20 共同研究


「ララ? ララってば」


 そうリーチェが声をかけると、ララは弾かれたように顔を上げた。


「あっ、ご、ごめんね!」


 食堂で、二人で食事を取っている最中のことだ。


「大丈夫? 近頃、ぼんやりしているけど……」


 リーチェがそう気遣うと、ララは誤魔化すように笑った。


「えっ? そ、そうかな? ちょっと、生徒会の業務が立て込んでるからかな」


 ララは一年生の時から生徒会の会計職についている。騎士団や魔法士団がない代わりに普通科には生徒会があるのだ。


「そうなんだ。大変だね」


「ま、まぁね。それより、リーチェは最近どう? 何か変わったことない?」


 リーチェはプリンをスプーンですくいながら言う。


「う〜ん、特には……あ、校外活動をしようと思っていて今、申請中なの。許可が降りたら、しばらく学園に通えなくなりそう」


「え? それって、どういうこと?」


 勢いよく身を乗り出してきたララに驚きつつ、リーチェは答える。


「ほら、研究発表のネタ探しというか……ハーベル様と合同研究することになったの」


 リーチェはそう言葉を濁した。


「……二人で出かけるの?」


 探るように問いかけてくるララに、内心首を傾げつつリーチェはうなずく。


「まぁ、そうなるかな。あ、誤解しないでね! ハーベル様に護衛がつくはずだから、二人きりで行くわけじゃないのよっ!? そもそも許可がおりるかも分からないし」


「……それって、私も参加しちゃダメ?」


「え? 私達の研究に参加したいってこと?」


「う、うん。ごめんね。私が行ったら、お邪魔虫みたいになっちゃうけど……」


 ララの突然のお願いに、リーチェは困惑した。

 いつものララだったら、リーチェがハーベルと二人でどこかへ出かけるなら率先して『二人で行ってきなよ』と応援していただろうに。


(ララはそんなに切羽詰まっているのかな? 珍しく研究テーマが決まってないとか?)


 リーチェは思案しつつ言う。


「……生徒会の方は良いの? 忙しいって言っていたけれど」


「だ、大丈夫! そろそろ終わりも見えていたから」


「う〜ん……魔物が出る場所だし野宿もするかもしれないから、普通科の生徒にはきついかもよ? それでも良いなら私は構わないけど……」


「だっ、大丈夫!」


 明らかに間があったが、ララは拳を作ってそう言った。


「それなら良いけど……じゃあ、ハーベル様にも聞いてみるね」


 リーチェはララの行動に違和感を覚えつつも、そう言った。



◇◆◇



 結局、騎士団からはダンが参加し、総勢四名でのチーム研究となった。

 騎士団のツートップが不在になって良いのかリーチェは心配したが、ダンいわく『そんなに軟弱な団員じゃないから大丈夫』とのこと。


「俺も仲間に混ぜてくれ」


 そう大型犬のような笑顔で言われたら、リーチェも苦笑しつつ了承せざるを得なかった。騎士団副長の彼が参加してくれるのは心強い。


「で、どこへ行くつもりなんだ?」


 向かいに座るダンにそう問われ、私は馬車の中で地図を広げて見せた。リーチェの隣にはハーベルが、ダンの隣にはララが座っている。


「こちらです」


 目指すは、ロジェスチーヌ伯爵領の南部にあるロタの町だ。そこから西へ行くと目的地の採石場がある。


「本当は南にあるザムザの村の方がより採掘場に近くて良かったんですが、そちらは魔物に荒らされて廃村になってしまったので……」


 魔鉱石が採れるようになってから魔物が現れるようになり、人が住めなくなってしまったのだ。

 覗き込むハーベルの顔が存外に近くにあることに気付き、リーチェは慌てて身を引く。


(ハーベル様は地図に視線を落としているだけなのに……自分だけ意識しているみたいで恥ずかしいわ……)


 リーチェが一人赤くなった頬を押さえていると、ダンが全て見ていたらしく、ニヤニヤしていた。


「いやぁ、俺達本当にお邪魔虫ですまないぁ〜」


 そうダンは隣のララに目配せする。

 ハーベルだけが不思議そうにしていたので、リーチェは慌てて両手を振った。


「何でもありません!」


「どうだ、ヒューストン令嬢。こうなったら俺達も付き合ってみるというのは?」


 そう軽口を叩くダンに、ララは「……ご冗談を」と、絶対零度の半眼であしらっていた。


(わぁ、あんなララの冷たい眼差し初めて……!)


 場の空気を変えるために、リーチェは慌ててハーベルに話を振ることにした。


「そっ、それにしてもハーベル様。研究発表のためとはいえ、お忍び旅行によく許可が下りましたね」

 

 ハーベルは肩をすくめる。


「本当は護衛をつけず行きたかったんだがな……」


 さすがに王子に警護なしという訳にはいかなかったらしく、馭者兼お守り役でゴウ・ダーが護衛でついてきていた。

 それでもゴウだけで済んだのは、ハーベルが騎士団長としての実力があり、かつ副長のダンも追従するからだろう。


「まぁ、それは仕方ないが……、せめて新婚旅行は二人で……」


 ハーベルの声がだんだん小さくなって聞こえなくなってしまい、リーチェが「え?」と聞き返したが、少し顔を赤らめたハーベルに誤魔化されてしまった。




 ロタの街に宿を取り、その日は休むことになった。明日から本格的な調査だ。


「えっ、残っている部屋が二つしかない?」


 街一番の宿屋で、ダンがそう店主に向かって声をあげた。

 宿の主人は肩をすくめる。


「ああ、普段は空いているんだが、今は商人達でほぼ満室なんだ。さっきキャンセルが出て、ようやく部屋が二部屋空いたところなんだよ」


 何軒か町の宿屋を見て回ったが、どこもいっぱいの状況だった。

 部屋が運良く空いていたのもあるが、この宿屋が一番綺麗で豪奢な造りをしているので、できればここに泊まりたい。しかし泊まれる部屋は二部屋だ。


「仕方ない。男女で部屋を分けよう」


 そう提案するハーベルに、ダンは真顔で首を振る。


「いや、お前とリーチェは婚約者だろう。お前達で一部屋、俺とヒューストン令嬢で一部屋。そしてゴウは馬小屋だ」


「アホか」「でっ、できません!」「なんでアンタなんかと!?」「馬小屋は勘弁してください〜」


 ダンは皆から責められた。結局ハーベル、ダン、ゴウの男性陣の部屋と、リーチェとララの女性陣の部屋で分かれることになったのだ。


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