神降ろし
「神様がいらっしゃらないってこと?」
さすがの千代ちゃんも驚いて店長に問いかける。
「うん、ここは空っぽだよ。
俺は居もしない神様にお賽銭入れて、願い事までしようとしてたのか……。
「でも、お留守って……そもそも神様がお出かけなんかするんですか?」
俺の素朴な疑問に店長はようやく本殿から視線を外し、小さく深呼吸してから苦笑した。
「都築くん、
「どうして出雲に集まるんですか?」
「会議だよ。誰と誰を結婚させるとか、人間の運命を決めたり。翌年の天候や農作物の出来なんかも決めたりする」
か、会議だと!?
会議のために全国から集まるなんて神様の社会も意外と企業ちっくだな。
「出雲での会議の後、すぐに地元に帰らずあちこち観光されて何ヶ月もお留守になさる神様も少なくない。とにかく、神様はずっとご自分のお
店長の話を聞いてると、つい神様への親近感を抱いてしまう。
畏れ敬う気持ちを忘れてしまいそうだ。
「でも、それなら悪戯してた低級霊を祓っても、またすぐに集まってきちゃうんじゃない? イタチごっこよね。神様がお戻りになるまで、ずっとこのままってこと?」
千代ちゃんは困惑の表情を浮かべる。
「どんどん集まってくる低級霊をいちいち祓うなんて無意味だ。根本的に解決するために、神様に帰って来ていただこう」
「えぇええぇぇぇえええ~っ!?」
さらっともの凄いことを言いだした店長に、俺と千代ちゃんの驚愕の声が重なった。
☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;☆*:;;;:**:;;;:*☆
「なんでこうなった……」
呟く俺の声は、誰に届くこともない。
神様を呼び戻す『神降ろし』なる儀式を行うという店長の指示で、千代ちゃんは社務所へと走り、宮司さんだの他の巫女さんたちだのが総出で準備を始めたのだ。
本殿の中には祭壇のようなものが組まれ、酒、米、水、塩、魚、鳥、海藻、野菜、果物、お餅などなど、たくさんの捧げ物がずらりと並んだ。
千代ちゃんが教えてくれたのだが、それらは
そして、何故か俺は白い着物に着替えて本殿のど真ん中に座らされている。
真っ白い絹の座布団はふかふかだが、着替えを手伝ってくれた巫女さんから「絶対にここから動かないで下さい!」と言われた俺は、何がなんだか分からないまま嫌な予感だけが膨らんでいく。
祭壇の前で宮司さんと何やら話し込んでいる店長、状況を説明してください!!
俺の悲痛な思いは届かず、とうとう俺の周りに巫女さんたちが囲いのようなものを作り出した。四本の支柱を縄で結び、それには神社で良く見かける白いギザギザの紙が垂れさがっている。
「な、なんですか……?」
「これは
そういうことを聞いてるんじゃないんだ! 巫女さん!!
優しく丁寧な巫女さんの説明が、虚しく頭の上を通り過ぎていく。
俺は、今の俺って……もしかして、俺自体が神饌みたいじゃないか!?
誰か違うと言ってくれ!!
俺はダラダラと冷や汗を垂らす。嫌な予感に押し潰されそうだ。そこにようやく店長が近づいてきた。いつもの穏やかな笑顔で軽く首を傾げる。
「あれ? 都築くん、顔色悪いみたいだけど大丈夫?」
「大丈夫に見えるんですか?」
「都築くんには大事な役目があるんだけど……」
「何ですか? 俺の役目って生贄かなんかですか?」
「はははっ! 都築くん、鋭いねー!」
楽しそうに笑う店長に「何がオモロイねん!!」と本気で突っ込みそうになる。
怯えて涙目の俺をさすがに不憫に思ったのか、店長は俺の前にしゃがみ込む。目線の高さが合った時、店長はもう笑っていなかった。
「僕が儀式をするんだから、都築くんは大丈夫だよ。ただそこに座ってるだけでいい。神降ろしには依り代が必要でね、巫女さんにやってもらうのが定番なんだけど、依り代になると心を壊してしまう事が多くて……今まで、どうしてもって場合以外には避けていた儀式なんだ。でも、都築くんなら影響を受けないだろ? だから巫女さんたちの代わりに頑張って欲しい」
「……依り代、ですか」
生贄よりはましな気がする。
でも、俺は神様の影響すらスルー出来るほど鈍感なのだろうか……不安だ。だからと言って、ここで俺が「嫌だ」と逃げ出したら千代ちゃんや他の巫女さんの誰かがやることになるのだろう。
俺は腹を決めた。もう、煮るなり焼くなり好きにしてくれ!
儀式が始まった。
千代ちゃんも巫女装束に身を包み、他の巫女さんたちと一緒に壁際に並ぶ。
店長の傍らに、宮司さんも厳しい表情で畏まって座っている。さっき挨拶した時とは別人のように、キリッと頼りになりそうな雰囲気だ。
店長はもちろんだが、宮司さんも頑張ってくれ!!
千代ちゃんがうやうやしく盆を運んでくる。コップに入った水と、何やら白い錠剤がのせてあり、俺の前に置かれた。
得体の知れないコレを飲めと……?
俺は錠剤と店長を見比べた。
不安そうな俺に千代ちゃんが小声で説明してくれる。
「ただの睡眠薬よ。意識があるとやりにくいから眠っててもらった方がいいって、尾張さんが」
あー、そうですか。
俺はやけくそ気味に錠剤を口へ放り込み、コップの水をグイッと呷った。
盆を下げてゆく千代ちゃんの後ろ姿がくらりと歪む。
ちょっ、この睡眠薬強力すぎなんじゃ……!?
強制的に眠りへ落とされてゆく俺が最後に見たのは、神降ろしではなく悪魔召喚でもしそうな、店長の黒い微笑みだった。
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目覚めるとそこは社務所の端っこだった。
布団代わりに座布団を並べて、その上に寝かされている。
宮司さんと談笑しつつ優雅にお茶とお饅頭をいただいてる店長が目に入った。その饅頭、老舗和菓子店の
俺が体を起こすと店長が近づいてきた。
「店長、えっと……儀式は無事終わったんですよね?」
「もちろんだよ、ちゃんと神様には戻っていただいた。悪戯してた低級霊たちの気配も消えたし、もう大丈夫」
「そっか、良かった……」
店長の横から宮司さんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
目をパチクリさせてる俺を、宮司さんは観察するように見てくる。
「都築くん、何ともないようで良かった。尾張さん、本当にすごいアシスタントさんですね!」
「でしょう?」
何故か自慢げな店長……あんたがドヤッてどうする。という俺も、ぐーすか眠ってただけなんだが。
「お疲れ様」
千代ちゃんの労いの言葉が優しい。
千代ちゃんからお白湯の入った湯呑を受け取り、俺はコクンと喉を鳴らした。温もりが体に染みわたってゆくのを感じる。ほっとしたからか、モーレツに腹が減ってきたぞ。
「ありがとう、千代ちゃんもお疲れ様。でも、俺ちょっと腹減ったかも……俺にもお饅頭もらえるかな?」
店長が食べてた胡月堂のお饅頭、俺も食べたい。
「都築くん、尾張さんから聞いてないの?」
「何を?」
「依り代になるって、一時的にだけど神様と同化して人ではなくなるってことなのよ。だから、三日くらいはお白湯しか飲めないの。当然、食べ物も禁止」
「は???」
「影響は受けないのかも知れないけど、これは儀式のルールっていうか……しきたりみたいなものだから、ちゃんと守るのよ!」
聞いてませんけど!?
俺はガバッと振り向き、店長を見る。
三日間、お白湯だけ……だと?
いつもの穏やかな優しい店長の笑顔――…。
俺は生まれて初めて本気で人を憎いと思ったのだった。
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