歓待

「おや! あんたさっきの……ずぶ濡れじゃないか、大丈夫か!?」


 村へ戻った俺達は村人の一人にすぐに声をかけられた。


「は、ははは……ちょっと川に落ちちゃって、ケガはないんですが」


「そりゃ大変だねぇ。すぐそこが村のまとめ役の九谷くたにさんの家だから相談したらいい……ついといで」


「ありがとうございますっ!」


 店長の目論見通りだ。

 親切な村人に案内され、俺達は九谷さんという村長の家へお邪魔することができた。




 九谷さんは人の良さそうな穏やかな老夫婦だった。

 奥さんは全身ずぶ濡れの俺のために急いで風呂を用意してくれた。しかも、都会へ出て行ったという息子さんが着ていた服まで着替えに貸してくれたのだ。


「本当に助かりました。ありがとうございます」


 しっかりほっこり温まった俺は、風呂場を出たところで待っていた九谷さんに頭を下げた。


「濡れた服は洗って干しているので、夜までには乾くと思いますよ」


「何から何まで、すみません」


「皆さんはリビングの方でお待ちです。さ、こちらへ……」


 九谷さんの後をついて廊下を歩く。古いが大きな家だ。

 俺は壁に飾ってある絵の前で足をとめた。


 これは――…、花山さんのとこにあったのと同じ絵だ!!

 構図も色合いも何もかも……。


 俺が絵を見ているのに気づいた九谷さんが寂しそうに微笑んだ。


「こんな暗い森の絵なんか飾ってと思われるかも知れませんが、これは昨年亡くなった娘が描いたもので、遺作なんです」


 え……?

 この絵にも霊的なフィルターがかかって暗い森に見えるのか。しかし、これを描いたのが亡くなった娘さんだなんて……一体どういうことなんだろう。


「娘さんは画家だったんですか?」


 俺と九谷さんは話しながら再び歩きだした。


「いえいえ、ほんの趣味で数枚描いただけでした。しかもどれも同じ暗い森の絵ばかりで……この一枚を残して、後は友人に譲ったり画廊の知り合いに引き取ってもらいました」


「そうなんですか……」


 そのうちの一枚が、人の手を渡ってギャラリー花山に来たということか。




 リビングでは、店長、アレク、橘の三人がお茶をいただいていた。

 九谷さんに促されて俺も座る。


「服が乾くのを待っていたら夕方のバスには間に合わないでしょう。今夜はうちにお泊りになりますか?」


「えっ? いいんですか?」


「大したおもてなしも出来ませんが、野宿なさるよりはましかと……」


 九谷さん、本当にいい人だ……。

 俺達四人は改めて九谷さんに頭を下げた。


「お世話になります、よろしくお願いします」




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 今日中に帰るのを諦めた俺達は、四人でぶらぶらと夕方の村を散策していた。

 すれ違う村人は皆穏やかで、挨拶すればどの人も笑顔で返してくれる。どこか懐かしさすら感じる田舎の風景がそこにあった。


 村はずれの人気のない丘についた頃には、もうすっかり日が暮れていた。


「やっぱり、この村はおかしい」


 星が瞬きはじめた空を見上げて呟く店長に、俺は驚いて聞き返す。


「え? どこがですか?」


「都築くん気づかなかった? この村、子供がいないんだよ」


「子供……って、それは過疎だからじゃないんですか?」


「二十代や三十代は男女ともにそこそこいる。なのに、その子供世代が全くいないのはおかしいと思わない?」


「言われてみれば……」


 俺は今日一日村で見た人たちを思い出してみる。確かに大人しかいなかった。

 けど、それが何だって言うんだ?


「あ、そういえば、九谷さんとこの廊下にあった絵、見ました?」


「見た見た! あれはやっぱり花山さんのところにあったのと同じやつだよな?」


 アレクが会話に入ってきた。


「うん、九谷さんの娘さんが亡くなる前に描いたらしい……。俺の目で見ても全く同じ絵だったんだけど……同じものを何枚も描くなんて不思議じゃないか?」


「何か伝えたいことでもあったんでしょうか……」


 橘とアレクは、うーん……と考え込んだ。

 とにかく謎が多い。

 店長はただじっと星空を見上げていた。




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 九谷さんの家に戻った俺達は、夕食をご馳走になった。九谷さんは「大したおもてなしは出来ない」なんて言ってたのに、夕飯は驚くほど豪華だった。野菜の煮物やお浸し、山菜の天ぷらなどなど沢山の皿がテーブルに所狭しと並ぶ。

 その上、店長やアレクにはやたらとビールや日本酒がすすめられ、下戸のアレクは断るのに大変そうだ。


「橘さんは、お一人だけ若そうですね。おいくつなんですか?」


「十六です」


 九谷さんの質問に、芋の煮っころがしをもぐもぐしていた橘は笑顔で答えた。

 高校生なのは知ってたが、十六……高一だったのか。


「ほぅ、お若いのにしっかりしてらっしゃいますね」


「そんな、僕なんかまだまだ……」


 俺達は当たり障りない雑談をしつつ美味しい料理をゆっくりと堪能した。

 しばらくして、ふと九谷さんの姿が見えないことに気づき、俺は奥さんに声をかけた。


「九谷さんは……?」


「今夜、村の集会所で集まりがあるので……その準備に行きました」


「そうなんですか、忙しい日にお邪魔しちゃったんですね……」


「いえいえ、お気になさらず……それより、飲み物やご飯のお代わりは?」


「あー、もうお腹いっぱいです! ちょっとお手洗い借りますね」


 俺は立ち上がり、廊下に出てトイレへ向かう。

 九谷さんだけじゃなく、奥さんもにこにこ良く笑う穏やかな人だ。店長の言うように確かにおかしなところもあるが、実際に接してみれば村の人たちに不信感を抱く気持ちにはなれない。


 トイレを済ませて、急ぐでもなくのんびり廊下を歩いて戻る。

 廊下の小窓から夜風がふわりと流れ込み、綺麗な月が見えた。

 つい足をとめて月を眺める。空気が澄んでるからか、月も星もとても綺麗だ。


「……だから…………、……大丈夫……」


 小声で誰かがボソボソ話す声が聞こえる。

 あまりに小さすぎて、途切れ途切れにしか聞き取れない。

 小窓から庭へ目をやると、九谷さんと知らないおじさんが二人で話している。


「…………十六、……久しぶり…………こども……、……」


 十六? 橘のことだろうか。

 ドクンと鼓動が跳ねた。「この村には子供がいない」という店長の言葉が蘇る。


 なんだろう、急に……なんだか嫌な感じがする。


 俺は音を立てないように早足で部屋へ戻った。

 ドアを開けると店長とアレクが寝転がっている。一見酔いつぶれているようだが、店長はめちゃくちゃ酒に強いんだぞ。しかも、下戸で一滴も飲んでなかったアレクまで……おかしい!

 俺は息をのんだ。


 橘の姿がない!!


 いったい何が――…と思った瞬間、後頭部にガンッ! と強く重い衝撃を受け、電源を落とすように、俺の意識はプツリと途切れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る