呪われた令嬢は、神に愛されて幸せになります!~願いはたった一つ、彼女の幸せ~
夏伐
第1話 私のかわいい娘
そこは深い闇の中だった。
昔はここには休養のためにだけいたのだが、他の兄や姉たちに叱られて外に出してもらえなくなった。
曰く、彼・彼女らの判断する『悪しきもの』の願いに呼応した顕現を禁じられた。
だが、僕の元にやってくる魂たちは皆ズタボロになったものたちばかり。
才能を潰され、心をすり減らし、尊厳を傷つけられたものたち。
キラキラと輝いていた魂は、破片となって僕の元にやってくる。ただ安寧を求めて。
宝石のように才能の欠片を持ったまま落ちてくる魂たちは、落ちてくる途中にさまざまなものをこそぎ落とされて強固な願いを持ったまま僕に面会する。
『家族と共に幸せに暮らしたい』という願いも元々の『この力を使って平和な国を作りたい』に変換された。
僕はその魂を哀れに思い、二度目の生を与えた。
その魂は歴史に残る大帝国の皇帝となった。一度目の生とは違い、望むものを手に入れた魂は死後、姉の元へ旅立っていった。
大帝国が築かれる間、たくさんの血が流れた。
そのせいで潰された才能や器、魂たちは前の時間軸よりはるかに多く、僕の元にはたくさんの魂が集まった。
そんな風にして様々な人間を救い、もっと多くの人間が僕の元へ集まっていった。
いつしか僕は邪神と呼ばれるようになっていた。
そのせいで人間界で遊ぶことも出来ず、ただ輝く魂の破片を覗いては人間たちの人生を鑑賞した。
『……けて』
その声が聞こえたのはただの偶然だったのだろう。
『……誰か、この子を助けて』
まだ若い女性の声だった。
近くにある魂の欠片から聞こえるのではない。それはまだ生きている人間の助けを求める声だった。
興味を惹かれ近くまで行こうとすると、すんなりと闇から体を出すことが出来た。
つまり、彼女の声に応えることは兄姉たちの判断する『悪』ではないということだ。
僕は久しぶりの人間界にわくわくした。
声に導かれ、辿り着いたのはとても広大な領地を持つ貴族の屋敷だった。人間なら一度は夢見るだろう馬車が必要なほどの広い庭、維持管理するにも何十人もの召使が必要になるだろう豪華な屋敷。
その中の広く豪華な部屋で一人の女性がベッドで寝込んでいた。
「神さま……どうか……」
弱々しいその祈りに応える神は僕以外にはいないようだ。
彼女の腕の中には魂の抜けた生後間もない赤子がいた。
「こんにちは、もうこんばんは、かな?」
外は薄暗くなっているのに、地位があるであろう女性の部屋には明かりが灯っていなかった。もう人間には肌寒い季節だろうに、暖房すらない。
僕の声に女性はとても驚いたようだった。
「君たちはもうすぐ死んでしまうよ。僕で良かったらその願いを叶えよう」
女性の様子をよく観察すれば、弱々しい魂、ズタズタになった心、出産後にまともに医師に診てもらえなかったのかいくつもの感染症にかかって今にも死んでしまいそうだ。
死に近い、そして強い願いを持っていたからこそ僕に声が届いた。
「あなたは悪魔ですか?」
「僕は一番力の弱い神さまさ。神さまの中では一番君らに近い存在ともいえるだろうね」
「悪魔でも何でも良いのです。どうか、この子を助けてください」
僕の姿は今、彼女にはどう見えているのだろうか。神だと言っているのに悪魔だと思われているようだ。
「分かった。もう安心して良いよ」
僕は必死に泣いている彼女を眠らせて、赤子を見た。女性の記憶を複製して読み込んでみたが、ああ、どうにも可哀想な人だった。
赤子を抱きかかえて、体を観察する。魂はとうに抜け出して女性の横で彼女が死ぬのを待っている。
「君は、もう一度やり直したいかい?」
たった数日とはいえ、生後間もなく父や使用人たちから罵詈雑言を浴びせられた無垢な魂は母親のそばでじっと動かなかった。
「分かった。何日かしたらお母さんと一緒にお迎えの人についていくんだよ」
ほっとしたように、赤ん坊は母親の隣で小さく眠り始めた。その姿は五歳ほどの幼児の姿。
かわいらしいその姿に僕は無理やり魂と肉体を結びつけることを断念した。
それなら代わりの魂を用意しなければならないだろう。
命尽きるまで数日とはいえ、母親は生き返った赤ん坊を愛してくれるだろう。僕の神域でまだ留まっている魂。願いが強すぎて浄化できずにいた少女の魂を見つけて赤ん坊の体に放り込んだ。
ならば一際に家族を求めていた魔法の才を持った魂の欠片。砕け散った欠片では人足りえない。僕は失われた少女の魂に仮の器を与えた。
こうして人を越えた力で補強して、砕けた魂を修復しなければ再生させることなどできなかった。
僕の役目は魂の再生。また綺麗な宝石に戻った魂は兄や姉たちの元へ旅立つことが出来る。
その過程で人の体を媒介にして僕も人間界で遊ぶことができる。ただ再生を前にまた魂が砕け散ってしまうこともある。そしたらまた真っ暗闇に逆戻りだ。
久しぶりの人間界。楽しく遊ぼうじゃないか。
僕は赤子を母親の隣に寝かせた。小さく胸が上下し寝息を立てている。僕はその器に宿り、時を待つことにした。彼女が生きているその間、僕はここにいられる。
『愛されたい』という魂の願い。きっと叶えてあげよう。『幸せになってほしい』という母の願い。それもきっと叶えてあげる。
だから今はゆっくりと眠り、母に甘えると良い、僕のかわいい娘。
冷たい部屋の空気を魔法で暖かく。枕元には弱い小さな明かりを灯した。この体にはそもそも膨大な魔力が宿っていた。
そこに魔法の才能。
人間たちはこういった大きな力を持っているものが大好きじゃないか。きっとこの子は幸せになれる。
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