第21話 ランチ
弟の結婚式は父親とは一言もしゃべらないまま終わった。余計なことを言われるのではないかという不安も、来賓の対応に両親は忙しくて、わたしのことに構う暇もなかった、が正しいだろう。
心配性の彩葉ちゃんは、結婚式当日もわたしの送り迎えを車でしてくれて、約束通りわたしは彩葉ちゃんとお揃いの指輪をつけて行った。
それからずっと左手に指輪をつけたままにしている。
「それ、お揃いで買ったんですか?」
芳野さんとのランチ会は今も続いていて、定食を注文した後に向かいの芳野さんが目聡く指輪を見つける。
「うん。弟の結婚式に出席するって言ったら、つけて行って欲しいって言われて買ったの」
「それをつけてるってことは、先輩はもう恋人と一緒にいるって決めたってことですか?」
鋭い芳野さんの指摘にちょっとだけ迷ってから肯きを返す。多分、そういうことなのだと納得はしていた。
「人をどうやって好きになればいいのかわからないって言ってたのに、変わりましたよね、先輩」
「そうかな? そんなに変わった自覚はないんだけど……」
彩葉ちゃんを受け入れるか、受け入れないか揺れていたものが少し彩葉ちゃん側に振れただけで、わたし自身が大きく変わった意識は少ない。結局自分が受け入れられたことしか、わたしはできない。
「でも、今誰かに告白されたら、間違いなく断りますよね?」
「恋人がいるんだからそれは当然じゃないの?」
「そうですけど、そう思うようになったのは大きな違いじゃないでしょうか」
「そっか……」
肯きながら左の薬指のリングにわたしは触れる。同じものを彩葉ちゃんもつけている。
それがわたしたちの繋がりに思えて嬉しさがこみ上げてくることはあった。
「自分の気持ちって、結局自分で決めて行くしかないんだよね。直感的な好き嫌いで動ける部分も人にはあるけど、良いところも悪いところも見て、それでも一緒にいたいって思える人を自分で選んで、相手にも選んでもらって、ようやく隣に立つ存在になれる。そのことを今の恋人には教えてもらった気がする」
「先輩、幸せオーラが溢れすぎなんですけど」
「そんなつもりなかったけど……芳野さんだって恋人と仲いいんでしょう? もうつきあい長いし、そろそろ結婚とか考えないの?」
芳野さんの恋人は仕事を通じて知り合った同業者で、芳野さんが一人で飲み会に行くだけでも拗ねてしまうとは聞いていた。
芳野さんは女性としての包容力があるので、それに相手が填まると手放せないというのは何となく想像がつく。
「一緒にいるで満足しちゃってるところはあるので、そういう話は出てないです。でも、ワタシのことはいいですから」
わたしだけしゃべるのはずるいと文句を出したものの、芳野さんはそれ以上は口を割ってくれなかった。
寝る前のリラックスタイムに、今日は芳野さんとランチをしたと何気なく話題に出す。
今も連絡を取り合っているかまでは知らないけれど、彩葉ちゃんも芳野さんとは面識があって、以前は仲が良かったことは知っていた。
「芳野さん、相変わらず恋人と仲良さそうでした?」
「ちゃんとは教えてくれなかったけど、そうみたい。彩葉ちゃんは芳野さんの恋人と会ったことあるの?」
「はい。飲み会の席でお会いしたことはあります」
「どんな人?」
「どんな人、と言われても。明るくて元気な人ですね」
「落ち着いた人が芳野さんには合うかなって思っていたから、なんか意外~」
「すごくいい人ですよ。芳野さんのことが本当に大好きなんだなって話をしてるだけでもわかるような人です」
「彩葉ちゃんみたい。彩葉ちゃんもそうだよね?」
わたしが言うのもだけど、彩葉ちゃんは本当にわたしのことが大好きで、それが周囲にまで漏れ出ている。
そのことを受け入れられるようになったのは最近だけど、独占欲が満たされるところはある。
「……そうです。心和さんが好きすぎるのは仕方ないじゃないですか」
拗ねながらも彩葉ちゃんが体を寄せて来て、そのまま唇を重ね合う。
「心和さん」
「何?」
「芳野さんに私たちのことを打ち明けたら駄目でしょうか?」
「うーん」
流石にそれは即答できなかった。
同性に告白されたと言って芳野さんにアドバイスをもらった時に、芳野さんは偏見なく相談に乗ってくれた。でも、今つきあっている相手があの時相談した相手であることをわたしは言っていない。
「心和さんが望まないのなら、無理に言わなくていいです。ワタシはもう芳野さんに会う機会は作らないとできませんけど、心和さんは職場で毎日のように会われていますし」
「彩葉ちゃんはどうして打ち明けたいの?」
もう会わない間柄なのに、敢えて伝えたいという彩葉ちゃんの心理を問う。
「わたしが心和さんに振られた後に、すごく気を遣って頂いて、慰めてもらったんです。だから、今は大好きな人と一緒にいますってお伝えしたいなって思っただけです」
「そう……」
わたしは一度彩葉ちゃんからの告白を拒否している。それがきっかけで彩葉ちゃんは会社を辞める程落ち込んだ。その中で芳野さんが彩葉ちゃんを慰めてくれていたのは嬉しかった。
あれ?
「どうかしました?」
覗き込んできた彩葉ちゃんはわたしの疑問の意味が分からずに首を傾げている。
「芳野さんって彩葉ちゃんが失恋したこと知っていたんだ」
「はい。落ち込んでいた時に理由を聞かれて伝えました」
整理すると、
わたしは同性から告白を受けて悩んでいると芳野さんに相談した。その結果も芳野さんは知っていて、同じタイミングで彩葉ちゃんが振られたことを知れば、必然と結びつけてしまうものじゃないかと気づく。
「芳野さんってわたしと彩葉ちゃんのこと知ってる?」
「…………ご存知です。今まで言えずにすみません」
恋人ができたと芳野さんに報告した時、芳野さんには相手のことをあまり詳しく聞かなかった。
今更ながらにそのことが思い出されて納得をしてしまう。分かっていたから、言いにくいことを敢えて聞かないでいてくれたのだ。
「そうなんだ……」
どういう顔で明日から芳野さんと顔を合わせようかと迷っていると、落ち着かない表情で彩葉ちゃんがもう一度謝ってくる。
「そんな顔しなくても大丈夫。怒らないから。ちょっとどうしようかなって考えていただけ」
「本当に怒ってないですか?」
「うん。芳野さんが知ってるなら、今度三人で会おうか」
私から声を掛けますと彩葉ちゃんにその件は任せることにする。
それまでは芳野さんと会っても、できるだけ今まで通りで接しようと決めた。
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