第25話 凶賊と殿下

 寝静まった夜の河川。

 あまりにも古くなりすぎてただの土くれと化してしまった古代の城壁の側に、数頭の馬が並び、その向こうには四艘の船が、簡易的にしつらえられた船着き場に、係留されていた。


 城塞都市ペイズワールの外苑部にあたるこのあたりは暗く、夜に溶け込むかのように闇と一体化していた。

 その中に焚かれたたき火を囲い、十数人の男たちが静かに座っている。


 彼らは一様に同じ格好をしていた。

 墨一色に塗られた革の胸当て同系色の籠手を手に巻きつけ、それはどうやら金属製のようで両手が触れると鈍くカチカチと硬い音を立てていた。

 黒の上着に黒のズボン。かろうじて長靴が色違いなだけで、その顔も目鼻をくり抜いた造りの真っ黒な覆面でおおわれている。

 腰に短剣を差し、それは肩から指先ほどの長さだった。


 ほとんどが体躯の良い男たちで、なかには幾人か体型からそれと見て女と分かる者たちもいた。

 彼らは誰もが押し黙り、なにか物憂げな陰鬱な雰囲気を醸し出している。


「今夜は失敗だったんじゃないのか」


 焚き火により近い男たちの一人がそんなことを口にした。


「ここで待ち合わせにしなくても良かったんじゃないのか」


 別の男がそんな風に言った。


「ここは大河と支流の重なる合流地点だ。物を運び出すにしても運び入れるにしてもちょうどいい。それくらい分かってるだろうが」


 彼らのリーダー格らしき男が、二人のぼやきを止めるようにそう言った。


「今夜はたまたま運が悪かっただけだ。これまでは成功した。成功するように俺たちも努力してきた。そうだろ?」


 ああ、そうだ。と周りから賛同の声が上がる。

 しかし、と一人の女性の声がそこに割って入った。


「だけどちょっと待っておくれでないかい。最近の回数が多すぎると思うんだ。あたしはね」

「ラナルータ。お前の言いたいこともわかる。だが、これも旦那様の思し召しだ。今の時期しかできないしな」


 リーダー格の男にそう言われ、ラナルータと呼ばれた長身で細身の女は「わかってるよ」と呻くようにぼやいた。

 そんなことを話していると、後ろから別のもう一団が馬に乗って現れた。


 三頭の馬。

 それらはそこに繋がれているどの馬よりも立派で、栗色や漆黒の気品のある馬たちだった。


 痩せこけていて適当に扱われているそれ以外のものとは格の違いを見せつける。

 男達はここ最近、古都の貴族の屋敷や富豪や有力商人の倉庫などを狙っては大金を盗み出し、商品を強奪し、放火を続けている凶悪な盗賊。


 凶賊だった。


「時間通りだな‥‥‥殿下」


 覆面をするわけでもなく、目の当たりを隠す仮面を見つけたその青年とお供の剣士たちは、リーダー格の男にそう呼ばれて目を向ける。


「当たり前だろう? 時は金なりだ」


 殿下と呼ばれた青年ラグオルは快活に笑った。

 ラグオルは白い肌をしていた。暗闇でそこまでははっきりとわからないが仮面をつけていても、その端正な顔立ちと、大きな瞳はよくわかる。典型的なこの地方の貴族の血統らしく、苔桃色の髪を肩まで伸ばし、後ろで一つに結んでいる。

 オレンジ色の焚き火の灯りを反射するような瞳は、透けるような緑だった。


 彼とその従者たちは、男たちとはまるで正反対に馬で遠乗りをするときのような厚手のジャケット、その下に麻のシャツを着込み、綿のズボンを履いている。そばにいる男達はそれぞれが腰に剣を差していたが、ラグオルは丸腰のようだった。


 リーダー格の男は軽くうなずくと、懐からおもむろにあるものを取り出してそれをラグオルの隣に立つ男に放り投げた。


 彼がそれを受け取り包んであった白い布を解くと、そこには一本の真鍮製のような丸い筒が顔を覗かせていた。


「商品に間違いはないのか」

「中を覗いてもらえば分かるだろ」


 促されて、男の一人がその筒の上部をくるり、と回すと、途端に鈍い銀色だったそれは、あちら側まで透き通るガラス瓶のように姿を変えた。


 内側は緑色の液体で満たされており、そこには幾重にも管を巻いた、蛇にような、それでいて三割ほどは半裸の女性。腰から下は蛇、そこから上は人間の女。

 そんな風に見えるなまめかしい生物が、苦しそうに顔を歪めて中に収まっていた。


「確かに。ラミアの幼生‥‥‥だな」

「それもライストリュラミアの幼生。俗にいう、人食いラミアの‥‥‥女だ。そこいらで手に入る品物じゃない。今日これを手に入れるだけで六人が死んだ」


 ぺっ、と唾を吐き捨てて、リーダー格の男は威嚇するようにそう言った。

 まるで何かを早く出せと催促しているように。


「約束の成功報酬だ」


 ラグオルがそう言うと、後ろに立つ二頭の馬の鞍に繋ぎ止めてあった四つの革袋が、男たちの手によって下される。

 中には硬貨でも詰まっているのか、ジャラジャラと金属音が鳴り響く。

 それを聞いてリーダー格の男はニヤリと頬を歪めた。


「あんたならちゃんとしてくれると思ってたよ、殿下」

「殿下と呼ばないで欲しいな。それはもう終わった国の名前だ」

「そうだった」


 リーダー格の男は肩をすくめてそう言うと、仲間たちに合図をする。

 どこから持ってきたのか凶賊たちは男たちの前へと四つの木箱を運び出した。

 ラグオルの部下の一人がそれぞれの木箱の蓋を開けさせて中身を確認する。


 彼が間違いありませんと頷くと、先程彼と話をしていた背の高い女、ラナリータと他数名が、足元に積んであった幾つかの木箱を持って移動始めた。

 それは繋いであった船の一艘に、全ておさまった。


 合計、四箱の木箱。

 大人一人が抱えて運んにちょうどいいくらいの大きさのその中には、少々粗雑に扱っても割れることのない先ほどの瓶が、それぞれ一箱につき十二本ずつ。計四十八のラミアの幼生がその中には荷物よろしく梱包されていることになる。


「やれやれ。今夜のこれは大変な大仕事だったよ。また人手を補充しなきゃならん」


 ぼやくようにリーダー格の男が言うとラグオルは涼やかな声で「大変だな」とそれを慰める。


「人を集める時には、私の名前を使ってくれて結構。冒険者には注意してくれよ?」

「ああ、もちろんだ。あいつら何気に公務員だからな‥‥‥俺たち貴族に使えるものやあんたみたいな亡命者には、おっと。これは言わない約束だったか」


 一瞬、ラグオルの瞳の奥に危険な光が宿った。


「私は失った国には興味がないが、今更捕まって不自由な塀の中に入るつもりはない。今夜の働きに関しては追加で男爵様に報酬を支払っておく。これからもよろしく頼むぞ」


 そこまで言って言葉を区切ると、ラグオルは嫌味を言うかのようにリーダー格の男の名前を呼んだ。


「私の期待を裏切らないでくれよ、ロイダース卿」

「もちろんですよ、殿下」


 ロイダースは覆面の下でにやりと笑う。


「その馬は、今回の報酬としていただいてもよろしいので?」

「勝手にしろ。そんなに安くもないが高くもない。お前たちの足代わりにはちょうどいいだろう」


 ラグオルはさっさと下馬すると、部下たちが用意をした船に乗り込み、そのまま船は彼らを乗せて静かに水面へと漕ぎ出していった。


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