負け犬の牙 2/8


 ツインテールを肩に担いで、街を歩く。


 柔らかな身体が露わな格好……


 触れれば暖かく、娘の持つ神術エネルギーの量が格段に大きいことがわかる。


 すれ違う人たちからは、人さらいだと疑いの目で見られた。


 だが、俺自身は子牛を運んでいるような気分だ。



 ――俺はそのまま、娼館へと入る。


「あら、ゼノ。あんたが女を売りにくるなんて珍しい。」


「かんざし」という髪飾りを無数に刺した、山みたいな髪型の女……ここの女主人ガムが、そう言って出迎えてくれる。


「そういうわけじゃない。ちょっと休ませてやってくれ。」


「冗談だよ。その辺のソファに寝かせてあげな。その格好だと客にイタズラされるから、あんたも側にいてあげなよ。」


「すまない。」


 ガムに促され、ツインテールの娘をソファへと寝かせてやる。――確かに危ない格好だ。


 娘は紫の布で、胸と腰だけを隠した衣装。


 この豊満な身体なら、そこらの娼婦以上に男には魅力的だろう。


 指示通り、俺は彼女の頭側に腰を掛けた。


「ガム、農家の人たちも普通に仕事していたみたいだけど、この領地ってクーデターがあったんじゃないのか?」


「『色無し』っていう、農民寄りの革命軍がクーデターに関わったのさ。だから、領民にはむしろ望んだ結果。今だって、うまく治安も保たれているよ。」


「そうみたいだな。この店も繁盛しているようだ。」


「男はみんな好き者だからね。この商売には、なんの関係も無いよ。」


「商売には関係無いが、お前はこの一件に関わっているんだろ?」


 そう言うと、ガムはその厚化粧の白い顔を歪ませる。――図星らしい。


「まあね。構わないだろ?

 あんたとの『契約』とは、何の関係も無い。」


「いや、少し心配になっただけだ。」


「大丈夫だよ。食料やらの調達も、運搬も、今まで通りにできるからさ。」


 ――相変わらず強がりな女だ。


 俺は立ち上がって、ガムの前に立つ。


「ガム、無理はするなよ。お前に何かあったら、俺が困る。」


 そう伝えれば、背の低いガムは見上げるその目を見開いて、後ろに一歩退いた。


 そして、少しだけ声を荒げるのだ。


「あんたは相変わらず……!

 ほら、金製武器やらは持ってきたんだろ? さっさと渡しな! さっさとよ!」


「あら、ゼノさんだ!」


「キャ♪ ゼノさん来てるよ!」


 ガムの大声に、娼婦たちが集まってきた。


「ゼノさん、今夜はぁ……、私がぁ……、相手をしてあげるよぉ♡」


「私だよ私! ゼノさん、今夜は私よね♡」


「すまない。嬉しい誘いだけど、アルやイザベラのお母さんに手は出せないよ。」


「いぃや、アルはゼノさんが父親になったら絶対喜ぶね!」


「イザベラだってそうだよ!」


「いぃや! イザベラちゃんはゼノさんのお嫁さん希望だから、むしろ怒るって!」


「あんたたち! ほかの客も見てるんだ!

 はしゃぐのはおよし! 仕事に戻りな!」


「は〜い。」

「は〜い。」


 ガムの一喝で、娼婦たちは帰っていく。


 子供たちの近況を話したかったが、店が閉じた後にしておくか……


 ――落ち着いたところで、持ってきていた金製の武器をガムに渡した。


「なんだい、このグニャグニャに曲がった小刀は? あんたが魔獣と戦うなんて珍しい。」


「ああ、そいつは魔獣じゃない。バケモノみたく強い人間と戦って、使っちまったんだ。」



 カストロ領で出会った髭の男と戦ったとき、全力の雷撃を通した小刀だ。


 曲がってしまっていたので、気になったらしい。


「あんたが苦戦する相手かい?」


「むしろ勝ったのが奇跡さ。それこそ、その男も金製の武器を使っていたけれど、クソ重い長剣だった。俺が持ち帰るのを諦めるほどだぜ。あんなもん扱える奴がいるんだな。」


「ふーん。殺した相手のことを、楽しそうに話すんだね。」


「少し会話をしたが……、別の形で出会いたかった相手だったよ。」


 きっと時代が違っていたら、あの男とは友人になれていただろう……。


 そんな勝手な想いを、俺は描いていた。



 ガムに対価を払ったところで、俺も対価を要求する。


「じゃあガム、頼んだよ。」


「はい、確かに。いつも通りね。任せておきな。」




『娼館の主人ガム』


 この奇抜な髪型の女は、昔、一緒に迷宮を攻略した仲間の一人だ。


 今は、このグラッツ領で娼館を営んでいて、さらに、ここらの商人たちのまとめ役もやっているらしい。


 昔から気のいい女で、孤児院の食料調達などを協力してくれているのだ。




「――んあぁぁあ? ここはぁ?」


 ソファに寝かせていたツインテールの娘が、目を覚ませたようだ。


「ゼノ、あの娘はなんなんだい?」


「俺もわからん。これから聞く。」


 俺はガムとソファに腰掛けうとうとしている、娘の前に立った。


 そして、寝ぼけまなこな娘に質問をする。


「お前、俺になんの用だ?」


「あ! 黒マント!

 さっきはよくも、やりやがったな!」


「お前が突っかかてきたんだろ。」


「あんたがオレを無視するからだ!」


「だから、お前は俺になんの用なんだ?」


 そこで娘は、何か思い出したように表情が変わる。


「そうだった! あんたをオレの魅力でメロメロにして、オレの復讐を手伝わせるんだった!」


「ゼノ、この子バカだよ……。」


「なんか言ったか! ケバ女!」


「ケバ女……!」


「ガム、気にするな。化粧取ったお前がどれくらい可愛いかは俺が知ってる。

 ――だから今は、黙っていてくれ。」


「…………!」


 ガムを黙らせて、話を進める。


「復讐って言ったな。――誰にだ?」


「オレの父親にさ。」


「父親?」


「アドルフ•スターリン……あの男を殺すなら強ぇえ奴がいる。一目見てわかったぜ! あんた、めちゃめちゃ強ぇだろ!」


「お前、領主の娘……貴族なのか?」


「貴族じゃねーよ!

 あいつの子供なんて、沢山いんだよ!」


「復讐……、捨てられためかけの子か?」


「そんな、いいもんじゃねーよ! 孕まさせれて捨てられた女が、スターリン領には山ほどいんだよ!」


「それで、母親の復讐がしたいと?」


「…………。まあ、そんなもんさ……。」



 明るく元気だった娘の栗色の瞳に、暗い色が映ったのを見てしまう……彼女の復讐したいという想いは、嘘では無いのだろう。


 まさか、俺以外にスターリンの命を狙っているやつがいるとは……


 俺は驚いて、ただ……、娘を見つめていた。


「なあ、あんた。手ぇ貸してくれよ! 頼むよ!」


「――いいぞ。」


「……っ、マジかあ!」


 俺があっさり了承したのに驚いたのか、娘はソファから立ち上がった。


 紺色のツインテールが、ふわふわぴょんぴょんと揺れている。


 それが、とても可愛いく思われた。


「やっぱりオレの魅力にやられてたな!

 お前、オレのこと好きなんだろ!? 可愛いって言ってたもんな!」


 立ち上がり、嬉しそうに言う娘。


 ラナと同い年くらいだろうか?


 でもラナと違って、表情がコロコロ変わる……本当に可愛い奴だ。


「――確かに、可愛いな。」


 そう答えれば今度は赤らめた顔に、娘は表情を変えていく。


 娘の表情の変化を楽しんでいたら、ガムが呆れたように呟くのだ。


「――ゼノ、あんたは地獄に落ちるよ。」


 ――なにを急に?


 わかっているさ……


 何の因縁も無い相手を殺す、自分の殺人。


 そのために、この娘の復讐心を利用する。


 罪に、罪を重ねる行いだ。


 間違いなく、地獄には落ちるだろう。


 だが、使えるものは使わせてもらう……この娘を利用する。――俺はそう決意したのだ。



「俺はゼノだ。お前、名前は?」


「オ、オレはマリーだ! オレの復讐に、あんたを利用されてもらうぜ――いいんだな!?」


「ああ、いいとも。なんなら、『契約の刻印』でも打ってやろうか?」


 そう言って、俺は娘の肩に手を置いた。


「契約だ。アドルフ•スターリンを殺す。そのために協力する……それでいいな?」


 聞けば、娘は真っ直ぐに俺を見て答える。


「いいぜ。あんたにはあんたの目的があんだろ?

 オレはバカだからな! あの男を殺すためなら、あんたの目的のために、あんたの命令に従うぜ!」


 ――わかっているのか、いないのか?


 その言葉に戸惑ったが、そのまま娘に契約の刻印を施す。――その後で、俺は右手を差し出した。


「よろしくな、マリー。

 ――マリーか。可愛い名前だな。」


「お前! やっぱりオレのこと好きだろ!?」


 そんな感じで握手する、俺とマリー。



「――地獄に落ちろ。」


 ――ガムがそう、呟いた。


 純粋そうな娘――それを騙すこの俺は、地獄への切符をまた一つ、掴んだに違いない……

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