第23話 信頼

侑子さんが入院して以来、彩葉ちゃんの帰宅は22時を回る日々が続いていた。


わたしにできることは、疲れて帰ってくる彩葉ちゃんをサポートすることくらいしかないことにモヤモヤはある。

それでも彩葉ちゃんが、わたしがいる家に帰ってくるのが嬉しいと言ってくれるから、出迎えてあげることを最優先する。


最近の彩葉ちゃんは、一緒にお風呂に入りたいと強請ることが多くて、一緒に入っている。肌を触れ合わせて湯船に浸かるだけのスキンシップだったけど、甘えてくれることは嬉しかった。


彩葉ちゃんに無理はしないで、と言葉を掛けたいけれど、無理をしなければ小さな会社は成り行かなくなる。だから、お母さんの入院中は、彩葉ちゃんは頑張ろうと必死なのだ。


わたしと一緒に働いていた頃の彩葉ちゃんの仕事と、今の仕事は恐らく全然違うものだろう。


彩葉ちゃんは家ではわたしに甘えることが多いけれど、仕事に対しては努力家だから、一人で抱え込んでしまわないかと心配な所はある。


分からないなりに、彩葉ちゃんに仕事の話を聞くようにしようとは考えるようになった。





侑子さんの手術が済んで、1月もしない内に退院して、しばらくは自宅療養となった。


体力も落ちているのですぐに仕事復帰は難しく、治療もまだ継続している部分もあると聞いている。今時間を掛けないと直るものも直らなくなるので、その意見には賛成だったけど、半面彩葉ちゃんの負担がまだ軽くならないことを示していた。


侑子さんの世話は美波さんがするにはなっていたけど、美波さんも侑子さんの仕事を一部引き受けていて忙しい身なのは違いなかった。だからこそ平日は夕食の準備を手伝うと今は週に二回仕事が終わってから、彩葉ちゃんの実家に向かうようになっていた。


「こんな風に心和さんに世話をしてもらうって、本当に彩葉に嫁ができたって思えて楽しいわ」


寝てばかりいたら体が鈍ると、侑子さんは起きてきていて、ダイニングチェアに座りながら新聞を捲っている。


「わたしより彩葉ちゃんの方が家事は上手ですよ」


「彩葉は美波に仕込まれていたからね。美波の目指すお淑やかな娘にはならなかったけど」


「元気で真っ直ぐなのが彩葉ちゃんの魅力ですから」


「ありがとう。そう言って貰える相手を見つけられた彩葉は幸せね。でも、正直に言うと彩葉が女性しか愛せないことに対しては後ろめたさがあったの。ワタシたちが彩葉に枷をつけてしまったんじゃないかって思ったりね」


「侑子さん……」


確かに環境がそうだからと言われれば、否定できる要素がない。


「彩葉には男性を愛して普通の家庭を築く可能性もあったのに、ワタシたちがいたから女性しか求められなくなったんじゃないかって美波とよく話をしたりね」


「彩葉ちゃんは自分が選んだだけだって言うと思います。でも、今更その要素を取り除けるわけではないので、誰にもわからないことですね」


「そう。親ってやっぱり子供には幸せになって欲しいの。それなのにワタシは自分が原因で、可能性を狭めた気がしていた。会社を継ぐという重荷と、女性しか愛せないという枷、その二つを彩葉には課してしまったから」


「彩葉ちゃんは今の会社も大好きですし、気にしてないと思います」


「ありがとう、心和さん。彩葉が愛する人を見つけて、あなたも彩葉を特別に思ってくれるようになったことは親として素直に嬉しいわ。あの子は危なっかしい恋愛をよくしていたから」


彩葉ちゃんに以前恋人がいたことは知っていたものの、今まで何度聞いても教えてくれなかった。侑子さんは情報を持っているようだと子細を問う。


「あの子の前の恋人は、ワタシたちには言わなかったけど既婚者だったみたいなの。夢中になると常識もなくなるってところが危なっかしいでしょう?」


「彩葉ちゃんらしいですけどね」


「ほんと。見返りを求めて安らぐことをあの子は知らなかったから、いつかは痛い目見るんじゃないかって思ってたわ。それが心和さんと付き合い始めてから、少し変わったなって思ってる。無謀さは相変わらずだけど、相手を見て、相手と意思を交わし合うことをやっと求められるようになった気がしてる」


「それは彩葉ちゃんだけじゃなくて、わたしもです。わたしは人の愛し方がわからなくて、彩葉ちゃんを傷つけたこともあります。それでも真っ直ぐな彩葉ちゃんを放っておけなくて、今に辿りつきました」


「心和さん、病気をしたからじゃないけど、ワタシも美波もいずれは彩葉を残して先に旅立つことになる。だから彩葉のことお任せします」


侑子さんの落ち着いた声は、わたしにもしっかり届いて、夕食の準備をする手を止めて肯きを返した。


彩葉ちゃんと生きて行く。そのことにわたしはもう迷いはない。

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