神竜


 ――巨大な魔獣たちが、隣を闊歩する。


 そんな迷宮を、彼らを刺激しないように静かにゆっくりと……そして平然と歩いてゆく。


 リリスは俺のマントを掴んで不安そうに周りを見ながら、後ろをついて来てくれる。


「それでいいよ。俺の近くにいてあまり物音を立てなければ、魔獣たちは襲ってこない。」


 安心させるように、そう話しかける。


 リリスは不安な顔で俺を見上げたが、少し微笑みかけると、唾を飲みコクリと返事をしてくれた。



 地下五十五階、六十六階はポーションだけを回収――そして、目的であった地下七十七階へ。


 地下七十七階も、ほかのゾロ目の階と構造は変わらない。


 だが一点だけ、ほかとは違う場所がある。


 分かれ道を右手に曲がった先。


 ほかの階なら試練を受ける広場になっているその場所に、大きな光のカーテンがあるのだ。


 不安がるリリスを引き連れて、俺はその光のカーテンを通り抜ける。



「――ゼノか? 久しぶりだな。」


 カーテンの先は神術エネルギーに溢れて白く輝き、どこまでも広い空間があった。


 ――その上空から、男の声が降り注ぐ。


「仲間連れとは珍しい。」


 話しかけてくる、男の声。


 リリスは俺にしがみついて、男の声がする上空を見上げた。


 俺もまた上空を見上げ、その声の主に挨拶をする。


「――久しぶりだな、神竜。」


 上空には白く輝く巨大な竜が、虹色に輝く四本の大きな翼を広げた、白い空を飛んでいた。


 ――この地下七十七階の主、神竜だ。


 俺は、その主に断りを入れる。


「エリクサーを貰っていくが、構わないか?」


「ハハハッ! 強盗が断りを入れるのか?

 構わんさ、とっとと持っていくがいい。」


 許可を得てから、空間の中心へと歩く。


 リリスは俺のマントを掴んで、素直について来てくれた。


 この広大な空間で、真ん中と呼べるかはわからない……だが、目指したのは白い空間の真ん中――そこにポツリとある台だった。


 その台には緑に光る小瓶が、エリクサーが安置されている。


 俺はそのエリクサーを掴んで、カバンの中にしまい込んだ。


「ありがとう、神竜。」


「ハハハッ! お前の礼は気持ち悪い。俺はただ、仕事をサボっているだけだ。

 ――ゼノ、神具は全て集まったか?」


「ぼちぼちだ。」


「なんだ……夢追い人は続けているのか。なら、攻略者は集まったのか?」


「全然だ。」


「はっ! 独りよがりのお前らしい。」


「別に他人を巻き込みたいわけじゃない。でも、少しは夢をみたっていいだろ?」


「本気じゃないアピールね。結果も出せず、儚い夢を追いかけて、いつまでも独りよがりに足掻くがいいさ。

 ――ハハッハハハハハハハハッ!」


 上空からの神竜の言葉、笑い声。


 嫌味を言われ、俺は苦笑いをする。


「そういえばこのあいだ……久しぶりにお前以外のやつが、その扉から入ってきたな。」


「この迷宮の……、カストロ領から?」


「人が名付けた土地の名など知らん。若い男だった……お前より強いな。」


「へえ……。」


 おそらく神具を持ち出した、マルスという貴族だろう。


 あの髭の男と話した時に確認は取らなかったが、単独で潜って迷宮を攻略したということか?


 ……ならば、俺より強いのは間違いない。


「なんだゼノ、物思いにふけって……?

 もしかして、あの若い男に神具を持っていかれたのか?」


「そうらしい……。」


「ハハハハハハッ! 一人で頑張っている振りをして、他人に先を越される。なんとも滑稽でお前らしい! ハハハハハハッ!」


 この神竜の部屋へは、世界中のどの迷宮からも繋がっている。


 ただし、一つの迷宮で手に入るエリクサーは生涯に一人、一つだけ。


 近いうちに別の入口から舞い戻り、また、この竜の嫌味を聞く羽目になるだろう……


 ――俺は、神竜に別れの挨拶をした。


「また、近いうちに来るよ。」


「ハハッ。お前の顔など見たくないわ!」


 別れの挨拶にも、嫌味で返す白い竜。


 苦笑いを浮かべるしか、俺には上空からの声に抗う術は無い。


 そんな挨拶を済ませ、リリスと共に広大な光の空間を後にする。


 光のカーテンを抜けて、十字路を真っ直ぐに行けば、やはりポーションの置かれた台と、地上へと続くオーロラの扉があった。


 エリクサーを少し消費した上に、ポーション四本を徴収されるか……しかも、この子を連れて行くなら偵察たちがどう反応するか?


 損では無いが、素直には喜びづらい……そんな、今回の迷宮探索の成果。


 それを確認しながら俺は光のカーテンを通り、地上へと戻ったのだ。




「――ゼノさん!」


 光のカーテンを抜けた先で、明るい女性の声した。


 俺の帰還を歓迎する、可愛らしい声だ。




『ギルドの建屋』


 内装は酒場のようだが、実は迷宮の地上一階に当たる。


 中央に、迷宮へと降る階段があるのだ。


 その階段の前に光のカーテンが出現し、そこから迷宮からの帰還者は現れる。


 ――俺たちも、そんな感じなのだろう。


 帰還した俺たちは注目を浴びた。


 俺は周りの目を無視するように、可愛らい声の聞こえた右の方を向く。


 そこにはギルドの受付、ポニーテールの女性がいて、可愛い笑顔を向けてくれている。


 俺は彼女の元へと歩み寄る。


 カバンから小瓶を出しながら、彼女へと話しかける。


「持ち帰ったポーションは七本……だから、四本をギルドに納めるよ。」


「な、七本! す、すごいです!

 わたし的新記録です。ゼノさん!」


 反応の可愛い彼女に、契約のポーションを渡す。


 その時当然に、俺の後ろにいる金の髪の少女に彼女は気づいてしまった。


 彼女は俺越しに笑顔で、後ろのリリスに手を振っている。


「その子、どうしたんですか?」


 そして当然に、そう質問をしてくるのだ。


 俺は少し寂しげな微笑みを作ってから、それにはこう答えてみせた。


「さっきもう一度迷宮に潜ったのは、この子の主人のアジールさんが無理に迷宮の奥へ潜ると言い出したからなんだ。」


「そ、そうだったんですね。」


「俺はあの方と仲違いしてしまってね。でも、心配だったんで探しに行ったんだ。」


「ゼノさん、責任感ありますね。」


「………………。

 ……けど、アジールさんのパーティーは全滅してしまっていて、この子だけ生き残っていてね。」


「そうなんですね……、大変だったんですね。」


 可愛い彼女は悲しそうな顔で、俺の話しに納得する。


「信用できる孤児院を知っているから、これからこの子をそこに連れて行こうと思っている。」


「ゼノさん……。優しんですね。」


 女性は涙を流し、話を受け入れてくれた。


 相当、良い子だな、この子……



 そんなやりとりで、俺はギルドとの契約を果たした。――もうここに用は無い。


「また来てくださいね、ゼノさん!」


 明るい彼女に見送られながら、リリスを伴ってギルドをあとに。


 ただ、気になることが……。


 彼女の他にあと二名、俺に熱い視線を送る者があったのだ……。

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