温泉編

集められた霊能力者

「都築くん、今週末は金曜が祝日で三連休だけど何か予定ある?」


「特にないです」


 俺はまかない飯のスパゲティを、はぐはぐ食べながら答えた。

 厚切りベーコンは食べ応え抜群! ごろごろのナスとトマトがソースと絡んで最高に美味い! 今日も店長の料理は絶品だ。


「ちょっと遠方から『祓い』の依頼なんだけど、一緒に来れるかな? いつもの時給倍に出張料も追加するから」


「行きます!」


 一日でも早く借金生活から抜け出すため、俺は迷うことなく返事をした。

 店長が行くなら当然店は休み。その間アパートでごろごろしてるくらいなら、荷物持ちでも何でもこき使ってもらおうじゃないか!


 俺はスパゲティをフォークでくるくる巻き取り口へ運ぶ。

 即答に店長は気を良くしたのか、デザートの柿をむきながら笑顔で頷いた。


「良かった。アレクに車を出してもらうよう頼んであるから、金曜の朝七時に店の前に集合ね」


「はいっ!」


「ふふっ、都築くん口の周りがトマトソースでオレンジになってるよ」


 店長が差し出してくれたおしぼりを受け取り、俺は慌てて口元を拭う。


「行儀悪くてすみません……このナポリタンのスパゲティめちゃくちゃ美味しくて、つい夢中で食べちゃってました」


「…………アラビアータのパスタね」


 ものすごーく複雑そうな表情かおで訂正してくる店長に、俺は適当な笑いを浮かべた。ナポリだろうがアラビアだろうが、美味しければそれでいいのだ!


 俺は最後のお楽しみに残しておいた大きめベーコンを幸せいっぱいで頬張った。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




「おはよう、アレク!」


 金曜日の朝、集合時間である七時の十分前。

 店に着いた俺は、アレクが白い車の横に立っているのを見つけて手を振った。着替えなどを突っ込んだ愛用のリュックを背に、アレクへと駆け寄る。


「都築、おは――…っ!?」


 爽やかに返事をしかけたアレクだったが、俺を見て一気に青ざめた。


「アレク?」


 口をポカンと開け、アレクは俺の背後を凝視している。

 あぁ、そういえば……アレクは見るの初めてだったな。


「パトラッシュ、ハウス!」


 俺の声かけに、アレクはさらに目をパチクリさせた。


「そんなに驚かなくても……ちゃんと引っ込んだか?」


「あ、あぁ……いや! そういう事じゃなく! 今のは何なんだ? ただの動物霊には見えなかったぞ……」


 アレクは心配半分、興味半分といった様子で俺の顔を覗き込んでくる。


「えぇ~っと、話せば長くなるんだけど……犬神っていう陰陽系の、一種の式神みたいなモノらしい。色々あって、俺が預かってるんだ」


「…………」


 目を白黒させるアレク……理解が追い付いてないようだ。

 ワイルドイケメンにこんなマヌケな表情かおをさせてしまって、ちょっと心が痛む。


「害はないから心配はいらない……つーか、仲良くしてやってくれ!」


「おはよう、……どうかした?」


 後ろから店長の声がした。

 振り向くと、まだ眠そうな店長が立っている。


「店長、おはようございます。今、アレクにパトラッシュの説明してたんです」


「あぁ、アレクは犬神じたい見るの初めてだろうし驚いたんじゃないかな。まぁ、都築くんにベタ惚れだから悪さはしないと思う、見守ってやって」


 ふあぁ……と、ダルそうに欠伸しつつ説明する店長に、アレクはどこか心配そうな空気を残しつつ頷いた。

 店長はアレクの車に近づき、後部座席のドアを開ける。


「それじゃ、行こうか。混んでなければ車で三時間くらいだ」


「えぇっ!? 三時間!? そんな長距離、アレク大丈夫なのか?」


 想像してたよりずっと遠い……。

 驚く俺に、アレクは二ッと笑った。


「任せとけ!」


 運転席にアレク、助手席に俺、そして後部座席に店長……。

 低血圧の店長は、後部座席に乗り込むなりスヤスヤと気持ち良さそうに寝息を立て始めた。


 ……マジですか。


 いくら気心の知れた仲とはいえ、さすがにちょっと酷い気がする。

 アレクは全く気にせず運転してくれているが、俺は猛烈に申し訳ない気分だった。


 車中、俺は犬神パトラッシュを預かることになった経緯いきさつを話し、アレクは運転しながら興味津々といった様子で聞いていた。

 途中トイレ休憩にと、アレクはサービスエリアに寄ってくれた。

 トイレを済ませた俺は、アレクのためにジンジャーエールと名物の肉まんを買って車に戻る。


「アレク、良かったらこれ食べてくれ。美味そうだから買ってきた」


「いいのか? ありがとう! 都築」


 アレクは嬉しそうに肉まんを頬張る。

 後部座席で店長がもぞもぞ動いた。やっとお目覚めか。


「都築くん、僕のぶんは?」


「店長、ずっと寝てただけでしょう? 買ってくると思いますか?」


 ジト目で睨みつけてやるが、店長はどこ吹く風といった様子で肩を竦めた。

 俺は眠気覚ましとして買ってきた店長の分の缶コーヒーを差し出す。


「これ飲んで、しっかり起きてください……!」


「ありがとう」


 店長はちょっぴり嬉しそうに受け取った。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




「え……ここ?」


 アレクの「到着!」の声で車から降りた俺は、呆気に取られて建物を見上げた。

 目の前のそれは、どこからどう見ても老舗高級旅館……「一泊おいくら万円!?」というようなすごい佇まいだ。


 出迎えに出てきた番頭さんと仲居さんに店長は挨拶し、俺とアレクを紹介してくれた。

 荷物を部屋に運んでおいてくれるという仲居さんに礼を言い、俺たちは番頭さんに案内されて旅館の中を一通り見て回った。


 そういえば、どんな依頼内容なのか店長から何も聞いてないな……。


 昼前に着いたため、ちょうどチェックアウトの混雑も終わって客の姿もない。ゆっくりと風情ある老舗旅館の中を歩いていると、まるで旅行にでも来たような気分だ。


 手入れの行き届いた日本庭園、景色を楽しめる大きな露天風呂、広々とした豪華な客室には高そうな壺や掛け軸が飾られ、各部屋ごとに専用露天風呂までついている……宝くじにでも当たらない限り、俺には一生縁がなさそうな旅館だ。


 最後に、女将さんが待っているという大きな広間へと俺たちは案内された。番頭さんが扉を開き、店長を先頭に大広間へ入った俺たちは驚いた。

 そこには大勢の人がいた。しかも、見るからに一般の客ではない。修験者のような人や、巫女装束の人……様々なの人達がいた。


「橘っ!? それに、十和子さんまでっ!?」


 知ってる顔が二人も!

 橘と十和子さんも驚いたようにこちらへ近づいてきた。


「二人のとこにも依頼が?」


 橘と十和子さんはほぼ同時に頷いた。


「はい、橘家へ正式な依頼をいただきました」


「私にも、お世話になっているテレビ番組の関係者さんを通して依頼がありました」


 全日本霊能力者連盟のトップである橘、そして心霊番組などテレビ出演で有名人の十和子さん……他にも、見るからにすごそうな人達がいる。


 これだけのメンバーを集めて、一体どんな依頼なんだ!?

 というか、全員分の依頼料って……どれくらいなんだろう。

 きっと気が遠くなるような、天文学的数字に違いない。


 俺が目を回しそうになっていると、着物姿の女性がマイクを手に現れた。


「皆さま、お揃いになりましたのでお話を始めさせていただきます。本日は遠方からお集まりいただき、ありがとうございます」


 この人が女将さんか……美人だが、かなり気が強そうだ。


「事前にお送りしたお手紙にも書かせていただいておりますが、……今回の依頼は、逃げ出した座敷童子ざしきわらしの捕獲となります」


 ――…は???

 逃げ出した? 座敷童子???


 あまりに突拍子もない言葉に、俺はポカンと口を開けた。

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