第10話 死の予感

「おい、クソガキ! 諦めるか? 今登録したそのカードをさっさとカウンターに返して家に逃げ帰るんだな。おふくろの胸にでも抱いてもらって泣いて過ごせ。それがお前にはお似合いだよ」


 十数人の集団の中でリーダー格の男がそう言い、蹂躙の嵐はひとまずの終わりを告げた。

 最後に深く鋭い蹴りが放たれる。

 それはブーツのつま先の細さをもって、ルークの胸の奥深くにめりこんだ。


「あがっ‥‥‥おえっ……ぅ」


 声が声にならない。

 悲鳴を出そうとしたら、肺の中から空気のすべてが絞り出されてしまったあとで、息を吸いこめない。

 めりっと音がしてやってきた硬いつま先は、まだたった八歳の少年の肋骨を蹴り折っていた。


 ハヒューはひゅーっ、と自分の喉から奇妙な音がする。

 折れた肋骨が肺につきささり、全身から空気が漏れていく。

 生きる力が何か見えない手によって体から抜き取られていくようなそんな感触に襲われる。


 ゾッとする冷たい暴力的なそれに抗えない。

 僕はもう死ぬんだろうか?

 そう思うと脳裏に浮かぶのは彼女たちのことではなくて、この地方に来てからずっと元気のない家に残った母親の顔だった。


「……か、さ‥‥‥ん」


 お母さん。お母さん、助けて。

 僕は死んでしまう。お母さんを誰か守って。僕はもう何もできない。


 お父さんが裏切り者だったから。

 悔し涙があっという間に目の奥から溢れてきた。

 涙なんて流したくないのに、情けないと思うの、それはとめどなく溢れてくる。


 こんなに涙を流したのは二年ぶりだ。

 あの王都を追放された日の午前。

 婚約者に「ごめんなさい」と言わせてしまったあの日、以来のことだった。


 もう二度と涙は流さないとそう誓ったのに。

 こんなにあっさりと破ってしまうなんて、やっぱり僕は裏切り者の血を引いた愚かな男なのかもしれない。


 騎士になれない、卑怯者なのかもしれない。

 そう思うと、どうして生きているのかがわからなくなった。


 復讐なんかより、まず大事にしなければいけないものがあって、それは母親のマーシャを守ることだけ。そのことだけだったのに。

 後悔がやっぱり襲ってくる。

 そして、あの日から今日までの二年間のことが、脳裏によみがえる。


 この二年間はひどかった。

 本当に、どうしようもなくひどかった。

 いくつもの困難が襲ってきて、それでも、どうにか生きてこれた。

 だけど、やはり裏切り者には、相応しい末路しかやってこないらしい。

 いま冒険者になるきっかけとなったあの忌まわしい仕事もそうやって、舞い込んできた。

 

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