不思議な絵画

「ありがとうございました」


 しばらく色々アドバイスをもらっていた橘が姿勢を正し、改めて店長に深々と頭を下げる。

 カバンを手に立ち上がった橘に、俺は慌ててカウンターから声をかけた。


「えっ? もう帰るのか? 京都じゃ色々世話になったし、久しぶりに会えたのに……ちょっとくらいゆっくり出来ないのか?」


「すみません。実はこの後、お仕事があって……ここから電車で一時間ほどかかるので、そろそろ失礼しないと約束の時間に間に合わないんです」


「仕事?」


「絵画の祓いなんですが……ギャラリーからの依頼で」


「ほぅ、絵画か……」


 アレクが興味を示す。

 絵画も人形同様、いわくつきのがありそうだよな。

 俺は先日のビスクドール事件を思い出し、腹に手をあてた。


「絵画の祓いは経験がない、できれば見学させてもらえないだろうか。俺で手伝えることがあれば、もちろん手を貸す」


 アレクの申し出に橘は少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに笑顔で頷いた。


「はい。何が憑いているのかもまだ分からないので、アレクさんがご一緒して下さったら心強いです」


「えぇ~っ!?」


 アレクと橘を交互に見比べて思わず声を上げた俺に、ソファに座ったままの店長が小さく苦笑した。


「はいはい、都築くんも行きたいんだよね。今日のバータイムは臨時休業にするから、着替えて戸締りしてくれる?」


「おっしゃあ! ありがとうございますっ! 店長」




☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆




 十五分後――…。

 ちょうど車で来ていたアレクに便乗させてもらう形で、俺達は出発した。

 運転席にアレク、助手席に俺、後部座席には橘と店長が並んで座っている。


「何も店長まで一緒しなくても……」


「僕だけ留守番なんて、仲間外れみたいで面白くないだろ」


 子供か。


「アレク、次の信号を左折して真っ直ぐ。ネパール料理専門店『タージマハル』の赤い看板の手前を右折だ。そのまま真っ直ぐ行ったら『ギャラリー花山はなやま』ってのが左手に見えるはず」


 橘から借りた地図を手に、俺はしっかりナビ係をこなす。

 バックミラー越しに後部座席を見れば、橘は店長の隣で畏まってガチガチに固まっている。緊張してるようだ。もう少しで目的地……頑張れ、橘!


「着いたぞ」


「運転ありがとう、アレク」


 車から降りた俺は『ギャラリー花山』と書かれた看板に目をやる。

 看板も建物も、シックでスタイリッシュな印象だ。


「ここか……」


 店の入口ドアの前で、店長、アレク、橘の三人は急に厳しい顔になった。

 ただならぬ気配でも感じているのだろうか。

 何も感じることが出来ない俺は一人蚊帳の外だが、それももう慣れた。


 橘がドアを開くと、上品な雰囲気の女性が出迎えてくれた。

 オーナーの娘というその女性は、花山と名乗った。


 簡単な挨拶の後、俺達はギャラリー奥の保管室へと案内された。

 絵画を引き立たせるためだろうか、店内もかなりシンプルだがすっきりとセンス良く、主張しすぎない観葉植物が二つ並んでいる他には装飾らしい装飾もなかった。


 壁に飾られている絵画は、風景画や人物画など……特にこれといったこだわりなく、オーナーが気に入ったものを集めているという印象だ。


 保管室は建物の一番奥だった。

 ドアを開いた花山さんに促され、俺達四人は中へ入る。

 大きな棚がいくつも並び、たくさんの絵画が保管されていた。


 花山さんは部屋の真ん中にある展示用イーゼルに置かれている絵に近づいた。


「こちらの作品です。作者は不明なんですが、持ち主が次々不慮の事故にあったり病気になったりで……これを買い取った私の父も、原因不明のひどい貧血で現在入院しています」


 白い布が被せてあり、どんな絵なのかは分からない。


「日に日に弱っていく父を助けてください……」


 花山さん自身もずいぶん参っているようだ。顔色も悪いし、声も弱々しい。

 持ち主に不幸をもたらす美術品なんて怪談話でもよくあるが、……捨てちゃえばいいのでは?


「あの……その絵を処分することは出来ないんですか?」


「こういう祓いは難しいんだよ。下手に処分しようと燃やしてしまったりしたら、障りや呪詛だけが残って、祓い自体が不可能になってしまうこともあるんだ」


 店長の説明に、またしても自分が素人丸出しな質問をしてしまったことに気づく。

 ちょっと黙っとこう。


「どのような絵か拝見してもいいですか?」


 橘の声かけに花山さんは軽く頷き、白い布を取り去った。

 アレクが近づき、絵の隅々まで目を走らせる。


「風景画……だな。ジャングル? 森か? 作者のサインはなしか……」


「森ですね。暗いし夜なのかな、夜の森……?」


 軽く首を傾げる橘の横で、店長もじっと絵画を見つめている。


「いや、木が密集してて暗いだけで夜とは限らないんじゃないかな……」


 花山さんは頷き、絵画の一部を指さした。


「木の幹も葉もとても暗い色で塗られているのですが、この部分だけぼんやり明るいので、もしかしたら月かも知れません。でも、とにかく暗くてよく分からないですよね」


「…………」


 どうしよう。

 皆が見ている絵と、俺に見えてる絵は……明らかに違う。

 俺には、綺麗に晴れ渡った空と鮮やかな山の風景……全体的に明るいトーンに見えている。

 しかし皆の深刻そうな様子からみて、俺を騙したりからかったりしてるわけじゃないのは明白。


「えーっと、すみません……この絵って何か霊的なフィルターみたいなのがかかってたりしません?」


 俺の問いかけの意味を、店長はすぐに察してくれた。


「都築くんには、どんな風に見えてる?」


 俺は絵に近づき、それぞれの場所を指さしながら説明する。

 

「この辺は雲一つない青空で……下半分のこの部分は鮮やかな緑の山……、ここに滝みたいのがあって、こっちには赤い……鳥居かな?」


「え? ……え???」


 俺の説明に、アレクも橘も花山さんまで目をパチクリさせた。

 絵と俺を不思議そうに見比べられて、もの凄く居心地悪い。


「目くらましとして霊的な仕掛けがしてあるなら、都築くんには本来の絵が見えてるってことになるね」


 店長だけは冷静だった。

 ポケットから手帳を取り出し、ペンと一緒に俺に差し出す。


「なるべく正確に、ここに描いてみて」


「は、はい……」


 あまり画力には自信ないが、この際上手下手は誰も気にしないだろう。

 俺はなるべく縮尺を気にしつつ、滝や鳥居、民家などの位置関係を正確に描いた。


「すごいな……都築にはこんな風に見えてるのか……」


 アレクが俺の後ろから手元を覗き込んできて、感心したように呟く。


「こんな感じです」


 手帳に描いた絵を見せると、店長、アレク、橘、花山さんも不思議そうに絵画本体と見比べる。


「隠してるということは、この場所に何かあるのかも知れないね……ま、とりあえず祓ってみようか。橘くん、いける?」


「はい」


 橘はコクリと頷いた。

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