足音の聞こえてくる様子を描いてみて」


 僕は先生に言われた通りに渡されたコピー紙に鉛筆を走らせた。

 自身に起こっている出来事を知らせるために……。


****


「ふーん。そう言うことね」


 木村先生が足音が聞こえてくる場所を描いた模様の紙とにらめっこする。


「つまり、夜中の二時から始まって、台所辺りから聞こえてくるのね」

「はい」

「それで最終的には君の周りをクルクル回るのね」

「そうなんです。まるで僕に用事があるかのように」

「悪霊の疑いかと睨んでいたけどそうでもなさそうね。最近、何かあった?」

「あったって言われても興味本意で友達と学校の近くのオンボロ屋敷を探索したくらいしか……」

「それだわ! その話、詳しく聞かせて!」


 木村先生が興奮しながら体ごと乗り出してくる。

 いつもは大人びた先生もこの時ばかりは同世代のような幼さ顔に動揺する。


 僕は先生の魅惑にいささか緊張しながらもおどおどと話し始めた。

 

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