Inherit Will ーBreak The World-

石黒陣也

プロローグ

 がたん、ごとん……がたがたんごとん。


(揺れてる)


 薄く目を開けると、真っ暗な闇が広がっていた。目を閉じていてもいなくても、そう変わらない視界の闇。


 激しく揺さぶられている。激しい音が飛んでくる。

 外で爆発が起こったようだ。


 ガタン! ガタン!


 その余波で、私が入っている『箱』ごと、激しく揺さぶられた。耳を澄ますと、爆音に混じって金属が引っかかれる音やタイヤがこすれる音、怒声に叫び声が。


 周囲から起こる激しい揺れに、私が大きく揺れた。見えるものは暗闇。感じるのは水がゆたって、波のように肌の上を流れていく感覚。外では激しい音と声が未だに飛び交っている。


 『箱』のすぐそばで爆発が起こったらしい。私は『箱』に入ったまま爆発に吹き飛ばされ、ごろごろと転がった。


(痛い)


 体中を満遍なく打たれた。身をよじって、体が動けるかどうか試してみると、

『箱』が口を開いていた。


 手を伸ばして、開いた蓋を持ち上げて外へ出る。


 起き上がると、自分が何も着付けていない全裸であることが分かった。胸のあたりが膨らんでいるのは、自分が女性という性別の――人間。だからだ。


 粘度を持った水溶液のせいで長い髪が重くべたついていた。口には呼吸ができるよう酸素マスクを取り外す。


 外――自分が入っていた『箱』の周囲の状況を確認する。


 不意に、声が漏れた。


「あ……」


 赤い、紅い、暁い――

 目の前は。

 火の海だった。


 燃えている。黒くなった残骸がそこらじゅうに転がっている。よく見れば、もとは生物だったであろう残骸も。


 この炎の海の世界に、たった一人だった。

 どうしよう?


「誰か……誰かいませんか?」


 小さな呟きは、周囲の状況に瞬時にかき消された。


 周囲へ向かって呼びかけ、辺りをめぐらす。


 ――いた。しかし。


 戦っていた。


 すぐに把握できたのは、四人の姿。なぜそんな印象があったのかといえば、その四人が、自分たちよりも多い、異形な生物と戦っていたからだった。


 「鋭光矢(シャープアロー)!!」


 四人のうちの一人が腕を突き出して叫んだ。その掌から、いくつもの光の帯が放たれ、異形な生物たちを即座に屠る。


(これは、なに?)


 黒ずくめの四人が飛び交っている。


 光を放った人物の近くに黒い刀を持った男がいた。


 風のように突風のように、あるいは放たれた矢の如く、異形の怪物たちを黒刀で切り裂いては流れていく。


 後の二人は、やや離れたところにいた、そっち側は――


 同じ黒ずくめの男だったが、顔に仮面をつけ銃器で武装した男だった。


 手に持ったショットガンで正面の一体を屠ると、素早く持っていた武器を別の物に持ち替え――今度は大型ナイフに。それを後ろから襲い掛かってきた別の一体を、振り向きざまに切り裂いた。


 四人目の最後の一人は、上手く視界に捉えることができなかった。見た目も小柄で、かつ猛獣のように俊敏に動き回っている。何かの体術が拳法なのだろうか、一人だけ動きが違っていた。そして、両腕に備わっている小手と刃――クローを武器に、怪物の腹へ、その刃を突き刺す。


「はああああああ!」


 掛け声とともに、彼の腕から紫電が走った。怪物が高圧の電流に襲われ、身を焼かれながらばたばたと暴れだす。


 そんな中で、私は。


 ――逃げなきゃ。 


 はっとなって自分が戻ってくると、逃げることしか考えられなかった。


 なんで彼らが戦っているのか、分からない。自分が何でここにいるのか分からない。


 自分がどうなってしまったのかも――自分は。


 狭いこの室内から出ようとしても、体に力が入らない。動けない。


「私は……誰?」

 思いだせない。私は誰だ、何なんなのだろうか。


 何も全く、状況も自分自身も、すべてが分からなかった。


 ――逃げなきゃ。


 『箱』の中から……出れない。わずかに開いた隙間から手を伸ばすが、空を掴むだけ。


 ここにいては危険だとしか思えなかった。このまま逃げるしかない。逃げようとして。


 脚に力が入らない。というより、脚もそうだが体が上手く動かせない。


 頭が痛い、室内にいて強く頭を打ったようだ。急に意識が遠のく。


 あがいていると、複数の足音が集まってきた。


 視線だけをめぐらすと、黒いブーツが8つ、四人分の脚だった。


(さっきの、ひとたち……)


 意識が遠のいていく、顔が冷たくなって、血が下がっているのだとぼんやり思いながら、集まってきた四人を見る。


 顔は分からない。黒い布で顔を巻いた二人に、仮面の男に、マントと一体になったフードをかぶった……四人の黒い人たち。


「あなたたちは……」


 返事は、誰からも帰ってこなかった。


「私、は……だれ、なんですか」


 最後のなんですかはほとんどかすれたまま、ちゃんと言えたかどうかもわからない。


 そのまま、意識がまた闇に閉ざされていく――

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