縁あれば千里にして、縁と浮き世は末を待て
第55話
蓬のおむすび処が再開して数日が経ったある日の麗らかな春昼。薄っすらと背中が汗ばむ陽射しを浴びつつ、莉亜は蓬に連れられてセイの墓参に来ていた。蓬はかなり前からセイの墓の場所を知っていたが、自分がセイに対して犯した罪――名前と姿を返さなかったこと、を負い目に感じてこれまで来たことが無かったという。
今回莉亜の言葉で前に進めたこと、そして思い出の味を見つけたことを報告するために、ようやく足を運ぶ決意を固められたという。
「それにしても、よくセイさんのお墓を見つけられましたね」
「人は移り変わるが、あやかしは変わらないからな。彼らに教えてもらった。セイとセイの両親たちが入っている墓は、今も遠縁の者が管理していると」
セイとセイの両親たちが眠るという墓は、当時神社と縁があったという墓園の中にあった。
莉亜が住む町から遠く離れたバスも電車も通っていない山の中腹にあるとのことで、麓から歩くのは大変だと思っていたが、道中に牛鬼の番人が管理する出入り口があるということで道を開いてくれた。それだけでもかなり楽をすることが出来たのだった。それでも出入り口からセイの墓がある霊園まではまだ距離があったので、二人はこれから向かうセイが眠る墓について歩きながら話をしていた。
「セイの墓は久しく彼の両親が管理していた。やがて両親が老いるとセイの兄たちが、兄たちの次は彼らの子供が管理していたらしい」
神社を統合した後もセイの子孫たちが管理をしていたが、戦火の中で散り散りとなった。墓園自体も戦乱に包まれ、最後の管理者を記録した台帳も失われてしまい、連絡先どころか管理者の名前さえ残っていないらしい。今は戦後に名乗り出た、セイの遠縁に当たる者が管理を行っているとのことであった。
「それでもすごいことですよ。セイさんの生きていた時代からずっと時間は流れてしまったのに、今でも残っているなんて」
「そうだな。セイの痕跡が今でも残っているというのは……俺にとっても励みになる」
莉亜が歩く度に腕の中の黄色い菊や白色のカーネーションの仏花が揺れて芳しい香りが辺りを漂う。一方の蓬は大切そうに供え物の竹皮の包みを持っており、そんな二人の足元には珍しく一緒について来たハルがうろついていたのであった。
やがて二人と一匹はセイの墓石があると教えられた墓地の区画へと足を踏み入れる。セイの墓が建つ辺りは古い墓石が多く、墓参者も少ないのか道が舗装されていなかった。至る所に枯れた枝や草が落ちているばかりか、苔むして枝葉に覆われた墓石や風雨にさらされたことで墓石がひび割れて文字が消えかけていたものもあったのだった。
山頂から吹きすさぶ爽やかな青嵐に髪を揺らしながら、セイが眠る墓石を手分けして探していると、二人より先に見つけたのか、ハルが進み出るようにして墓石の間をするりと歩いて行く。
「ハル?」
莉亜の声が聞こえたのか、ハルは不意に止まったかと思うと、行儀よく座ってじっと一点を見つめ出す。
何かを考えているようなハルに近寄りながら莉亜も視線の先に目を向けると、そこには崩れかけた墓石が粛然とした様子で莉亜たちを待ち受けていたのだった。
「これ……」
適度に手入れがされているのか他の墓石に比べて苔や雑草は少なかったものの、墓碑銘は風化してほとんど読めなかった。それでも莉亜には不思議とこれがセイが眠る墓だと分かったのだった。
「これだな」
莉亜たちに追いついた蓬がセイの墓で間違いないと断言すると、莉亜から受け取った仏花を手向け、その隣に竹皮の包みも供える。竹皮を留める竹紐を解くと、中からは三角形に握られた塩おにぎりが二個並んだ状態で姿を現したのだった。
見た目は全く同じ塩おにぎりだが、一つは莉亜が教えたレシピを元に蓬が作ったセイの塩おにぎり、もう一つは蓬が自身のレシピとセイのレシピを改良して作ったオリジナルの塩おにぎりであった。
あれから蓬はセイのレシピと自分のレシピを組み合わせて、二人の友情を表す思い出の味を生み出せないか試作を続けていた。セイの塩おにぎりに拘るのではなく、セイと蓬の二人の塩おにぎりのレシピを掛け合わせた二人だけの味を。
完成はまだまだ先になりそうだが、いつの日かきっと完成すると莉亜は信じている。その味を知ったセイが店に訪れることも――。
蓬はセイの墓をじっと見つめて物思いに沈んでいたかと思うと、やがて風に吹かれて消えてしまいそうな声量で呟いたのだった。
「遅くなったな。目覚めてから今までずっと来なくて悪かった。……必ずお前の魂を見つける。それまで待っていてくれ」
墓石に触れようとしたのか蓬は手を伸ばしたかけたものの、すぐに引っこめると何事もなかったかのように胸に手を当てて黙祷を捧げる。蓬に合わせて莉亜も両手を合わせると、セイに対する想いをそっと馳せる。
今回セイにはかなり助けられた。セイに背中を押してもらわなければ、蓬はいつまでもセイに囚われたまま、大事なことに気付くことなく消えていたかもしれない。今も近くにいて見ているのかもしれないが、それでもここで莉亜も感謝の気持ちを伝えたい。
(ありがとうございました、セイさん。またいつかゆっくり話をしたいです。蓬さんのことやセイさんのこと。審神者のことなど……)
縁あれば千里にして、縁と浮き世は末を待て――今は遠く離れていても縁があれば、セイと会えるチャンスは自然と訪れるだろう。その時を莉亜も待ち続けたい。
そんな莉亜の気持ちが届いたのか、耳の奥からセイの朗らかな笑い声が聞こえてきたような気がした。その高笑いが莉亜の想いに対する答えのように思えて、どこかこそばゆい気持ちになる。
莉亜が考えていることに蓬も気付いたのか、黙祷を終えて振り返ると「そういえば」と話し始めたのだった。
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