第15話 Midsummer 迷宮
夏休みも残り僅かとなる8月の終わり
希望ヶ丘女子学校内 温室
一条美月は一人、温室内の植物を見て回っていた。
去年は夏休みも澤木さんが来て手入れをしていたけれど……誰も来ないね。
これから温室の管理がどうなるのかは分からないが、自分に出来ることはしておきたい、と美月は定期的に温室を訪れていた。といっても美月に出来ることは、目に見える異常がないか、見て回ることだけなのだが。
「良かった! みんな元気そう!」
夏休みを乗り切った安堵でつい声に出すと、美月は定位置のベンチへ腰掛けた。
少し休んだら、お昼前には寮に戻ろう。
そう思って伸びをすると、カチャッっと温室のドアを開ける音が響いた。
……え? 誰……?
立ち上がってドアの方を見つめ待ち受ける。
「一条さん……」
現れたのは白衣姿の渡邉だった。
「……こんにちは……。先生、夏休みなのに来てたんですね。」
先日の失敗が思い出され、ここはすぐ渡邉先生に譲ろう、と美月は出入口を目指す。
「……今日は出勤日なんです」
「私、ちょうど帰ろうとしていたところなので、失礼します。先生は、ゆっくりしてってください」
すれ違いざまにお辞儀をしながら、作り笑いでそう言うと、美月は足早に立ち去ろうとした。
「一条さん、待って」
呼び止められて振り向くと、目の前に渡邉の白衣とワイシャツが飛び込んできた。
え?!
思わず美月は後ずさった。
トンッと背中が何かに当たる感触がして、それが出入口から続く壁だ、と認識できた時、美月は渡邉の身体で壁へと追い詰められる形になっていた。
……なにこれ、近い……近過ぎじゃ……
「なんだか追い出したみたいで、もしかして、僕に遠慮していませんか?」
あぁ、先生に逆に気を遣わせちゃったんだ……、上手くいかないなぁっ……
「してません、ほんとに、帰ろうと思っていたところなんです」
納得して貰おうと笑顔で見上げると、わずかに微笑んでいるかのような無表情の渡邉が美月を見下ろしていた。
「私、もう1時間くらい前から
説明を続けても渡邉の表情はまるで変わらない。
??? 先生、聞こえてるよね?
様子を伺って、美月は渡邉の視線の違和感に気づいてしまう。
身体全体をまとわりつくようにじっと見続ける渡邉は、美月の言葉なんて聞いていないように感じた。
……また……私、先生のこの視線苦手なのに……何をそんなに……そうだ、今日は私服なんだ。それで?
薄いターコイズのワンピースに目を落とす。
夏素材の薄手さに加えてノースリーブなこともあり、制服よりも頼りなく感じた。
……嫌だな……すっごく見られてる気がして……
「……そう、それなら良いんですが。一条さんが言ってくれたように、僕は……共有したいと思っているんです」
渡邉はいつもの笑顔を見せると、美月の髪にそっと触れる。
「せっ先生?!」
「枯れ葉か、虫かな、髪に何か付いてる」
「あ……」
びっくりした美月はその
髪を払おうとしたその手を渡邉の手が掴んだ。
「動かないで。取れなくなってしまう」
渡邉は掴まれた美月の手ごと髪を押さえて、もう片方の手で何やら髪を触り続ける。
「僕が取るからじっとしていて」
動くなと言われたものの、渡邉との距離は近くて、足は触れるところもあるくらいで、美月は早くこの状態から抜け出したいと思っていた。
掴まれた手を押さえる渡邉の手が、時折撫でるように動くのも落ち着かなかった。
「……せんせい……まだ、取れませんか……」
「そうだね、取れたよ」
掴まれていた手が解放され、近かった渡邉の身体も離れ、美月が安堵した瞬間に、渡邉のもう片方の手が美月の髪から耳、うなじにかけてをスッと撫でた。
「!」
渡邉を見ると、何事もなかったかのようにいつもの「爽やかで優しい笑顔」を見せている。
「綺麗な髪に絡まなくて良かった」
なんなの?! なんなの?! 変じゃない? まるで何でもない普通のことみたいに……
私が変なの?
肌に残る不快感に美月は困惑する。
凝視しても、目の前の渡邉の笑顔は揺らがない。でも、やっぱり、視線だけは違う。
「……ありがとうございましたっ」
何とかその一言だけは絞り出すことができた。
変な気持ち悪さに動悸が早まるのを感じながら、美月は逃げるように温室を出て行ったのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます