第29話 辺境の森



 届け先地点とされている場所は、地図で書き示されていた。


 町の外、西側の門から直線距離で、約五キロ程。

 そこはちょうど魔物が住まう森の中で、最近見た別の地図で見た覚えのある辺りでもあった。


「冒険者ギルド調べの魔物発生・討伐地点。よりにもよって、その中でも特に厄介そうな場所辺りなんだもんな……。そりゃあ装備も久しぶりに引っ張り出してこない訳にはいかない」


 門を出て走り出した俺の体は、町で配達をしている時と比べて少し重い。


 太ももに巻き付けたポーチの中には、何種類かのポーション。

 背負ったリュックの中にはあの思い魔法石が入れてあり、リュックの上から硬化魔法をかけている。


 ただの皮リュックでも魔法をかけていれば、万が一何かが当たっても中身をある程度は守ってくれる。


 いつもの配達時には必要がないのでやったりしないそんな備えを「念のため」でやるくらいには、俺もこれがいつもと同じ楽な配達ではないという自覚を持っていた。



 町の人にこの仕事について説明したら、おそらく七割程度の人は「どこがどう普通の配達と違うんだ?」と首を傾げる事だろう。


 たしかに受取人はいないが、ただそれだけ。

 逆に目標地点に荷物を置いてくるだけなんて、むしろ楽な仕事なのではないか。

 そんなふうに思う人もいるだろう。


 が、事はそう簡単な話ではない。



 魔物は雑食で、草木も生き物の血肉も、割と何でも食べる。

 しかし厳密には、彼らが食べているのはそれらそのものという訳ではない。


 俺たち普通の生き物のように、それらの食べ物に含まれる栄養素を摂取している訳ではないのだ。

 彼らが食べるのは、彼らの生命維持に必要なのは、食べたものに含まれている魔力である。



 つまり、何が言いたいのかというと。



「多いな魔物!」


 襲ってくる魔物にナイフを振るい、すれ違いざまに斬撃を食らわせる。



 俺が持っている魔法石は、かなりの魔力を内包している。

 魔物からすれば、おそらくこれ程美味しそうなエサもないだろう。


 が、それにしたって。


「これでもう、十二体目。森の入り口がまだ見える距離なのに」


 初級魔法を刃に這わせて振るった一撃で沈んだ魔物を横目に、振り返り進んだ距離を確認する。

 

 あまりに久しぶり過ぎて、この森の深度で出てくる魔物がいつもより強いかの区別はつかない。

 が、明らかにその数は異常だ。


「最初は『何で俺がこんな仕事を』っていう気持ちもないではなかったが、ここまでなら確かにカイルの判断は英断だったって言っていいんだろうなぁ」


 魔物との遭遇率が半端ない。

 到底安全に届け物なんてできないだろう――それこそ冒険者を、それなりの深さで齧ってでもいない限りは。



 懐かしいな、と思いながら森の奥へと進んでいく。


 俺が冒険者をやっていたのは、もう何年も前の話だ。

 最初は幼馴染四人で冒険者登録をして、浅いところで弱い魔物討伐や簡単な薬草採取を行っていた。


 そこから、カイルが教会内で本格的にのし上がるために冒険者から引退し、レオも領主としての仕事を少しずつ任されるようになって来なくなり、俺とジーク二人だけが残った。


 そうなってから、二、三年は一緒にやっていただろうか。

 やがて俺は夢から覚めて、郵便屋という職に出会った。



 今はもう冒険者を引退している。


 冒険者登録自体は、基本的に資格はく奪以外は削除されないので、籍自体はまだ残っているが、もう一年以上は依頼を受けていない。


 冒険者にはランクというものが存在しているが、アレはジークの恩恵をかなり受けたものだ。

 パーティーを組んでいる人間のランク程、当てにならないものもない。


 ……まぁ、ソロで冒険者をしている奴の方が、かなりの少数派ではあるが。



 俺の行く手を阻むように、時には死角を狙って後ろから、俺に襲い掛かってくるのは、今のところ小型や中型の魔物たちばかりだ。


 俺くらいの実力でもまだ、足を止めずに戦える。

 すれ違い様に刃を振るい、時には簡単な魔法でひと手間加えて狩りやすくして、可能な限り時間を取られないようにして進む。



 本来なら、魔物を倒した後には討伐部位や魔石などを拾って持ち帰る。

 そうしないのは、純粋に今は仕事中だから。

 俺の目的はあくまでも『配達』であり、もう冒険者家業ではない。


 ただまぁ一応倒したのなら、討伐報告はしなければならないだろう。

 そう思い、届け先を示すために貰ったあの地図に、魔法で簡単に印と討伐した魔物の名は記しておく。


 初級魔法『転写』はその名の通り、思い描いたものを対象物に転写する魔法である。

 これは、訓練さえすれば複雑な記号なども短時間で写す事が可能だ。

 あまり活用できるシーンがないせいでそこまで練度を上げる人間はあまりいないらしいけど、器用貧乏だった俺は、この魔法もそれなりに極めていた。


 ……まぁ、ものすごい速さで大量の魔物を討伐するジークと一緒にいたので報告にも都度苦労し、その結果極める事になった魔法だが、瞬間的にメモを取りたくなった時などに地味に役立つ。

 簡単な文字と印くらいなら、一瞬で書けるので時間短縮にもなるし手間も少なくて済むしな。



 リュックの中の地図に対してそれを都度行いながら、まるで俺を脅かすために出てきてるのかと思うくらいの勢いで出てくる奴の繰り出す攻撃を、最小限の動きで避けてまた一匹沈めた。


 当たり前かもしれないが、「強さはともあれ出てくる魔物の種類自体は、俺が知っている頃の森と変わらないんだな」という感想を抱く。


 森を進むにつれ、段々獣道から道の様相が消えてきた。

 地面が凸凹し、草が生え、人に道を開けるようにして生えていた木々も段々と邪魔になってくる。



 当たり前だ、奥に進めば進む程、そこを通る冒険者たちの数も減る。

 踏み慣らされて平らになった地面は面積を減らし、たまに大型の魔物か冒険者が荒らしたのだろう場所が時折あるだけになって。


 地面を走るより木々の枝を飛び移る方が余程進みやすくなってきたと判断し、歩道をそちらに切り替えた。



 目的地まで、あと半分。

 そのくらいの距離まで来て、武器の損耗はほぼゼロ。

 魔力にもまだ随分と余力がある。


 しかしここに来て、流石にすれ違い様に討伐できる魔物との遭遇は終わってしまった。

 その事実を俺に告げたのは、二足歩行の巨大な牛だった。



 ――冒険者ランクB級推奨の討伐対象、ミノタウロス。

 筋骨隆々の牛のメインウェポンは、大きな斧だ。


 理性のない赤い目が、俺を見ていた。

 振られた斧がブンと空を割き、周囲の邪魔な木々をなぎ倒す。



 その木々を足場にする直前で、俺は前方の木の枝に手を掛けた。


 そのまま、クルンと一回転。

 手を掛けた枝を足場に着地して、脅威を素早く観察する。



 

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