アリシアの歴史解説コーナー。『ファブリス最後の女王エリザ=リベット』
アリシア(以下ア)「皆さん、御機嫌よう。今日は『ファブリス女王エリザ=リベット』を紹介するわね。この御方はオーベール一世陛下の王妃で、フィリップ十四世のお祖母様にあたる女性よ。ファブリスという王国の、最初で最後の女王陛下。そしてオーベール一世王妃として夫を支え、フィリップ十三世を生み育ててきた偉大な国母よ」
エリザベス(以下エ)「とってもハラハラワクワクする、恋のお話もあるんですよね、アリシア様!」
ア「ええ。私、ずっと解説を楽しみにしていたの! ね、カレル様もそうでしょう?」
ローフォーク(以下ロ)「そんなわけあるか。どうして俺がこんな目に……」
ア「まあ、カレル様ったら。エリザ=リベットと言えばオーベール一世。オーベール一世と言えば、初代ローフォーク子爵ヴィルヘルムじゃない! ローフォーク家に伝わる逸話とかあるのでしょう?」
ロ「あるにはあるが……。そういうのはフランツでも良いだろう」
ア「御先祖様の事は子孫が語るべきよ。ねー、リリー」
エ「私も聞きたいです。シュトルーヴェ伯爵アルセーヌ様との友情も聞かせて下さい!(キラキラ!ワクワク!)」
ロ「ぐ……!」
ア「じゃ、了承を得たという事で。それじゃ、お話しして行くわね」
エ「はい!」
ロ「(面倒臭い事になった)」
ア「ファブリス最後の女王エリザ=リベットことエリザは、今の我が国を南北に分けるオルヌ河より南域で繁栄した王国の女王よ。父親はファブリス国王ピエール。母親はファブリスの高位貴族の娘アメリー。エリザは、我が国の暦で一九一年の夏に生まれたわ。とても明るくお茶目な女の子で、勉強はあまり好きではなかったと言われているわね。だけど御伽噺や物語は大好きで、結構な夢見る少女だったみたいよ。本を沢山読みたくて、十二歳になる頃には母国語以外にコルキスタ語とアンデラ語、他にもあと二ヶ国語も話せるようになっていたの」
エ「好きな物を求める力って偉大ですね」
ア「勉強を教える教師との相性も良かったのよ。教師の一人だったボナリー伯爵夫人が、遊びを混えながらエリザの学ぶ意欲を育てていったの」
エ「ボナリー伯爵!」
ア「気付いたかしら? そうよ、ボナリー少佐の御先祖様よ。ボナリー家はローフォーク家と同じく、ファブリス王国の貴族だったの。夫の伯爵はとても堅実で世話好きな御方で、国王ピエールの覚えも良かったみたい」
エ「まるでボナリー少佐みたいな御方ですね。あ! だからローフォーク少佐はボナリー少佐に厳しいことを言われても、嫌いにはならなかったのですね? 自分のことを本気で心配してくれていると分かっていたから」
ロ「……あの人は器用とは言えないが、人格者だ」
エ「分かります。凄く声が大きくて吃驚する事もあるけど、ボナリー少佐はとっても立派な御方です!」
ア「声と勢いが凄いだけなのよね」
ロ「おい、早く話を進めろ。もうここまでで千文字を超えているんだぞ」
ア「はいはい。せっかちな人ね。エリザの人生に最初の転機が訪れたのは、彼女が五歳の時。グルンステインから、王太子オーベールが婚約者としてやってきたの。国王ピエールの病気を切っ掛けに、ファブリスとグルンステインとの間で併合を視野に入れた婚姻政策が持ち上がったのよ。ファブリスは『聖コルヴィヌス大帝国』に於いて、南方の大国アンデラの脅威に対抗する要の国家だったの。だけど、ピエールには妃との間に娘が三人だけ。しかもみんな幼くて、先の長くない国王ピエールは娘を守り国を守って行くために、強い王配を必要としていたの」
エ「エリザ王女が五歳。その時、オーベール様は……」
ア「十五歳よ」
エ「‼︎‼︎‼︎」
ロ「言っておくが、正式に結婚したのはエリザ王女が十四歳の時だ。その上、オーベール様はエリザ様が十六歳になるまで寝所を共にする事はなかった」
エ「ほっ(安堵のため息)」
ア「二人はすぐに仲良くなったわ。と言うか、エリザがすぐに懐いたの。物腰が柔らかく、御喋りな自分のお話をいつもちゃんと聞いてくれるオーベールは、エリザにとって、とても優しい素敵なお兄様だったみたい。母親やボナリー伯爵夫人に『早くお嫁さんになりたい。あと何回寝て起きたら大人になるの?』と繰り返し訊ねていたのよ」
エ「か、可愛いです! エリザ王女がとっても可愛らしいです!」
ロ「ところがな、この時オーベール様はフィリップ十二世から密命を受けていた。併合を視野に入れた婚姻政策を申し出たのがファブリス側だとしても、ファブリスの中にも反対意見を持つ者も多かったのだ。国王が病に臥して後継者に不安があったとしても、ファブリスは決して小さな国ではないからな。何故、自分達が下手に出なければならないのか、と納得していない者がいたのだ。オーベール様には、『エリザ王女を夢中にさせろ』『王と王妃、重鎮達を篭絡しろ』と使命が下されていたのだ」
エ「ど、どうして、そんな酷い事を言うんですか?」
ロ「酷い事?」
エ「だって、オーベール一世は生涯に亘って王妃に一途だったって勉強しましたもの。それが嘘だったなんて……!」
ロ「オーベール様がエリザ様に誠実だったのは嘘ではない。だが、オーベール様が父王に使命を受けたのは事実だ。これはフィリップ十二世の側近の手記や、オーベール様の側仕えの日記にも記されている」
ア「ちょっとカレル様、もう少ししっかり説明しないと、リリーのオーベールへの評価が下がってしまうわ」
ロ「ちっ。(面倒だな) グルンステインにも複雑な事情があったのだ。どこの国でも同じ事だが、グルンステインにも度々後継者争いがあった。オーベール様の生母は外国から嫁いで来た姫君だったが、オーベール様を生んだ直後に亡くなっていた。ファブリスと政略結婚の話が出た当時の王妃は後妻だったのだ。過去にグルンステインが吸収した小国の王族だった女だ。後の初代カノヴァス公爵やシュトルーヴェ家に嫁いだソフィ王女の実母だ。オーベール様にとって継母にあたる王妃は、自分が生んだ男児をグルンステインの国王にしたかった。だが、我が国には絶対の法『マルト法』がある。この法がある内は、自分が生んだ子は王にはなれない。オーベール様が死なない限りな」
ア「オーベールは幾度も命の危機に遭遇したわ」
エ「フィリップ十二世はオーベール様を守ってくれなかったのですか?」
ア「いいえ、そんなことは無いわ。だけど、王妃の一族は国内で力のある大貴族。反乱を起こされるのも避けたかったの。そんな時にエリザとの結婚の話が上がったのよ。父王フィリップ十二世は家臣の進言もあって、王妃の手の届かないファブリスにオーベールを避難させたの。ここでファブリスを上手く取り込めば、オーベールの国内での評価も上がり、勢力は安定すると考えての指令だったのよ」
エ「フィリップ十二世は、オーベール様を心配していらっしゃったのですね」
ロ「さてな。フィリップ十二世は、オーベール様やフィリップ十三世とは異なる意味で知謀を駆使して国土を拡げていた国王だった。そのやり方はあまり好かれていない。そもそも、オーベール一世の生母が死んだのも、国土伸長のために新しい妃が欲しかったからとも言われているのだ」
ア「フィリップ十二世がオーベールを王太子にしたのは、後妻の王妃が男児を生んだのが遅かったからっていうのも理由なのよね。オーベールと末弟は十三歳も離れた兄弟だったのよ。成人できない子供が多かった時代でもあったから、フィリップ十二世としてはオーベールを失うわけには行かなかったの」
エ「でも、でも、御二人が仲良しだったのは、フィリップ十二世の思惑とは違うのですよね?」
ア「ええ。でも、流石に五歳と十五歳だもの。エリザにとっては初恋でも、オーベールに恋愛感情は無かったわ」
ロ「オーベール様が変質者では困る。大体、お前もさっき、そこを気にしていただろう」
エ「そうですけど……(しょぼん)」
ア「ふふ。安心して、リリー。二人はこれからしっかりと愛情を育んでゆくのよ」
ロ「オーベール様はフィリップ十二世の指令とは関係無く、国王ピエールや王妃アメリーとよく話した。幼少期から命を狙われるのが当たり前にあったオーベール様は、敵を可能な限り減らす為の調整能力を自然と身に付けていたのだ。反対派の首領でもある王家の血統の者達とも積極的に交流し、彼等の不満に耳を傾けた。そして、国王と王妃達と話し合わせ、互いの考えを時間をかけて擦り合わせるように勧めたのだ」
ア「オーベールは、併合した暁には決してファブリス貴族をぞんざいに扱わないと約束したわ。爵位だってそのまま。能力のある者には、新たな爵位を授ける事も約束したの。当然、エリザを大切にする事も。そして、それを実現する為には、絶対にオーベールがグルンステインの国王になり、エリザはグルンステインの王妃にならなければいけなかったの」
エ「オーベール様はそうやって地道に味方を増やしていったのですね」
ロ「人徳だ」
ア「でも、全てが順調だった訳では無いわ。オーベールがファブリスにやって来て二年。ファブリス国王ピエールが崩御したの。エリザは若干七歳で女王に即位したのよ。幼い王のいる国は、敵に狙われやすいわ。戦乱の時代、女性なら尚更。内からも外からも舐められる。王を傀儡としようとする佞臣の暗躍。それに伴って宮廷が混乱するのは必然で、そこを外敵に突かれる。エリザが女王に即位した同年、ずっと懸念されていたアンデラ王国の侵攻が始まったの」
ロ「アンデラだけでなく、東部からはサウスゼンの侵攻もあった。二ヶ国はピエールの死が近い事を察し、手を組んでいたのだ。ファブリスは二面戦争を強いられた」
エ「ど、どうなってしまうのですか⁉︎ グルンステインは勿論、ファブリスを助けるのですよね⁉︎」
ロ「何もしなかった」
エ「どうしてですか? ファブリスを取られてしまうのは、グルンステインにとっても嫌な事では無かったのですか?」
ロ「継母となる王妃が、フィリップ十二世に情報が渡らないように側近達を買収していたのだ。王妃にとっては実子の即位こそが重要で、国益は二の次だった。戦火に巻き込まれてオーベールが死ぬ事を期待していたのだ」
エ「ンンンーーーーーッ‼︎ (憤慨‼︎)」
ア「大丈夫よ、リリー。そんな姑息な手がいつまでも通用する訳が無いわ。遅くはなるけど、グルンステインはしっかり動くのよ。そうじゃなかったら、今頃カレル様もボナリー少佐も居ないわ。それに、グルンステインがビウスを含むグラッブベルグ領をサウスゼンから獲得したのは、この時なのよ」
エ「はっ。そうでした」
ロ「だが、一筋縄では行かなかった。ファブリス軍も善戦したが、さすがに二面から攻められるのは厳しかった。戦火は瞬く間に王城の近郊にまで届いた」
ア「オーベールが行方を眩ませたのは、そんな時だったのよ」
エ「居なくなってしまったのですか?」
ア「ええ。お守り役のファブリス貴族の死体を残してね」
エ「ど、どういう事ですか……?」
ア「逃亡したのよ。エリザも、オーベールを信頼していたファブリスの人々も、愕然としたみたい。追い詰められたこの状況で、最後の希望だったのはオーベールだったのだもの。オーベールを死なせない為に、フィリップ十二世がグルンステイン軍を派遣してくれると信じていたのよ。それなのに、突然居なくなってしまった。ある意味で人質の立場にもあった存在を、ファブリスは失ってしまったの」
ロ「騙されたと怒る者、絶望して泣き伏す者、放心する者。様々だったと、ボナリー伯爵夫人の手記には当時の様子が記されている。ただ、その中で、エリザ様は幼いながらも毅然としておられたそうだ。エリザ様はオーベール様がファブリスを見捨てたと考えてはいなかったのだ。そして、それは正しかった。オーベール様が行方を眩ませてから約一月。王城での籠城にも限界が来た。その時、サウスゼンとアンデラの軍隊を蹴散らして、グルンステイン軍が現れた。軍勢の先頭に立っていたのはオーベール様だ。オーベール様はファブリスの危機に、危険を顧みず自ら敵の包囲を潜り抜けてグルンステインへ支援を求めに行っていたのだ」
エ「(ぱああっ)」
ロ「グルンステインは、大軍を以てサウスゼンへと進攻を開始した。さらに正規軍の中でも騎馬隊のみで構成された軍を国境に沿って移動させ、そこからファブリス国内のサウスゼン軍の補給線と本国からの分断を狙った」
エ「エリザ様を助けに行かなかったのですか?」
ロ「先ずはファブリス国内に残されたサウスゼン軍の追い出しだ。オーベール様が率いる精鋭部隊はファブリスに残った奴等を各個撃破した。髭を焼かれたサウスゼン王は、これに対応する為に撤退命令を出した。グルンステインは生半可な手勢で敵う相手ではないからな。ファブリスの一部を獲ても、本国が陥落しては意味が無い。こうしてサウスゼンを追い払う事に成功したオーベール様は、ファブリス貴族の私設軍を拾いながらエリザ様の救出に向かったのだ」
ア「お城を取り囲むアンデラ軍の軍旗。その向こうにグルンステインの大鷲が見えた時、籠城していたファブリスの人々は歓喜に湧き立ったそうよ。奪っていたサウスゼン軍旗を目の前で焼き払い、味方だった者達の撤退を知らしめてやったの。迷いなく突撃して来るグルンステイン軍にアンデラ軍は翻弄されたわ。その混戦の中でオーベールは王城への入城を果たしたの」
エ「はわわわっ」
ロ「(……何だ、この流れは)」
ア「(大きく手を振り、声高らかに)エリザとオーベールは再会したわ! オーベールの姿を目にした途端、エリザはそれまで堪えていた大粒の涙を溢れさせて愛する人の胸に飛び込み、オーベールはしっかりとエリザを抱き止めたのよ!(ジャーンッ!)」
エ「きゃああああっ♡」
ロ「喧しい!」
エ「(聞いてない)素敵です、オーベール様! こんな再会があるでしょうか⁉︎ まるで御伽話の王子様とお姫様です!」
ア「ふふふ、リリー。これは史実よ。御伽話では無いわ。今度、私が持っているボナリー伯爵夫人ミラの手記を貸してあげるわ。子供向けの簡略版ではない、シュトルーヴェ家のコネを駆使して手に入れた完全版よ!(ドヤ顔)」
エ「あ、ありがとうございます、アリシアさま……(感激に震える身)」
ロ「何なんだ、この茶番は……。おい、それよりどうするんだ。無駄話ばかりで予定字数の殆どが埋まったぞ!」
ア「もう! ホントに無粋な人ね! (早口)オーベールはエリザと再会を果たした後、再び城外に出たわ。今度は城に留まっていたファブリス兵を率いたの。グルンステインとファブリスは協力してアンデラを撃退したわ。だけど、アンデラ軍を完全に撤退させる事は出来なかった。ファブリス南部を削られて、国土は縮小してしまったの。
(倍速1.5)結局、戦いの前半で戦力を著しく失っていたファブリスは、それでアンデラと手打ちにする事にしたのよ。一方でグルンステインに攻め込まれたサウスゼンは、ファブリスが奪われたのと同じくらいの土地を失ったわ。トビアス師団の本部はその時の戦いで手に入れたサウスゼンの城塞なのよ。
(倍速2)後は、ええと、そうそう、オーベールが行方不明になった時にお守り役が殺されているのだけど、その人は継母王妃が差し向けた刺客だったのよ。継母王妃は戦火に巻き込まれてオーベールが死ぬのを待っていられなかったのね。ファブリス貴族の一部と繋がっていて、彼等はオーベールを殺せばグルンステインとの併合後に出世を約束されていたのよ。
(倍速2.5)王妃の企みに気付いたオーベールは刺客を返り討ちにして、信頼の於ける数人のお守り役と共にファブリスを救うべく、グルンステインへ向かったってわけ。はい、めでたしめでたし!」
ロ「雑過ぎる!」
ア「もう、仕方ないじゃない! 急げって言ったり、雑って言ったり、我儘な人ね!」
ロ「お前が脱線するから……!」
エ「あのう、ちょっと宜しいでしょうか」
ロ「何だ(イライラ)」
ア「なあに?(ニッコリ)」
エ「ローフォーク少佐の御先祖様とシュトルーヴェ家の御先祖様のお話は、何処に行ってしまったのですか?」
二人「あ」
ア「えっと、そ、それじゃあ、次回はオーベールと男の友情のお話よ! それでは皆さん、ご機嫌よう!」
ロ「(開き直った)」
エ「皆さん、ご機嫌よう。また覗いてみて下さいね!」
終わり。
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