11 特別サポート役(一部ハーベル視点)

「特別サポート役? 私がですか!?」


 騎士団の見学に行ってから数日後、リーチェは学園にあるハーベルの執務室に呼び出されていた。

 その場にはダン副長もいて、先日の態度が嘘のように友好的な笑みを浮かべていた。


「ああ。ぜひ、ロジェスチーヌ令嬢に騎士団の後方支援をお願いしたいんだ」


「えっ、でも……サポート役とはいえ、騎士団に魔法科の生徒が入るのは前代未聞では……?」


 戸惑うリーチェに、ダンは首を振った。


「すでに学園長と教師達からは許可を得ている。大丈夫だ」


「あ、そうなんですか……」


 騎士団員のサポートをすることが楽しくなっていたし、何より騎士団内で堂々とハーベルのそばにいられるならリーチェにとっても願ったり叶ったりだ。


「それでは、喜んでお手伝いさせてください」


 リーチェはそう意気込んで言ったが、ハーベルの表情は暗い。

 ダンは「これからよろしく頼むよ」とリーチェの肩を叩いて部屋を出て行く。

 侍女がティーセットを持ってきてくれ、ハーベルとリーチェの前に焼き菓子と紅茶を置いていった。

 表情の晴れないハーベルに、リーチェは何か粗相をしてしまっただろうかと心配になる。


「あの……ハーベル様。どうなさいました?」


「いや……本当にリーチェを騎士団に入れて良いものかと悩んでしまって……ダンに押されて了承してしまったが」


 その言葉に、チクリとリーチェの胸が痛む。


「……ハーベル様は、私がお役に立てないとお思いですか?」


「とんでもない! リーチェがいてくれたら、我が騎士団は百人力だ! これまでと比べられないほど攻撃力も防護力も高くなるだろう」


「ならば、なぜ……」


 当惑しつつ彼女は問いかける。

 ハーベルは指を組み、ため息を落とした。


「もちろん最前線にサポート役のきみが行くことはないとはいえ……それでも戦場では危険はつきまとうからな。心配なんだ」


「そんな……私は元々魔法士団にいたんですよ!? 危険は承知の上です!」


 ハーベルはリーチェの身を心配してくれていたらしい。その気持ちは嬉しく思うが、だからと任務から遠ざけられるのは嫌だった。


「しかし、未来の王子妃になる身だし……」


 まだ迷う態度を見せるハーベルに、リーチェは微笑んで言った。


「もちろん、無理しない範囲でやります。そんなにご心配なさらないでください」


「そうか……。きみがそこまで言うなら良いだろう。だが、もし業務がしんどくなったら、いつでも遠慮なく言ってくれ」



◇◆◇



 ハーベルは不満だった。

 リーチェがサポート役として入ってから、騎士団の雰囲気は大きく変わった。

 彼女が献身的にサポートを行なっているおかげで、団員達の中で魔法士を見直す動きが出ている。


(それはもちろん良いことだが……)


 しかし男ばかりのむさ苦しい場所に美女が入ってきたものだから、無駄に士気が上がってしまったのだ。

 リーチェとハーベルが婚約していることは隊員達もすでに知っていることなのに、中には明らかに下心が見え隠れする者すらいる。


(俺の婚約者だぞ!?)


 王子である彼の将来の伴侶だというのに、団員達は露骨にリーチェにデレデレで鼻の下を伸ばしていた。

 まぁ、あんな美人に「頑張ってくださいね」と笑顔で付与魔法をかけられれば、女に縁のない男どもがコロッといってしまうのも無理はない。


(リーチェは可愛いからな……)


 前髪で隠していたが、昔から愛らしい顔立ちをしていたことをハーベルは知っている。しかも、最近はオシャレをするようになって、彼女の美しさが衆目にさらされるようになってしまった。


(自分だけが彼女の良さを知っているはずだったのに、そうでなくなってしまった)


 それを少し残念に思っている自分がいる。

 もちろん目上の立場であるハーベルがいる以上、隊員達が本気でリーチェに手を出すことはないと分かっている。そう分かっているのだが……ハーベルはどうしても心の中にモヤモヤしたものが溜まっていくのだった。

 己の狭量さにため息を吐きながら、政務室で資料を眺める。

 数日後に、魔物討伐のために騎士団と魔法士団は北の森へ遠征に行くことになっていた。

 今は物資や食料の最終確認をしているところだ。

 魔物を間引いて周辺の街の被害をなくす、という大義名分はあるが、実際のところはどちらの団がより強いかを決める戦いとなっている。


(陛下は、俺とマルクのどちらを王太子に推すかで迷っておられる……)


 もちろん日頃の政務や、他国との外交商談なども重要なのだが、こういう騎士団での成果も王太子としてふさわしいかどうか考慮される。団をどのくらいまとめられるか、配下の能力の活かし方や戦略など、あらゆる面を国王から見られているのだ。

 実際のところ、周囲の期待に相反してハーベルはそこまで王位への執着はない。

 幼い頃は、マルクとは気は合わなくとも嫌いというほどでもなかったから、彼が望むのなら王位は譲って、サポート業務に徹しても良いとさえ思っていた。

 しかし、ある時にマルクがハーベルを謀略にかけようとしていることを察してからは、マルクに対して一歩引いて接するようになった。警戒を強めていた矢先、マルクがリーチェと距離を縮めはじめてしまい、ハーベルは平静でいられなくなった。

 だから彼女がハーベルに告白してきた時は、天にも昇るような気持ちになったのだ。


(……彼女を幸せにしたい)


 はやる気持ちを抑えながら婚約の手続きを進めていた時に、マルクはリーチェの意思を無視して魔法士団に引き留めようとしてきた。


(──リーチェが有能だから魔法士団に引き止めたい気持ちは分かるが……マルクのそばにいたら、彼女は不幸になってしまう)


 自己中心的な男のそばで、幸せになれる女性はいない。

 それでもマルクが彼女を愛し、大切にする姿勢を見せて、また、リーチェもマルクを愛していたならば、ハーベルも身を引いたかもしれないが……。


(今となっては、もう絶対に彼女を渡す気にはなれない。リーチェは俺のものだ)


 マルクがリーチェの魅力に気付いて本気になったところで、もう遅い。

 けれど、もしもマルクが王太子に推薦されることがあったら……あるいはハーベルが失脚するようなことになれば、マルクはリーチェを容赦なく奪っていくだろう。そう、たやすく想像がついた。


(だから、なんとしても王太子にならなければ……)


 そのためには、今回の遠征も勝たねばならない。

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