А.а 始まり - 06
「ありがとう、フィロ。今までのところで、そうですね、ざっと三ヵ月は過ぎたでしょうか。二年分しっかりありますので、皆様、全部お聞きになりますか?」
唖然として口を開けている全員からの返事はない。
「では、最初の三ヵ月で、「友人」 と名乗るような関係や、または、その立場を築いた生徒の名は、上がってきたようには思えないのですが?」
「もちろんです、マスター。マスターのご友人であれば、私が忘れるはずもございません」
「そうですね。では、最初の三ヵ月で、一体、いつ、どこで、私がそちらにいらっしゃる男爵令嬢に近づいて、そして、痛めつけ、イジメた――でしたか?」
「そ――そんなの……! ――最初じゃないわよっ。最後の方じゃないっ」
「最後の方? では、今年ですか? それはいつでしょう?」
「いつ――って……、そんなの覚えてないわよっ」
「なぜです?先程、廊下で突き飛ばされた、制服を破られた、物を隠された、階段でドつかれた、とおっしゃっていましたよね? では、正確な日付けを覚えていなかったとしても、いつくらいに起きた出来事だったのかは、ご存じではありませんの?」
「そ……そんなの、最後のほうじゃない。わたくしは、あなたのことなど、知らなかったんですからっ」
「そうですか。では、最後の方で――という過程で話を進めてみますと――フィロ?」
「はい、マスター。先程上がっていた、廊下で突き飛ばされた――らしき事件で、クロッグ男爵令嬢が、廊下で騒いでいた日付けは、日記に書かれております」
「そうですか。いつですか?」
セシルの付き人の少年は、ペラペラと分厚い日記帳をめくりながら、お目当てのページを見つけたらしく、
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4月26日、月曜日、午後の授業を済ませ、マスターは下校の準備をなさる。
廊下に出ていくと、小柄な女生徒がマスターめがけて突進してきた。
敵と判断した私は、マスターの前でマスターを護衛し、その女性徒がマスターにぶつかる手前で動きを制止。
左腕を掴み反転させ、そのまま前に押し返す。
廊下を走っては危険でしょう、とマスターが心配なさり、その女性徒に優しい親切な忠告をなさった。
なぜかは分らないが、その女性徒はいきなり
このような意味不明な行動を取る女性徒など見たこともないが、それでも、マスターを害とみなすような行為は奨励できない。
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「――以上が、廊下であったかもしれない事件のあらましになります」
「ああ、そのようなこともあったかもしれませんね。私の記憶にはなかったものですから、本当に、フィロは記憶覚えが良いのですね」
「ありがとうございます、マスター。その状況下、マスターに下手な容疑がかかることを懸念しまして、私は、その場にいた周囲の生徒達からの証言も、いただいております」
「まあ、そうですか。本当にフィロは気が付く、とても有能な付き人ですね」
ほほほ、と穏やかに微笑んでいるセシルに、丁寧なお辞儀をする付き人の少年である。
それから、ゴソゴソと、荷車の積み上げられている紙の山からなにかを引き抜いて、セシルに手渡した。
「これは、あの場にいた生徒達の証言を取った証明書でございます、マスター。この記録によると、
“とある女生徒が勢いをつけて廊下を走りこんできて、小さな付き人の少年に腕を取られ、ただ走っていた向きを変えられた”
――と書かれております。生徒の名前も、全部、揃っておりますので、もう一度、ご確認なされますか?」
「いいえ、その必要はありません。わざわざと、そのような過去の――些末な出来事で、せっかくの卒業式に出席されている方々の時間を潰してしまうのは、心苦しいですわ」
だが、この二人の会話を聞いていた数人の生徒が唖然としたまま――まさか、あの時の証言が、今、使われてるなんてっ! ――さらに驚愕を深くしてしまっていたことなど、セシルも付き人の少年も全く気にも留めない。
「それから、そうですね……。――ああ、あった、これかもしれません」
制服を破られた、というような事件は、9月9日金曜日のようだ。
なぜかは知らないが、ボロボロの制服で、次の授業でクラスを移動していたマスターの前で、またも突進してきたかと思えば、その場で大泣きしだした、と書かれている。
その場で、周囲にいた生徒達からの証言は取ってある。
「物を隠された? マスターの物がなくなる事件が何度もございましたが、そちらのご令嬢が、マスターの前で物を隠された、と叫び上げたことはありません。ですが、どうやら、マスターのいない場で、その騒ぎを起こし、マスターに濡れ衣がきせられたようです」
それは、6月15日水曜日。
だが、物を盗られた、または物を隠されたとの証言で、何が隠されたかは周囲の生徒達も不確かだったようだ。
「もし、6月15日が犯行の日にちであれば、その日、マスターは伯爵家の私用があり、学園を休んでおります。到底、犯行を行うのは、現実的に言っても無理があります」
「そんなの――仲間に頼んだのに決まってるじゃないっ」
「では、仲間とは、一体、どなたなのですか? 私は、この学園で「友人」 とおぼしき関係を作ったこともありませんし、「仲間」 というような立場の生徒も知りません」
一人きりで行動することは稀である、と話したが、根本的に、セシルは、セシルの付き人以外、滅多に人によりつかない。
大抵は図書室か、または、専門学の先生方から教えを請いてもらっている以外、セシルは、学園内に「知り合い」 と呼べる間柄の生徒はいないのだ。
「図書室では、事務官や図書管理人、または、その場にいた生徒達の証明がありますので、よろしければお見せいたしますよ?」
専門学の先生がたも同じ理由だ。
「教室の移動以外はあまり動き回ることもありませんし、私が一人きり――になり、悪事を働く――などという機会が、私にはなかったように思えるのですが? 一体、どのようにして、男爵令嬢の方が責めるような悪事やイジメができたのか、もう少し、詳しく、お話を聞かせていただけませんか?」
スラスラと、止まることなく流れるように、全部の全部が証明されて、証拠が挙がって、一切、対抗できないリナエの口が、パクパクと動いている。
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