第9話 休眠

「ローズはとっても可愛いし、魔法もたくさん覚えて、マナーもきちんとしているし、お勉強も楽しいっていう賢い子なんだよ。とっても優しいし」


「お前がその子を気に入っているのは分かったよ。本来の運命を捻じ曲げるのは悪魔が裏で手を引いている事が多いからな。

 こちらもお前から話を聞いてすぐに対策をした。悪魔をこの世界から追い出した。そしたらみんながローズの事を探し始めたんだよ」


「ふぅん。あんまり興味なかったからなぁ、でもいい気味だね。ローズを傷つけたんだ、少し慌てるくらいさせておけばいいさ」


「あの貴族が通う学校が舞台だったらしく、生徒のほとんどがおかしくなっていたようだ。ローズの婚約者もね」


「ま、だろうね」


 そんなの知っている。


「いやぁ、悪魔が手先を送り込んでいたんだよ。この世界を覗き見ることができる異界の魂を転生させてきたんだ。あまりにも巧妙な手口で神が顕現していないあの国では後手に回ってしまったようだ。

 ケルゥは神殿も持っていなかったし」


「兄さんたちのせいじゃないか! 僕が人間たちのために動くと悪影響があるって境界に封印まで施しておいてよく言うよ!」


「悪いと思っているからこうして可愛い弟の頼みを聞いているんじゃないか」


 悪びれもせずに兄は言う。

 くすんだ茶色の髪に茶色の目、平凡な見た目の青年はとても人が良さそうに見える。


 一週間ほど、馬車に揺られての旅が続いた。贅沢な宿屋、親切な使用人たち

、そして暖かく見守ってくれる兄。

 ローズマリーの体で本当にただただ愛される日々。これは母が生きていた数日間に匹敵するほどの暖かさだった。


 暖かいフルコースの料理はとても美味しく、宿屋の部屋で綺麗なテーブルマナーを兄に褒められながら僕たちは話しあった。

 もちろんローズマリーの今後についてだ。


「眠る、とは時も止めてただ魂の再生を待つ時間が必要なんだろう?」


「僕は良い思い出をローズに見せてあげなきゃいけないからね。その間の体の管理を兄さんにまかせたいんだ」


 パンをちぎって飲み込む。公爵家に住んでいた時よりも柔らかくてふわふわしている。使用人たちは分からないようにほんの少しの嫌がらせをしていたのかもしれない。これはローズには内緒にしておこう。


「一つ聞きたい。その才能をお前はどうするつもりなんだ?」


「冒険者になるのも一国の王様になるのもいいかもしれないし、魔法士になって研究するのも楽しそうだね。でもこの魂が求めているのは『家族との暖かい時間』だよ」


「目覚めた後の進路は考えなくてはいけないだろう? ローズは何になりたいんだ?」


「分かんない。皇子さまのパートナーだったから礼儀作法は一通り、賢いから新しい知識もすぐに覚えられる。王さまに仕える文官なんてどうかな! お城の料理は美味しそうだからね、僕も楽しみが増えるよ」


「ローズマリーのパートナー候補はこちらでも色々見繕っておこう。奇跡的な出会いよりも先に選別しておいた方が良いだろう」


「もう人間よりも犬でも飼った方がいいかもしれないけれどね」


 これ以上ローズを傷つけるくらいなら動物と暮らした方がずっと良いだろう。


「あの街で暮らした一年も今も、ローズの人生の中で一番に輝くくらいに明るかった。目覚めたら、あの街で暮らすのも良いかもしれない」


 そんな風にイクシリオンに着くまで僕らはローズマリーの明るい未来計画を立てて行った。彼女が希望する未来にするためにどんな準備をすればよいか、それはとても楽しい時間だった。


 兄の神殿に着き、僕はいくつもある儀式用の一室を自室としてもらった。


 神官たちは僕の名前を聞いてピンとこないようだったが、兄から末神と商会されて一定の敬意をもらう事が出来た。


 真っ白な服に着替えて、白いベッドに横になった。

 目を閉じる寸前まで兄はそばにいてくれた。


 沈み込むように僕はローズマリーの魂と向かい続けた。


 楽しい記憶面白い記憶、あたたかい記憶をローズマリーの魂に見せる。時折、リアムとの楽しいお茶会の記憶も見せてみたが、彼女はとても傷ついるみたいだった。

 リアムの顔を思い出すたびに泣いていた。


 外では何年経っているのか。少しずつ母の愛を思い出させ、冒険者仲間との愉快な思い出を見せ、二人で隠れて笑い合った幼い頃を思い返させる。


 少しずつ僕はローズマリーの魂を回復させていった。


 そして亀裂はたくさん入っているものの、ようやくローズマリーの魂はキラキラとした輝きを取り戻してくれた。

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